zero-4話 チエリーは家に帰りたいと言えない

 配信ストリミオ――。


 その言葉に呼応するように、ヴァルヴィンさんの持つ精霊石は、ぽうっと光を灯した。


 精霊石に向かって、ゼロカさんは両手を広げ、明るい声を出す。


「こんにちは、こんにちは、こんにちは、精霊さん。今日何回目かのこんにちはだね、ハアハア。魔道士、ゼロカ・エフエと――」


「剣士、ヴァルヴィン・ウムだ。魔物討伐の配信ストリミオを再開するよー」


「「ぱちぱちぱち――!!」」


 二人は口で拍手の真似をする。


 私は空気の変化に面食らってしまう。


 んん~~!?


 何だろうこの陽気さは? 生死がかかった場面に不釣り合いな謎の茶番感……。


「私たちは今! オガリスタ村の魔物討伐の真っ最中! 依頼書では巨大蜘蛛一匹のはずなのに、来てみたらなんと! 無数の蜘蛛の群れ! そして巨大女王蜘蛛クイーンに襲撃されたの!」


「おれたちは巨大女王蜘蛛クイーンをどうにか撃退した。だが、ヤツはすぐに戻ってくるだろう。蜘蛛は縄張りを侵したものを決して逃しはしない……」


 ヴァルヴィンさんはチョーカーを持った腕を動かし、ぐるりと周囲を見せつけるようにする。


 そして口元に手を当て、小声でゼロカさんに問いかけた。


(――視聴精霊ウォッチャーは?)


 ゼロカさんは首を振り、渋い顔をして答える。


(一柱しかいない……)


(ずっと配信しっぱなしだったからな、さすがに飽きられたか……?)


(それか、どこかで大きな戦いがあるのかもね。精霊さんがそっちに流れたかも……)


 二人はヒソヒソと声を交わす。


 よく分からないけど、味方してくれる精霊が少ないということだろうか。状況はだいぶ不利らしい。


 私は胸がどきどきしてきた。


 ゼロカさんは精霊石に向かって語りかけを再開する。


巨大女王蜘蛛クイーンとの戦いで、私は魔力を使い果たしてしまったの。もうこの森から逃げる力もない。昨夜からの連戦で、だいぶ疲れてるし、体調も悪い。ハアハア……」


「おれもだ! おれは前衛を務めてるが、力はほぼゼロカの付与魔法頼み! 素の実力じゃ子蜘蛛を倒せるかも怪しいな」


「お願い、精霊さん。投げ魔力スパチャリオンを送って。私たちにこの森から逃げる力を下さい……」


 手を伸ばし、訴えかけた。 


 フォン……。


 精霊石が少し明るくなり、星屑のような光がゼロカさんの身体に飛んだ。


 あれが投げ魔力だろうか?


「ありがとう、精霊さん。魔力100受け取ったわ。でもこれじゃ足りないの。子蜘蛛一匹倒すのに魔力1,000は必要。そして巨大女王蜘蛛クイーンを倒すには、魔力50,000は必要なの……」


「精霊さん……。おれたちはある意味自業自得だ。自分でこの稼業を選び、自分から魔物の巣に飛び込んだ。長年それで飯を食ってきた。この窮地は、そのツケを払っているとは言える……」


 ヴァルヴィンさんは口をつぐみ、少し間を置いて、私のほうに手を差し向けた。


「だが、この子は違う。この子はオガリスタ村の住人だ。何も悪いことなどしていない。ただ、たまたま森の中にいただけ。このままでは、この子の人生まで終わってしまうんだ!」


 若干――芝居をしている役者みたいな口調だった。精霊に状況を伝えるために、解説者を演じているのかも知れない。


「きみ、名前は?」


 ヴァルヴィンさんは私の顔をよく映すように、精霊石を近づける。


「チエリー・パンス」


「年はいくつなんだい?」


「11才」


「若い……! 若すぎる! 兄弟はいるのかい? 家族は?」


「私は一人。パパとママと暮らしてる」


「そうか、両親と一緒に温かな家庭で暮らしているんだな……」


 ずきっと胸が痛む。


 温かいだろうか、私の家。酒代で娘を売って笑いものにするような親って、温かいんだろうか?


「精霊さん、チエリー・パンスちゃんは、こんなところで人生を終えるには早すぎる。おれたちは彼女を両親の元へ帰してやりたい。生まれ育った村へ! 村人たちは皆、チエリーちゃんの帰りを待っている! そのために魔物と戦う力が欲しいんだ!」


 私は、ヴァルヴィンさんのやりたいことが分かってきた。


 精霊さんに応援してもらうため、役者のような演出を交えながら、窮状を伝えようとしているのだ。


「さあ、チエリーちゃん。精霊さんに頼んでごらん。パパとママのところに帰りたいって。村のみんなに会いたいって」


「…………」


 私がうまくメッセージを伝えれば――。村に帰りたいという思いを精霊に伝えられれば――。投げ魔力をもらえるのかもしれない――。


 でも私は……。


 胸がきゅうっと苦しくなる。


 家のことを考えると心が乱れて、我知らず涙が出てきてしまう。


「チエリーちゃん?」


「わ、私は……。帰りたくないッ!」


「「えっ!?」」


「嘘はつけないっ……。私は村には帰りたくないッ……! うっ、ううっ……!」


 私は顔を覆って泣き出してしまった。指の間からぼろぼろと涙がこぼれた。


「……」


 ゼロカさんが私の背中を優しく撫でてくれた。


「何か事情があるみたいだな……」


 ヴァルヴィンさんが言った。


「複雑そうね」


視聴精霊ウォッチャーは?」


「いなくなったわ。――煙幕噴出呪文スモーク・ベルチ!」


 ゼロカさんは呪文を唱えた。涙でにじんだ視野の中、ゼロカさんの杖先から黒い塊のようなものが何発も飛んでいくのが見えた。


 黒い塊は森の方々に着地して、煙幕を噴出した。私たちの周りが真っ暗な煙で覆われる。


「チエリーちゃんが落ち着くまで、時間を稼ぐわ」


「よかったら聞かせてくれるかい? きみの事情を――」


 ヴァルヴィンさんはハンカチを差し出してくれた。


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