「聞かせてくれないか? お前が何をしたのかを?」


アルミンは、笑顔をあたしに向けたままだった。


えーと、ストレートに聞くなー。


「え? なぜそんなことを聞きたいのですか?」


「好奇心だよ。人から教えられることはいくらでもある。それが好ましい関係性からであれ、不快な関係性からであれ、行きずりでもな」


興味本位で聞かれることを、あたしはそんなに嫌なことには思わなかった。悩みを聞こう、なんてスタンスでこられたらごめんだけど。


「ちょっと、待ってください。頭を整理します」


どう話したらいいんだろう。友だちのために罪を犯した? 貴族への反感?


あたしは、うまくまとめられなかった。ふと、アルミンの首元に目がいく。そこに、幾つもの赤いアザが見えた。もしかして、体中にあるのかな。服でわからないけど。何か棒みたいなもので、何度も殴られたのだろうか。


刑務所にいたのだ。そこは暴力のある場所だろう。


あたしは、胸がずきんとした。機会があれば、人を痛めつけることを厭わない人が、この世界はいる。それは、腕っぷしのことであったり、言葉でのことだったりするだろう。あたしはそれを、権力への渇望と思っている。誰もが自らの無力さを、心の見えない部分で抱えている。それに向き合えない人、そのことに気づきたくない人が、誰かを強迫的に支配したくなるのだ。自分に力を持ってることを確認したくて、上から目線をしてみたり、相手をけなしてみたり、軽蔑をしてみたりする。


そして、そんな人が、自分はたいていの人より「人間的に良い人間」と思っていることも多い。


それらのことに、開き直ればいいってことでもない、とあたしは考える。


「エリカという友だちがいるんです」


あたしは、声を出した。


「ふむ」


「彼女には正義を求める心が強くあります。そして、その眩しさに嫉妬する人が、彼女の右腕を斬りました。その復讐のために、決闘をしたのが、ここへ来たきっかけです」


「殺したのか?」


「痛めつけただけ。正しくは喧嘩でしたが、貴族に反抗となりましたから」


あたしは、息を吸った。エリカの笑った表情が、脳裏に浮かぶ。いまごろ、何してるかな。


「支配欲を満たすために、支配をしようって人って、気持ち悪いです」


背の高い街路樹の立ち並ぶあたりに来た。木陰の隙間から、太陽の光-線が、あたしの制服の左腕のところに当たっていることに気づく。それに右の手のひらを当てる。気持ちを落ち着けるように、しばらくそのままに。もし、光が手に持てるものであれば、人間にとって正しくあることは容易なことなのだろうか?


「自分自身を振り返るというのは、センスとも言える。そのセンスがダサいやつが多いのさ。誰でも磨けるのにな」


アルミンは、あたしの話の間、ずっと笑い顔だった。そして、また、にっかり、とした。


いやいや、真面目な話をしてるんですよ。もっと真剣に聞いて。あ、コメントしてくれて、その内容はちゃんとしたことだったな。もしかして、基本的には、おちゃらけてないと、落ち着くことができない人なのか。


そうこうしてるうちに『西のカフェ』にたどり着いた。石の壁一面に黒っぽい木板を貼っている。花壇があり、赤や青の花が植えられていた。かなり大きな建物だ。30人くらい入れそう。


プロファソーアとあたしは、お店の周りを一巡りする。そのあいだ、シャルンホストが、何やらアルミンと話していた。


周りには怪しい人はいなかった。


アルミンは、3年間の刑務所の孤独を感じさせずに、気力のある足取りで、入り口のドアを開けて中に入った。


「アルミン! お前、いつのまに出所した!」


すぐに何人かのお客が彼を囲んだ。


「おう。今日だ。女のいない場所がどれほど俺にとって苦痛なとこか、身をもって知ったぜ」


「はっ、いても、すぐに振られるだろ? 同じじゃないか?」


「失恋もまたよし。問題は、なんの交流もないことだ。そりゃあ、地獄だ」


「でも、女にとっては天国だぜ!」


「へっ、さもあらん」


そう言うと、集まりから笑い声がどっと沸いた。


それから、アルミンはみんなに席に促され、テーブルの前の椅子に着席する。周りに座った人たち。雑談を始めた。誰かが本を出版し、それが検閲にあったとか、誰かは誰かと結婚したとか、また、アルミンと同じように監獄に繋がれてる人のことなど。


「そういえばローゼはいないのか」


話がひと段落したところで、アルミンが言う。


「あたしならここにいるわよ」


ひしめく客たちの合間から、すらりと身長のある女が現れた。長い黒髪を揺らして。暗い紫をした裾の長いワンピースを着ている。大きめの胸に締まった腰。たおやかな感じのする腕に、スリットから見え隠れする安定感のある細く長い足。なんて、バランスの良い身体の比率だ。完璧な外見、そんな言葉が頭の中に出てくる。


「ローゼ。俺のミューズよ。君には今日、迎えにきて欲しかった」


ローゼは、アルミンの目の前のテーブルのへりに、お尻を乗せる。座っている彼の顎を形の良い手で、触れた。


「そうね。悪かったわ。ただ、フリースラントが嫉妬するからねえ」


「フリースラント、あのボウヤにまだ、付き纏われてんのか」


アルミンは、髪の毛に手を当てて、はあっと嘆息した。

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