第20話:バースディ

「え? ウィリアンさん、先に帰ったの!?」

「えぇ。お供をひとり伴って」

「なんか急ぎの用でもあったのかなぁ」

「大神官様ともなると、お忙しい身ですので。準備が出来ましたら、私たちも帰還いたしますよ」


 帰還魔法、私も使えるようになるのかなぁ。

 そんな話を昨日、ウィリアンさんとしてたんだけど……。


「お前は魔法を使うために、何かを殴らなきゃいけないからねぇ」


 と、遠い目をされた。

 魔法を使えていることが分かったってのに、現実は残酷だ。


「準備といっても、特になにもないし。帰ろっか」

「はい。きっとウィリアン大神官様が今回の件をご報告しているでしょうから、大騒ぎになってますよ」

「え、あの程度で騒ぎになるの?」


 山からゴブリンが下りてきた程度なのに。それだって解決してるじゃん。

 そもそもゴブリンなんて、ちょっと森や山に行けばいるようなモンスターなんだし。


「聖女様っ」

「聖女様、お帰りになられるのですか?」

「ぜひまた来てください」

「何いってんだ。こんな何もねぇ鉱山の町に、聖女様が足をお運びになる訳ねえだろう」


 なんか、町の人たちが集まってきた。


「ありがとうございます、聖女様。あなた様がいらっしゃらなければ、夫は……」

「聖女様のおかげで、一度はなくした腕がまた生えてきました。ありがとうございます」

「あはは、生えてきたって、トカゲの尻尾みたいじゃん」

「あっはっはっは。それもそうですなぁ。あははははははは」


 ウィリアンさんにも言われた。

 斜面から転がり落ちてきた岩を止めた結界は、私が作ったものだって。

 しかも女神ラフティリーナの力を直接引き出して。

 でもアレはもう絶対に使っちゃダメだってのも言われた。その後気絶して丸一日寝込んでるし、危険だからって。


 私には実感がない。ただ夢中だったから。

 何かをしたっていう感じがまったくしないんだよね。


 でも――この人たちの笑顔を見ていたら、そんなのどうでもいいかなって思える。

 自分が何をしたのか分からなくても、何かが出来たのならそれでいいや。


「お姉ちゃん、何か光ってるよ?」

「え? あ……ウィリアンさんから貰ったネックレスの石だ」


 服の下から飛び出すと、雫の形をした石が光っていた。


「石の中にお水が入ってるみたいだ」

「本当だ。水、っていうか光?」


 ほんのり緑がかった光の小さな粒が石の中に溜まって、それが水のように見えなくもない。

 この光、どこかで……。


「あの時のお姉ちゃんみたいな光だ」

「え、光?」


 ぴっかーんっとライトの魔法で光っていた時の自分を思い出す。

 嫌だ。思い出させないでよ黒歴史なんだからっ。


「あぁ、そうだ。大岩を止めた光によく似ているねぇ」

「あの時、聖女様もぽわぁんっと光っておられたからなぁ」

「同じ光だ。見ているだけで心が温まるようだわい」

「え? わ、私が光ってたの?」

「お姉ちゃん、自分が光ってたこと知らないの?」


 知らない。うんうんと頷くと、町の人が顔を見合わせた。

 それからあの時の状況を教えてくれる


「聖女様が女神様のお名前を口にしたとき、ぽぉっとお体が光り始めたのです」

「光はすぐに聖女様の頭上に集まって、何かの模様を描いたんです」

「模様じゃねえよ、魔法陣ってんだよ」

「そうそう、その魔法陣ですわ。その魔法陣がぐーんっと大きくなって、町を守る結界になったんですよ」


 住民が一斉に頷く。

 み、見てないよ私。何も――あ、あの時、目閉じてたわ。


「聖女様は、まだご自分のお力を知らないだけですよ」

「そうそう。候補だ候補だ言ってますが、あなた様は立派な聖女様でさぁ」

「私たちを救ってくださったのだもの。どうか自信をお持ちください」


 自信、持っていいのかな?


「お姉ちゃん、父ちゃんの足を治してくれてありがとう」


 あの時の男の子。足を片方失くしていたお父さんも一緒にいる。もちろん、ちゃんと両足で立って。


 実感がない。自分でそれをやっているのを見ていないから。

 でも……この人たちの笑顔を見ていたら、自信を持てる気がしてきた。


「ありがとう。私、ちょっと自信失くしてたけど、みんなのおかげで頑張れそう」

「聖女様っ」

「俺たち全員、応援しておりますよ」

「あぁ、そうだ。応援するぞっ」

「がんばれー」


 へへ、なんかちょっと恥ずかしい。

 ライトになったあの時ほどじゃないけど。


 声援の中、帰還魔法を使う神官さんの腕を掴んで、神殿へと戻った。






「でね、これ光りだしたの。ほら、今でもうっすら光ってる」


 戻ってからすぐ、ウィリアンさんに会った。

 会ってペンダントのことを伝える。


「そうかい。それはね、神聖力を貯めておくことが出来る奇跡石なんだよ」

「きせきいし?」

「瘴気は、負の感情に影響を与えると教えられただろう?」


 ん?

 教えて貰ったっけ?


「はぁ……授業中は寝てばかりいないで、ちゃんと話を聞くもんだよ。あとで本を貸してあげるから、しっかり読んでおくように」

「うぃー……」

「濃い瘴気は心を乱そうとする。心を乱されると、浄化の魔法もうまく使えなくなるんだよ」


 そうなると瘴気に取り込まれ、命の危険にさらされる――って。


「その奇跡石の中の神聖力は、みんながお前に対して抱く感謝の気持ちや好意を汲み取ったものなんだよ。それがお前を瘴気から守ってくれる」

「気持ちが私を守る、の?」

「そうだよ。その中の光が瘴気を退けてくれるんだ。まぁその時が来れば分かるさね。ただ――」


 神聖力である限り、この光は消費するもの。

 瘴気を退けてくれたら、光は減ってしまうらしい。

 だから。


「だから人助けをして、感謝されなさいってこと?」

「分かっているようだね。人を助けることが、お前を救うことにもなる。よく覚えておきなさい」

「うん、分かった」

「さ、今日はゆっくり休みなさい。そして明日からしっかり勉強もするんだよ」


 うっ……念を押されてしまった。はぁ、睡魔に勝てるかなぁ。

 今日は休日を満喫しよう。


 久しぶりの我が家ならぬ、我が部屋。

 窓開けて空気の入れ替えして、そんで……朝からお風呂行っちゃおうかなぁ。


「ん? なんだろう、これ」


 机の上にあったのは、ピンクのリボンが結ばれた巾着袋。

 中を開けてみると、クッキーがたくさん入ってた。

 それを見たら、何故か涙が零れた。


 これに似たやつ、昔貰ったことがある。

 私の誕生日に、アディがクッキーを買ってくれた。あの時もピンクのリボンで結んだ巾着だったよね。

 貧しかった私たちにとって、クッキーなんて超がつくほどの高級品なのに。


「アディ、ありがとう」


 予定変更!

 紅茶淹れてこようっと。


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