ギルドと組合

 もうすっかり日も昇った頃、オスカーが目を覚ますと外から香ばしい良い匂いが漂ってきた。その匂いに釣られて天幕の外へ出ると魚と米の煮込み料理が鍋の中でぐつぐつと煮えている。


「おはようございます」


 その鍋の脇に座っていたリーシャが挨拶をするとオスカーはバツが悪そうに笑った。


「すまない、すっかり寝てしまっていた」

「構いませんよ。しばらくまともに寝られていなかったのでしょう」

「ああ。久しぶりにぐっすり眠ったよ」


 リーシャの横に腰を掛けるオスカーの顔は心なしかスッキリとして見える。服の汚れや顔の様子を見ると宿屋に泊まる持ち合わせも無く野宿をしていたのだろうと推察できた。


(こんな状態なのに『奢る』だなんて)


 酒場でのオスカーの台詞を思い出してリーシャは「ふふっ」と笑った。「助けて貰った礼に奢るから好きな物を」と言ったものの、おそらく彼の手持ちはほとんど空だったはずだ。


(あの腰の剣を売るつもりだったのかな)


 オスカーの腰に提げてある剣。使い古されている上に最後まで売らずに手元に残しているところを見ると大事にしている物なのだろう。あの時オスカーが金を工面するにはそれを売るか質に入れるしか選択肢は無かったはずだ。


(礼を尽くすために大事な物を手放す決断を躊躇いなくしてしまうなんて。出会ったのが私で無かったらどうなっていたことやら)


 結局リーシャの「前金」のお陰で剣を売らずには済んだものの、オスカーが一文無しになったのは彼のそういう性格故なのだろうとリーシャは思った。


「ご飯を食べたら出発しましょう。町まではそんなにかからないはずです」


 リーシャお手製の煮込み料理を食べて天幕や鍋を片付けたら早速出発だ。道中は平和な物で、行商人の馬車や旅人とすれ違いながらひたすら街道を歩くだけだったので夕方前には町の入口に到着し、組合の窓口があるギルドへ行くことが出来た。


「それにしても、先ほどは一体何をしたんだ」

「門番とのやり取り、気になりましたか?」


 町に入る際に身分証を持たないオスカーのことを怪しんだ門番に止められそうになったのだ。


「お金を渡しただけですよ」

「なっ! 賄賂か!」

「ええ。正直オスカーは身分証を持たない不審人物ですから。こういうちゃんとした町に出入りするにはお金を積むのが一番なんです。言ったでしょう。世の中お金だって」


 リーシャの言葉にオスカーは押し黙る。廃れた廃鉱山の町のような吹き溜まりとは異なり、ちゃんと機能している町にオスカーのような「不審者」が入るのは難しい。そこを何とかするためには金が必要なのだ。


「融通の利く相手で助かりました」


 勿論、金を積んでも駄目な時もある。しかしほとんどの場合その心配は要らないのだとリーシャは身をもって知っていた。


「そんなので町の警備は大丈夫なのか?」

「……さあ。まぁ、安いお金じゃないのでゴロツキを排除する位は出来るんじゃないですか」


 ゴロツキや野党が支払えるような額では無いので少なくとも「金がある」という保証にはなる。それで「一定の治安は守れているのではないか」とリーシャは言った。


「さて、さっさと申請しちゃいましょう」


 町の中央部にある大きな建物。それがギルドの庁舎だ。職業ごとにいくつもある組合の窓口が一挙に集まった複合庁舎で大きな町には必ずある。ここに来れば組合からの仕事を受けたり報酬を受け取ったりできるので、何かしらの組合に属している人間ならばここに通い詰めることになるのだ。

 建物の中に入ると大きな案内板があり、そこで自分の組合の窓口がどの階にあるのか調べることが出来る。組合の数が膨大なため一つの窓口で複数の組合を担当している場合が多く、年々待ち時間が伸びているのが悩みの種だ。


「宝石修復師の組合は……五階ですね」


 巨大な建物に無数の窓口があり、常に大量の人が出入りしている。そんな様子を見てオスカーは目を白黒させていた。


「こんなに組合があるのか。凄いな……」

「職の数だけ組合がありますからね。もっと大きい都市のギルドはさらに凄いですよ」


 順番待ちの整理番号を取得して暫く待つと窓口に呼ばれた。リーシャがオスカーを「護衛」として登録したい旨を伝えて何枚か書類を認めると受付の職員はオスカーに別室へ行くよう促す。


「これから面接と軽い実技試験があります。頑張ってください」


 リーシャは笑顔でそう言って、「聞いていないぞ」と慌てるオスカーを送り出した。実績のある宝石修復師の紹介とはいえ一応面接での人柄や素性の審査、「護衛」たる実力があるか試す実技試験が行われるのだ。


(まぁ、オスカーならば大丈夫でしょう)


 推薦文には少し色を着けて書いておいた。手持ちがない状態で一晩を共にしても素材や依頼主に手を出さなかったのは評価に値する。リーシャが無防備な状態であったにも関わらず……だ。

 素性不明とはいえリーシャの推薦ならば落ちることは無いだろう。それにオスカーにはここで落ちて貰っては困る。「試験が終わるまでのんびりお茶でもしていよう」とリーシャは一階にあるカフェへ向かった。


 一時間後、優雅にお茶を楽しんでいたリーシャの前に汗だくになったオスカーが現れた。


「どうでした?」

「合格らしい」


 そう言って首から下げている身分証となる金属製のタグを見せる。


「おめでとうございます」

「ありがとう。お陰で職無しから脱出出来たよ」

「これからのご予定は?」

「まずは小さな依頼の護衛につくのが良いと勧められたが」

「では、引き続き私が雇っても良いですか?」

「私は構わないが、良いのか?」

「ええ。初心者を放り出すのは申し訳ないですし、仕事に慣れるまでの面倒くらいは見ようかと」

「……なるほど」

「それと」


 リーシャは収納鞄から銀貨が詰まった袋を取り出すと「どしん」とオスカーの前に置いた。


「これはここまで護衛して頂いた報酬です。合格祝いも含めて少し多めになっています。受け取ってください」

「こんなに沢山受け取れないぞ!」

「護衛の報酬としては安い方ですよ。それに、この仕事は身分の高い方を相手にする仕事です。色々と入り用でしょう?」


 リーシャの言葉の意図に気づいたオスカーは赤面した。要するに「この金で身なりを整えろ」と言っているのだ。何日着たか分からないボロボロの汚い服に伸びた髭、風呂だってしばらく入っていない。すっかり忘れていたが、相当酷い格好をしているのは想像に難くない。


「……確かに、この格好じゃ駄目だな。有難く受け取っておく」

「そうして下さい。後で必要な物があれば買いに行きましょう。宿は組合と提携していて割引が利くところがあるので紹介しますね」


 ギルドがある町には組合と提携した安宿が多い。長期滞在する組合員の負担を軽くするためだ。資材や食料も組合の身分証があれば割引されることが多いのでそのために組合に属している人も居るくらいだった。

 リーシャは受付で貰った宝石修復師組合の提携店を掲載したパンフレットを開いた。宿はいくつかあるので満室の心配は無さそうだ。まずはオスカーを風呂に入れるために宿屋へ赴く。こぢんまりとした下町の宿だが泊まるだけならば十分だろう。


「二部屋お願いします」


 修復師が多く泊まる宿なのでセキュリティ面では心配が無さそうだ。部屋を二部屋確保するとオスカーに風呂に入るよう促した。


「さてと……」


 オスカーが入浴している間に買い物が出来る店を探す。暫くはこの町に滞在して近隣の仕事を請け負う予定なので携行食は要らないだろう。今すべきなのはオスカーの服を調達し、理髪店へ放り込むこと。あとは鞄や小物を揃えて旅を出来る態勢を整えることだ。

 幸い徒歩で行ける範囲に店が揃っているのでオスカーが風呂から上がったら早速買いに行こう。渡した報酬では足りないだろうからそこはお金を貸せばいい。この仕事をするには依頼主に「舐められない」ような服装が必要なのだ。

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