ローブの男
そして、夕暮れの空だった。あたしは、街の小さな広場のベンチに座っていた。鳩が、足元に近づいてくる。与えるパンもなくて、その鳥たちをただ、見ていた。鳩は、しばらくこちらの足元を回っていたが、しばらくして、どこかへ行った。
与えるものがなければ、人は去っていく。物もあるかもだけど、愛情が。人によっては、幻であろうとも。
お父さんもお母さんも、戦争の犠牲になって、あたしも両親も互いに何も与えられなくなった。幼い頃の思い出を思えば、両親は、愛してくれていた。
それがあるから、忘れないよ。だから、2人もあたしのこと、忘れないで。
その時、空のオレンジは、あたしの心象を悲しいものにして、赤い屋根をした家が連なる街は、時の止まった絵であった。帰りを急ぐ労働者たちと、自分が全く切り離されてることを強く意識した。
「我々は帝国となり誇りを得た! なぜなら前王国は、男性支配の泥臭い政治であったし、見せかけの平等が支配していた。戦争に婦女子は立った。男も女も等しく武器を取り、我々は、我々を脅かすものと戦った! 未来は開けた! 帝国は、自由で平等な民の国である! 栄光ある帝国、万歳!」
あたしのいるところから少し離れた別のベンチに座った老人が、ラジオを聴いていた。総統の演説が放送されている。
「帝国、万歳! 自由、平等、万歳!」
老人の周りに人だかりができていて、幾人かの人たちが、拳を空に突き上げて、興奮気味に叫んだ。
演説はすでに終わりかけだったのだろう。ラジオから、締めくくりの帝国国歌が、斉唱され始めた。ここにいる人たちも互いに肩を組み、歌い始めた。
自由、平等? なら、4級市民とかあるのなんで? 階級差があってそれによってできることも限られる。みんな、それをおかしいと思わないの?
1人の、ローブを着た人が、その人だかりの後ろに立った。
「帝国は我々人民を堕落させるものである。なぜなら、帝国の言う我々を脅かすものとは、独裁政権を脅かす国であったのだし、我々の国は侵略戦争をしたのだ」
男の声だ。そんなに年老いていない。30代くらい? 大人の人の年齢はあたしには読み取れない。
気持ちよく国歌を歌っていた人たちが黙った。ラジオのは、もちろん、流れている。民衆は、ローブの男を恐る恐る、というふうに、見た。
男は演説を続けた。
「女性は確かに戦った。それは人民が殺されることを食い止めることには気高いことであった。しかしあの男は(と、総統のことを言っているのだろう)、何をした? 孤児になる子供も顧みずに、男を失った母子家庭の母をすら戦場に向かわせたのだ! 『圧倒的物量による完全勝利』などという妄言を吐き! 結果、戦後は親のいない子が溢れた! 家のない子もいるのだ!
そして我々は忘れてはならない。あの男から、人民は人殺しを強要されたのだ!
平等とは何だ? 支配者階級の都合の良い、そう、ミサリア民族の血統を正当化するような国で良いのか!」
男は、フードで顔が隠れていたが、周りを見渡すようにした。
あたしは立ち上がっていた。
「王国が何してくれた! 帝国は、仕事をくれる! 俺たちは生きていけるんだ!」
誰かが叫んだ。
ローブの男は、腕で真横に空を切るようにした。
「1日、馬車馬のように働かされて、やっと食い扶持を稼ぐ! 貴族どもの生活を知っているのか! 奴らは生活の苦しみなど知らない! 社会は何も変わっていない!」
しかし。
「総統の悪口を言うんじゃねえ! あの方は英雄だ! 戦争を終わらせてくださった!」
「俺たちは強い国の国民なんだ! お前は、不満があるなら、この国から出ていけ!」
「酔っ払いのエセ僧侶が! 突撃隊にとっ捕まる前に失せろ!」
至る所から罵声を浴びるローブの男。
自分を幸せと思いたい病というのがあるのかもしれない……、あたしはそんなことを思った。
ラジオの国歌は、終わった。放送は今日はもう何もないだろう。老人が、そのスイッチを切る。
そして、黒い軍服を着た男の兵隊たちが5人ほど、広場に現れた。ローブの男を取り囲む。リーダー格らしい1人が前に進み出た。
「お前だな? 最近、反社会的な演説をしている僧侶というのは。国家の反逆者として逮捕する!」
ローブの男の袖を引っ張るリーダー。それは、荒々しく振り払わられる。
5人は、サーベルを抜いた。帝国治安部隊、突撃隊の武器だ。
「そうだ! 殺せ! こいつは悪魔だ!」
民衆の誰かが叫んだ。
あたしは剣を抜こうとした。ローブの男を守らなければ。しかし、あたしの両肩を後ろから抑える者がいた。振り向く。
瞬間、まだ、太陽は落ち切っていないが、街灯がパッパッと点灯を始めた。
光に照らされたのは、エリカ・フォン・シュタットハーデン。生活指導室で見た、学園の才媛。
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