第16話:聖女さま

「――じゃあ何か。こいつは勢い余って女神の力を直接召喚しやがったのか?」

「状況が分からないから、わたしにもなんとも言えないけどねぇ。ただあの力は女神ラフティリーナ様のものだよ」


 ん、んん。誰かの声がする。

 えぇーっと……んぁ、頭、痛い。凄く、眠い。


「はぁぁ……それで魔力のほとんどを持って行かれてぶっ倒れやがったのか。心配させやがって」

「心配はしているんだねぇ」

「あぁ? くそっ、うるせぇ。心配なんざしてねーよ」

「いやいや、たった今、心配させやがってと言ったじゃないかい」

「だまれクソ坊主」


 くそくそうるさいなぁ。私は眠いんだってば。


「聖女ってのは、こんなとんでもねぇことまでしやがるのか」

「普通はしないよ。浄化の旅に出る聖女っていうのは、そのほとんどが神官となんら変わりがないからね」

「はぁ?」


 聖女って、神官なんだぁ。ふーん。


「それでも各地で聖女が浄化の旅を行っているということが、人々に希望をもたらすんだよ。暗く沈んだ心に光が差せば、それもまた瘴気を退ける力になるからね」

「負の感情にも瘴気は反応するって聞くが」

「事実だよ」


 うぅん、寝かせてよぉ。凄く疲れてるんだからさぁ。

 でも……この声、嫌いじゃない。

 若い方の声も、おじーちゃんのような声も……優しくて……あれ?


 この声――






「アディ!?」

「うわぁ、ビックリした。急に起き上がったら危ないよ」


 あ、あれ?

 アディの声が聞こえてた気がしたのに、いない?


「ウィリアンさん、アディはどこ?」

「セイリア、落ち着きなさい」

「落ち着てなんかいられないよ! だってアディの声が聞こえたんだもん。聞こえ……あれは夢、なんかじゃないよ」


 だけどいない。あんなに近くで聞こえてたのに。

 でもここは鉱山の町。神殿からはきっと遠い場所にあるはず。

 アディがいるわけ、ないか。


「夢ではないよ」

「え?」


 顔を上げると、ウィリアンさんが優しく笑いかけた。


「でも今はここにはいないよ。まぁ近くにはいるんだろうけどね」

「アディいるの!? 会いたいっ」

「うぅん、それは難しいだろうねぇ」

「どう、して……やっぱり、怒ってるのかな」

「ん? 怒ってるとは、いったいどうしてそう思うんだい?」


 だって私、侯爵家に連れていかれてからアディを探したのはほんの数回だけ。

 後妻が来てからは屋敷から出してもらえなくなったし、捜索も打ち切られちゃったもん。

 いつもちゃんとアディの所に帰ってたのに、帰れなかったもん。


「だからアディ、出て来てくれないんだ。きっとそう」


 ベッドの上で膝を抱えていると、隣にウィリアンさんが腰を下ろして頭を撫でてくれる。

 

「難儀だねぇ、君たちは。セシリア、彼は怒ってはいないよ。だってお前のことを見守ってくれているだろう?」

「そう、なの?」

「あのナイフの持ち主は彼だよ。そして魔力が枯渇して倒れそうになったお前を抱き留めたのも彼だ」

「アディ、が……。あ、私倒れたの!?」


 記憶が全然ない。

 倒れたって、いつ……あ。

 ウィリアンさんの無事を確かめるために、教会へ行こうとした時だ。

 体が傾いたと思ったら、私、倒れてたのか。

 それをアディが支えてくれたってこと?


「なんでアディ、いなくなったの?」

「それはだねセシリア。彼の職業が関係しているんだよ」

「職業って……暗殺……」

「気づいていたのかい!?」


 頷いてから、私がアディと再会した時のことをウィリアンさんに話した。

 アディは私を――私とは知らずに殺しに来た。

 侯爵家に侵入して何か盗むわけでもなく、家人を殺しに来てるってことは泥棒ではなく、そういうことだよね。


「なるほど。君が狙われている話は聞いたけれど、まさか依頼を受けたのが彼自身だったとはねぇ」

「おかしいよねぇ。へへ」


 思い出してみても、あの再会は凄いシチュエーションだと思う。

 金てき、ヒットしなくてよかったぁ。


「とにかく、今はゆっくりお休み」

「うん。あ……怪我をした人たちは?」

「大丈夫。お前さんの無茶苦茶な魔法でね、体の一部を欠損した人たちまで再生してしまうんだから。そりゃもう、みんな元気さ」

「……え? わた、し?」


 どど、ど、どど、どういうこと?

 混乱している私を見てか、ウィリアンさんが少し笑っている。


「まぁあとでゆっくり話してあげるから、今は眠りなさい」

「あー……うん。寝る。おやすみなさい、ウィリアンさん」

「あぁ、おやすみセシリア」


 おやすみアディ。


 ・

 ・

 ・


「お腹空いた!!」


 あ、あれ?

 ガバっと起き上がると、部屋には誰もいなかった。

 そういえばここ、どこなんだろう?


 あぅ、お腹空いた。

 空腹で目覚めるほど虚しいものはない。

 まぁ貧民街で暮らしてた時はしょっちゅうだったけど。


 今何時だろう。ご飯の時間だといいなぁ。


 ベッドを抜け出し、部屋を出る。

 建物の感じからだと、教会かなぁ?


 なんだか外が騒がしい気がする。

 まさかまた斜面が崩落!?


 慌てて外に出ると、辺りには松明を手にした人たちが駆けまわっていた。


「あぁ、聖女様。お目覚めになられたのですねっ」


 そんな声がして、誰から駆けてきた。

 神殿から一緒に来た神官だ。


「何かあったの? ウィリアンさんは?」

「あちらにおいでです。山からゴブリンが下りてきたんです」

「山から? なんでまた」

「それは私にもわかりかねますが……。あの聖女様、お体は大丈夫でしょうか?」

「ん? あの、え? せ、せいじょ?」


 神官はこくこくと頷く。


「い、いや、候補ってだけでまだ決定じゃ……」

「いいえっ。あなた様は聖女様ですっ。私、見ましたもの。あなた様が女神の力をお使いになる姿をっ」

「え、えぇーっと……えぇ?」

「コレット。そう興奮するんじゃない。セシリアには全く自覚がないのだからね」

「大神官様っ。す、すみません。私、真の聖女様をこの目で見れるなんて思いもしなくて、感動してしまって」


 ま、まことのせいじょ?

 もう、訳わかんないよ。


「セシリア、起きたんだね」

「うん、ウィリアンさん。あの、お腹空いちゃってさ」

「……空腹で目が覚めたのかい。お前らしいねぇ」

「えへへ。ところでゴブリンって?」


 神官が「何か食べ物持ってきます」と言ってダッシュで駆けて行った。

 早いのなんのって。


「うん、実は崩落事故はゴブリンの仕業だったようなんだ」

「えぇ!?」

「坑道の先でゴブリンの巣穴と繋がってしまってね。すぐに埋めたそうなんだが、ゴブリンは腹を立てたようなんだ」


 それで夜間の人がいない時間に、坑道が崩落するように穴を掘っていたそうな。

 で、事故が起きて怪我人が続出。

 これで人間どもはここから出ていくだろう。わーっはっはっは!

 ――とはいかなかった。


「死人はおろか、怪我人すら結果としてはゼロ。それでゴブリンは腹を立てて山から下りてきたんだよ」

「え、それ逆恨みもいいとこなんじゃ」

「ゴブリンに逆恨みなんて言葉はないんだろうねぇ。まぁ相手はゴブリンだし、警備の兵士の方々もいるから心配しなくていい。お前は教会でゆっくりしていなさい」

「えぇー、やだっ。ゴブリン相手なら私も手伝うっ。神官戦士として鍛えたこの腕を、見せてやるんだからっ」

「何言っているんだい。本格的に修行を初めて一週間も経ってないだろう」


 はい、四日です。


「でもー! あ、なんか殴りながら魔法を使ってるかもって検証、今出来るじゃん! ね、ウィリアンさん」

「それは……なるほど。出来るねぇ」

「でしょ? よーし、それじゃあ!」 


 拳を突き上げた瞬間、お腹の辺りからぐぅーっという音がした。


「聖女様っ、サンドイッチを用意いたしましたっ」

「おぉぉーっ、いいタイミング!」


 ふっふっふ。ご飯さえ食べれば、もうこっちのもんよ!


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