第11話:グレムリン

 女神ラフティリーナの神殿に聖女候補が全員揃ったのは、私が来て十日後のこと。

 

 朝は起きたらまず、菜園で野菜の収穫!

 これは楽しい。


 ご飯の後は一般教養。

 これは楽しくない。


 それが終わったら神官が使う神聖魔法の勉強。

 本を使った勉強でなければそこそこ楽しいけど、本を使う時は楽しくない。


 お昼からまた畑仕事。

 楽しい。


 途中でティータイム。

 優雅だなぁ。お菓子が美味しい。好き。


 ティータイムの後はまた神聖魔法の勉強。

 楽しいのと楽しくないの半々。


 夕方から自由時間。

 暇だから夕飯の手伝いをしたり、お風呂入ったり、神殿の探索をしたり。


 夕飯のあとは女神ラフティリーナへの祈りの時間で、大神官がなんか喋ってるんだけど私は居眠りしててほとんど聞いたことがない。


 そうそう。ここでの私の後継人というか保護者というか、面倒を見てくれているおじーちゃんが大神官のひとりウィリアンさん。

 初日に部屋まで案内してくれて、買い物に連れて行ってくれた人。

 どうりですれ違う神官がみんなして頭下げていくわけだよね。


 そんな暮らしが半月ほどが過ぎた。

 浄化の魔法はおろか、他の魔法すら使える気が全くしない。

 候補者の中には、治癒の魔法を使えるようになった人もいる。もちろん私みたいに何も使えない人もいるけど。


 でも神官たちの話だと、この時期に魔法が使えてない候補は聖女になれない可能性の方が高いって。

 どうしよう。


「どうしたんだね、セシリア。もうお祈りの時間はとっくに終わっているだろう?」

「あ、ウィリアンさん。んーとね、ちょっと焦ってるかも」


 夜の礼拝堂はしーんと静まり返ってて、考え事をするにはちょうどいい場所。他に人もいないし。

 と思ったんだけど、ウィリアンさんがいた。


「焦っている、かぁ。ひとりでも魔法を習得出来た子がいると、気になってしまうよねぇ」

「う、うん……ウィリアンさんには分かっちゃうんだ」

「そういう経験が、わたしにもあったからね」

「ウィリアンさんも?」

「あぁ、そうだよ。わたしの両親が神官で、だから周りが当たり前のように、わたしもそうなると思っていてね」


 周りから期待されて、自分もそうだと信じていた。

 でもそれがかえってプレッシャーになって、いくら勉強しても神聖魔法を使えなかったって。


「でも、使えるようになったんでしょ?」

「そうだね。それが必要になったとき、使えるようになったんだよ」

「必要になった時?」

「そう。それまではずっと、神官になるために魔法が使えなきゃいけないと思って、必死になってたんだ。でもそれじゃあダメだったんだなって、あとになって分かったんだよ」


 必死になるのがダメなの?

 よく、分かんない。

 必死にってことは、努力したってことでしょ。それがダメなら、なんだったらいいの?


「神聖魔法は、神の奇跡の力。その力をどう使うか、何のために使うか。それが分かれば、あとは簡単だよ」

「力をどう使うか、何に使うか……うぅん、ウィリアンさん。私、難しいことは苦手なんだけど」

「ははは。まぁ焦ることはない。大丈夫だよ。さ、お前にこれを上げよう」


 そう言ってウィリアンさんが、首からネックレスを外す。

 小さな雫の形をしたガラス? それとも水晶? とっても綺麗。


「これはわたしがおばあ様から貰ったものなんだよ」

「え、それって大切なものなんじゃっ」

「そう。だから失くさないように。きっとお前の役に立つ時が来るよ」


 ネックレスが役立つ?

 大切なものだから受け取れないと言ったけど、ウィリアンさんはニコニコして私の首に掛けてしまった。

 なんか温かい。

 

「さぁ、礼拝堂を閉めるから、もう休みなさい」

「あ、うん」


 一緒に礼拝堂を出ようとすると、急にウィリアンさんが私の腕を引っ張った。


「なに?」

「下がりなさい、セシリアッ」


 ウィリアンさんがこんなに焦っているの、珍しい。

 でもその原因はすぐに分かった。


 礼拝堂の外、中庭の方から獣の唸り声が聞こえてくる。


「神殿の中にモンスターが?」

「何者かが侵入したようだね。セシリア、わたしの傍を――」

「ウィリアンさん、そばを離れないでねっ」

「いや、セシリア。そうではなくてだね」


 すぐ脇に置いてあった椅子を手に身構える。

 最近は自由時間に、神官戦士の人から武術を習ってる。

 元々体力はあったし、もしもの時にってアディが喧嘩の仕方も教えてくれてたせいか筋がいいってほめられた。


 唸り声はどんどん近づいてきて、やがて明かりの届く範囲にその姿を現す。


「グレムリン……セシリア離れていなさ――」

「ウィリアンさん、危ない!」


 神殿にある本で見た小さな悪魔の絵にそっくりな奴。そいつが飛び掛かって来た。

 ウィリアンさんはおじーちゃんなんだし、私が守らなきゃ!


 飛び掛かって来たモンスターからウィリアンさんを守るために、ごめんだけど突き飛ばす。

 

「うわっ」

「ごめんね、ウィリアンさんっ。さぁ、グレムリン……だっけ? 私が相手よ!」

「待ちなさいセシリア――こ、これは、なんだ?」

「うおりゃーっ!」

「ゲギョッ」


 動きをよく見て、奴が動こうとするその先に攻撃を当てる感じで。

 椅子がクリーンヒット!

 

「ゲッ。ゲゲッ。ンゲェ」


 一発当たっただけで、グレムリンはよろめく。

 さすが神殿の椅子! きっと椅子にもモンスターが嫌いな聖属性が付与されてたりするんだろうな。

 一匹とは限らないし、早めに倒してしまわないと。

 神殿で殺生とか大丈夫かな。


「とりゃーっ!」

「ンゲッ」


 椅子を振り上げただけで、まだ叩き落としてはいない。

 なのにグレムリンは短い断末魔を上げて、パタンと倒れてしまった。

 あ、あれ?

 ウィリアンさんが何かしたのかな? と思って振り向いたけど、そんな様子はない。

 近づいてみると、グレムリンの項にナイフが刺さっていた。


 角度からしてウィリアンさんじゃない。

 じゃ……誰?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る