エリカ

あたしは不意にめまいに襲われ、その場にしゃがみ込んだ。


「死体を片付けさせろ」


先の突撃隊の人たちが慌ただしく動き始めた。


死体? あたしが殺した。


体が顫えはじめた。暑くもないのに汗が額にじんわりと浮き出た。熱に浮かされた時ように気持ち悪い。


先の戦争では、数えきれないほどの人たちが死んだ。

人は生まれればいつか死ぬだろう。

だからと言って殺したことを肯定できるはずもない。


あたしは男を見た。人間……、だったもの。


「大丈夫。あなたは、彼の魂を救ったのよ」


エリカ、が、後ろからあたしを抱くように両腕を回してきた。彼女の身体があたしに密着する。


あたしは、孤児院でチビたちがくっついてくることとはまた違う、包むようなやさしさに戸惑う。だけど、その安心感は、心地よいものだと素直に思った。


しばらく、そのままに、いた。


「退け!」


いつのまにか来た担架を持った男たちが、叫んだ。それで火葬場まで運ぶのだろう。


エリカはあたしから腕を離し、こちらの手を取った。


「立てる?」


あたしは彼女の手を握り、立ち上がる。2人でその場所から離れて、遠巻きに、担架に乗せられる男を見た。乱暴に、投げやりな感じで扱われていた。


「やめて」


あたしは小さく言った。彼は勇敢だった。だから。


手を握られる感触。エリカを見た。彼女は泣いていた。それを見たら、あたしも泣いた。


エリカはスカートのポケットからハンカチを出し、涙を拭いた。あたしは学生服のブレザーの腕のところで顔を擦る。


担架の人たちは、男をそれに乗せるのに苦労していた。


「大丈夫?」


エリカは、しなやかな動きで、ハンカチをしまった。そして、あたしを見た。大きな、金色の目が、あたしに、あきらかな親しみを含んで向けられたのだ。彼女は金色の髪の毛を、耳の裏に流すようにした。

金の髪、瞳は、支配階級、ミサリア民族の特徴。


あたしは黒い瞳で、見返した。


「わたし、エリカよ。エリカ・フォン・シュタットハーデン」


「知ってる……」


学校で彼女を知らない人なんていない。


「そう? フフ。あなたは、シスナ・シェザード。よろしくね」


「え?」


いきなりよろしくねって、何故? 名前、は、スターハルディン先生から聞いたのかな。


「あなたみたいな強い人、わたし、好きよ」


強い? 何が?


「行け!」


突撃隊のリーダーが、担架を持つ人たちに号令をした。男が運ばれていく。街灯からできる影が、一瞬大きく、一瞬小さく、伸びる。そして広場からいなくなった。


ああ、彼を殺したことかな。もし本当に強いなら、ヨアヒムという少年を斬っているのではないか。いや、関わらないことこそ、安定した精神であったのかもしれない。


「明日、お昼休み、剣術実技室に来てくれないかな」


「はあ?」


光を真正面から受けたエリカの表情は、意志の強さを感じさせる、真面目なものだった。あたしは、なぜか、石畳の小さな広場が急にとてつもなく広くなったように感じる。ところどころに植えられた木々に、たくさんの花の芽がついてることに気づく。蒼黒い空には、いくつかの雲が流れていた。それは、早い風に押されて、まとまり、そこからゆっくりとなった。


「お願い。あなたの剣の技を見たいの」

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