シスナとエリカの休憩、そして。

「ん……。シスナ、起きてた?」


先まで寝息を立てていたエリカの声に、あたしは現実に戻される。


向こうからの水音が、お昼前の太陽の陽だまりに溶けている。その河原は静寂。一帯の光と木々の影とが一緒くたになって、たゆたっている。


あたし達の住む帝国首都の、北にある正面門を抜ける。そして、西にしばらく行けば広がる森林。馬で、そこまできて、川近くまで中を歩いた。馬の乗り方は学校で習っている。肝心の馬、は、孤児院の人間が持ってるわけもない。エリカの家で飼われている2頭をそれぞれに飛ばしてきたのだ。


「色々あったから、森でお昼寝しよう!」


そんな謎なことを言い出したエリカは、あたしの意見など聞かず、こうして学校が休みの日に、森の中、2人でお昼寝していたのだ。


高い木の乱立する上空を見上げれば、太陽は、しっかりその光を大地に落としてくれていて、森の中は、明るい。


「やっぱり、夜じゃないのに寝ること、できない」


あたしは読みかけのフーベルトゥス・アイヒホルンのリーフレットを、広がったスカートの上に置いた。制服である。


「ミサリア民族、その虚構」。エリカがプレゼントしてくれた本。


「それ? わたし、まだ手をつけてない。積読がたくさんで」


「結局……、ミサリア民族というのが、神話に出てくる神様の子孫なんだけど、あくまでも伝説上の民族で、本当の意味で血統としては、ない、らしい……」


半覚醒のまどろみに、目を細めているエリカは、ふあああっと口を押さえながらあくびをした。

近くで、何かしらの鳥がけたたましく鳴いた。夜であればさらに恐ろしいであろう、親を奪われた子供の悲痛な叫びのような鳴き声。あたしは、思わずエリカの顔を見て、安心しようとする。


「そうなんだ。金色の髪に金色の瞳、この特徴がミサリア民族って。どんな根拠だろうね」


「少なくとも、ミサリア民族、というものではない」


横に伸びていたエリカは、左右の手で強く地面を押さえた。そうして、ゆっくりと上半身を起こす。ついた土をパラパラと落とした。


「ルーツが神話で語られるのは、よくあることだわ。でも語られる民族が、ない、ものだなんて、じゃあ、わたしは、何民族なのかな」


「帝国以外の人たちにも金髪金瞳は、いるし、そこらへんじゃない?」


「なるほど。ここの土地に昔からいたのではない、か。先住民を侵略したのかな」


あたしは、リーフレットをパラパラとめくった。特に読むためでもなく。


「昔からここらを支配してたのは確かだね」


バササッと大きな鳥が羽ばたき木から遠くの木へと移動した。何かおとなしい獣のいななきが森の奥のどこともしれないところから聞こえた。


広がる緑は、惜しげもなく豊穣に土の上で茂り、時々、小動物が、草花の匂いを嗅いでいるのか、それらに鼻を擦り合わせていた。


突然、鳥達が一斉に羽ばたく音がした。木々のざわめき。小動物たちが散らばる。


向こうの河原に雑踏がした。5人ほどの、集団。


「フーベルトゥスよ。うまくやっているか?」


ガリガリに痩せた優男。あのローブの男が、中心に立っている。


「は。ダナエさま。いずれ帝国はクレイモン大公国の足元にひざまづくことになります」


あたしとエリカは、身体を硬くした。音を立てないように息をころす。


ダナエ・ダフネ。クレイモン大公国の1番の騎士リッター・デス・オーダー・ワァヘド。剣聖と歌われている女騎士と聞いている。木の枝が邪魔になり顔が見えない。


「帝国の愚民どもに真実を教えてやっているのだ。お前は死後、神に召されるであろうよ」


「私は礎となります。大公閣下が、真の千年王国をこの地上に作るために」


そう言うと、ローブの男は、祈るように深くこうべを垂れた。


あのローブの男は、クレイモン大公国の手先だったんだ。そして彼がフーベルトゥス……。あたしはリーフレットの表紙を見た。クリーム色の紙に題名だけ印字された飾り気のないもの。ここに書かれてることの真実も藪の中に思う。


「確かにミサリア民族は幻想さ」


フーベルトゥスたちのもっと後ろから声が聞こえた。彼らに近づく影。強い光-線を受けた、その顔には見覚えがある。サディストのヨアヒム。


「きゃは。帝国の敵は滅っすべし。総統は言った!」


エミリエがいる。


そしてその2人の後ろに、クレオン。


「戦争がしたいわけか?」


静かに鳴る声。暗い海の底で孤独に耐え得ず思わず漆黒の遥か上を見上げる深海魚が囁くような。


「ゾンネ・ユーゲント。気狂いたちか」


ダナエ・ダフネの顔がその時、見えた。年齢は25、6くらいだろうか。男を惑わすような、目尻の下がった扇情的な目つき。よく喋りそうな広い口。左右の髪の毛がアシンメトリーだ。右は長く首を隠している。、左はショート。その短い髪の毛の方の耳にピアスが付いている。五角形の盾の形。そこに剣とそれを左右から支える天使の像が彫られている。剣聖の紋章。


「気狂い? ? ?」


ヨアヒムが凄む。


「それはこちらのセリフだ。死にたいのか?」


ダナエは不敵に笑い、剣を抜いた。刃の先がギラリと光った。


「俺が殺る」


クレオンが前に出た。

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