散華

まるでそれが儀式であるかのように、ゴットローブは剣を前に掲げる。


「いくぞ……」


「「了解!」」


ルーティン化されたように思われる始まりに戦いの幕は上がる。


狙われたのは、トラウテだった。ゴットローブは、まるで弱いものがわかる嗅覚でも持っているかのように、彼女に迷いなく狙いを定めた。3人の中で1番弱いのがトラウテなのかはわからないけど、彼がそう思ったのは確かだろう。


ガキィィィィ! 剣と剣がぶつかる音。ゴットローブは、1度身を引いた。ヴィリーが、それに歩調を合わせるように同じ動きで追い、剣を振る。赤ドレスのラーヘルが、割って入る。ヴィリーの剣は防がれて、勢いを失した所に緑ドレスのエレノーアの剣が彼を狙う。あたしは、それを弾く。そして態勢を崩した緑ドレスをトラウテが狙うのだけど、ゴットローブが踏み込んでくる。ヴィリーとあたしが迎え撃とうとする。ラーヘルとエレノーアが立ち塞がる。2人は背中を合わせるようにして、剣を踊らせるようにくるりと回った。ドレスのスカートが広がり、あたしたち2人の剣が軌道を誤つ。


その間にゴットローブの猛撃が、トラウテを襲っていた。あたしは危惧していた。ヴィリーとトラウテは、2身1体の攻撃をする。それは2人が自分たちのペースで圧している時はいいが、相手の流れだったら上手く機能しないのではないか。そして、個として戦う場合、それが弱点であるというくらいに脆いのではないか。


だが、トラウテはそんなに脆弱ではなかった。ゴットローブの剣を弾き、流し、幾度も反撃をした。1人での戦闘能力も十分であることを、ここで証明していた。


ならば、できることは、ラーヘルとエレノーアを、その戦いに介入させないこと。ヴィリーを見ると頷いた。言葉を交わさず通じ合ったことにびっくりした。


標的とされた赤と緑のドレスの女たちは、お互いに背を重ねたまま、こちらを待った。状況を把握したようだ。あたしたちがトラウテを信じるように、彼女たちもゴットローブを信じているのだろう。


あたしはラーヘルを狙った。勢いのある剣風を放ちながら、彼女の腕を狙う。それを受ける赤ドレス、そしてはくるりとまわり、私の目の前には緑のドレスが姿を現し、その右手が鋭い突きを繰り出す。ヴィリーがその剣を横からの衝撃で無力化した。


また、まわる。赤のラーヘルが、剣を繰り出す。薙ぐ。また、まわるのか? しかし今度は、後ろのエレノーアが、くっつけていた背から離れて、あたしの前に立ち、剣を縦に落とす。意表を突かれた! あたしは、下から背伸びするようにツクヨミを上昇させる。相手は渾身の一撃を狙っていた。それを弾くなら。ヴィリー……。届いた。彼は飛び込んで、自分の剣を、態勢を大きく崩したエレノーアのわき腹に埋め込む。緑のドレスが赤く染まっていく。


あたしは、こんな時に、ヴィリーとの連携ができたこと、仲間との絆というものを感じていた。エリカと2人でルミリエに対した時もこんなにはいかなかった。あの時から、あたしの変わったところって? 1人で生きることを覚えたこと? それが、信頼してくれる仲間を作るの?


「エレノーア!」


ラーヘルが、彼女の身体を支えるようにした。正気なの? あたしは、彼女の胸に、剣を刺した。


「ラーヘル! エレノーア!」


ゴットローブが、トラウテを無視してこちらに走ってくる。


「ママ、2人が!」


「何やってるの! あなたは勝てる子! さっさと殺しなさい!」


シスター・ミリの形相が、醜く歪んでいる。怒りを抑えられないようだ。


「ママ、2人がこんなことに……!」


「ゴットローブ! ママに恥をかかせるの!?」


弾かれたような、ドレスの2人から離れたゴットローブは、あたしを見た。剣を構える。


「そう、いい子だわ。ママの言うことに間違いはないのよ」


おぞましい笑顔をしたシスター・ミリは、とりあえず無視する。あたしは、獲物をこちらに決めた男を注視する。


そこで、あたしは、この戦いをやめたくなった。


片目から、涙を流しているのはゴットローブ。


「あなた、もう、剣を収めて」


あたしは、そう言っていた。


「俺たちの人生は、。2人の逝った場所に行かせてくれ」


ゴットローブは、こちらに駆けてきた。剣を––、振りかぶり––、あたしは、迎え撃った。


地面に仰向けになりながら倒れ込むゴットローブ。口から血を吐く。お腹からの大量出血。


「生きてるうちに終わる人生なんてない。あなたは、確かに生きていた。あの女の子、2人と共に」


あたしは、しゃがみ込み、彼の手を握った。弱々しく返ってくる力。


「ありがとう……」


それから、ゴットローブの金色の目が、輝きを消した。


ぽろ、ぽろ、とあたしの頬に涙が伝う。あんまりじゃない? 彼らの生きた人生は知らないが、それがひどいものであることはわかる。


あたしは、立ち上がった。ゆっくりと、足を前に進ませて、シスター・ミリの方へと向かう。


「シスナ」


シャルンホストがあたしの名を呼んだ。


「止めないでくださいっ」


「俺に任せて欲しい」


彼はあたしの肩を掴んだ。


「でも、3人のことを思ったら、黙っていられません……!」


「非武装の奴を部下に殺させたくない。俺がひっかぶる」


あたしは、立ち止まった。その覚悟を、折りたくなかった。意地よりも連帯を選んだ。


シスター・ミリは、狼狽していた。


「あ、あたしを殺したら、レーベンホルン生命の泉が、総統が、黙ってないわよ! い、今なら許します。向こうへ行って!」


「お前らは、レーギャルンのイスカリオテ隊に敗れた。そういうことだ」


すごく落ち着いた声。そして彼は、背中の両手剣を引き抜いた。刀身が紅く光る、名のありそうな剣。それで、相手の頭蓋を割った。

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