There, he gonna leave.

「昨夜はよく寝れた?」


 バルコニーに有る大きな窓から注ぐ、レースのカーテンで柔らかくなった朝日の中、女の声が聞こえる。


「ああ。お陰様で」

 無精髭の男は、露わになった胸元から腕を伸ばすと、そのまま自分の眼を覆った。


「パリスになった気分だ」

 男は微睡の中呟く。

「パリス?ガリアの?」

 女がベッドの反対側から近づく。

「トロイアのだよ。君もその壁を越えてくるな」

 女の困惑した顔を横に見た男は、軽く声を出すと、反対側に体を向ける。

「トロイ?」

 女は更に困惑した顔になる。

「シェイクスピア?聖書?」

「ホーマーだ」

 無精髭の男は背を向けたままそれだけ告げる。


 Knock, Knock.


 ノックの音を切っ掛けに、男は枕元に掛けたガンベルトから銃を抜き、立ち上がる。

 既に撃鉄は起こされていた。

 朝日に浮かんだ男の背中には幾つもの傷跡が浮かんでいた。


『ルームサービスの朝食です』


 ドアの向こうから、蓄音機から機械的に発せられる機械の声がする。

 男は目だけで女に扉の向こうを確認する様、合図する。


「私が頼んだのよ?」

 女は伝声管を指差し、男の警戒を訝しんだあと、肩を竦めてローブを羽織ると、覗き窓から戸の向こうを見る。

 覗き窓からは、配膳用のカートを押した自動人形が蒸気を漏らしながら立っていた。


 それを確認した女は、ドアから男の方を振り向くと、微笑む。

「良かった。もうお腹ペコペコだったのだもの」

 その後、少し目を細め、口を突き出す。

「誰かさんが私の『いい人』を撃っちゃった上に、相手もしてくれなくて夜は寒かったし」


 男はそれに応えず、ただ目で戸を開けるように促す。

 女は天井を見ると、再び露になった肩を竦める。

 ドアの方に向き直ると、戸を開け、自動人形を招き入れる。

「はいはい。アリガトね。チップはちょっと待ってね?」


 その直後、自動人形の後ろから腕が伸びる。

「ガハハ!ゆうべはよくも!大人しく……」


 銃声。


 女の腕を掴もうとした男だった者の頭が爆ぜる。

 男の頭骨内でエネルギーを発散した鉛は変形してその熱量を失い、衝撃波を受けた血しぶきは廊下に散らばる。


「トマトソーストッピングを頼んだのか?だとしたらすまない。盛大にこぼしてしまった」

 銃弾を放った男はそう謝罪の言葉を述べる。

 構えた回転式拳銃の撃鉄は再び起きていた。

「いいえ?」

 女は呆然としながら応える。

 配膳用カートを置いた自動人形は自動で部屋を出て行った。

「なら、ここの主人はウェスウィオス辺りの出身なのかもな」

 女は腰に両手を当てて無精髭の男を睨みつける。

「汚れてしまったのならすまない。風呂の用意と弁済はさせて貰う」

 男は構えを崩さずドアを閉め、施錠するよう、女に促す。

「私、とんでもない人に声かけちゃった?」

「弁済はしているつもりなのだが……」


 その後、朝食と湯浴みをすませる間も特に大きな騒ぎにはならず、伝声管でフロントに詫びをいれた処、カプセルシューターから請求書の入ったカプセルが送られてきただけだった。

 ここはそう言うのには慣れた町らしい。


 その後、男は蒸気車両をホテルの前に回させると、中身の増えた棺を乗せ、町を出ようとした。


 空は気持ちよく晴れている。


「ねえ、私も連れて行って?」

 女は流れ者の男にそう訊ねる。

「『帰る処』が無くなるぞ?」

 男は訝しんで応える。

「それが人の『帰る所』を奪った人の言葉?」

 女は淡々と続ける。

「元々壊れ掛かっていたのだろう?」

 男は、棺の中身を思い出す。

「それも壊した人の言葉?」

 女は淡々と続ける。

「奪われる、と云うのは、もっと、違う感じだ……あぁ……こう……」

 男は女から目を逸らし、荷積みを続ける。

「奪われたことあるの?」

 女は淡々と続ける。

「あーー……」

 男は言いよどむ。

「私、壊れっぱなしだから、よく解らないの」

 女は淡々と続ける。


 空は、気持ちよく晴れていた。


 女が被る麦わら帽子の大きな鍔が風にうねる。


「なんにせよ、あれだけ派手にしたら、ほとぼりが冷めるまではこの町を出ないと」

 鍔の間から大きな瞳を覗かせ、女は淡々と告げた。


「これを換金できる街までなら連れて行こう。そこは鉄道も通っているから、しばらくそこで身を潜めるのも、別の街に行くのにも便利だ」

 男は自身の黒いホンブルグハットのクラウンを軽くてで抑えると、しばらく考え込み、そう告げた。


 2人の交渉が纏まったとき、男の蒸気車両を塞ぐように1台の蒸気単輪が留まり、そこからゴーグルを掛けた男が1人、降りてくる。


「その出発、少し遅らせられないか?にーちゃん」

 腰の拳銃を威嚇するように手で叩きながら、鋲が打たれた茶色のテンガロンハットを被った男はじゃりじゃりとブーツを鳴らす。

「お前さんが殺したその野郎2人、今日の俺たちの仕事に参加する予定だったんだよ」

 後ろから馬が数頭追いかけてくる。

「ところがおまえさんが先にリタイアさせちまったもんでな?頭数が足りなくなっちまったんだ」

 馬に乗った男が6人、蒸気単輪の男に合流する。

「アイ、キャップ!こいつ、バラすかい?」

 副官らしき大柄の男が、キャップに話し掛ける。

「まあ、待て」

 キャップは蒸気車両の男を見ながら話を進める。

「聞けばコイツ、なかなかの腕らしい。こっちも別に家族ごっこをしているわけじゃねぇ」

 蒸気車両の男の腰の回転式拳銃を品定めしながらキャップは話を続ける。

「わかるだろ?これはビジネスなんだ。だから、抜けた人員の補充が効けばそれで充分、今俺たちはメンバー募集中、と云う訳だ、それもかなり急にな」


 黒いホンブルグハットの男は応えない。


「でだ、おまえさんをリクルートしようってんだが、どうだい?あんたならあいつ等2人分で良い。勿論、分け前も出す。多少は割合は少ないがね。それは弁済費だと思って欲しい」


 蒸気車両の男の顔が険しくなる。


「断ったら?」

 無精髭の男は、それだけ呟く。


「ああ?」

「こちらも急いでいるんだ。死体が腐ってしまったら、首実検が利かなくなって、賞金が減るからね」

 キャップは笑って応える。

「道理だが、賢くはねぇな。いくらおまえさんが凄腕でも、その拳銃は6発装填、こっちは7人。仕留め切れず死ぬのはそっちだぞ?損得が合わなねぇ、なぁ?」

「いや、損得の問題じゃないんだ」

「ああ?」

「そのゴーグル、大分汚れているようだから、外してもっと良く見てみたらどうだ?」

「あぁ?」

 キャップはゴーグルを首に下ろす。

「あぁ!てめぇ、ウルフギャングか!」

 キャップは無精髭の男、ウルフギャングを蔑むように嗤う。

「随分雰囲気は変わっちまったが、ええ?『元気』だったかよぉ?ええ?おい!」

 キャップとその一味はげらげらと嗤い出す。

「いや、懐かしいな、おい、前にお前んとこのでっけー農場を潰したのはよぉ!」


 銃声。


 キャップの副官が倒れる。


「憶えていてくれて、嬉しいよ」


 銃声。


 後ろにいた銃を抜こうとしていた部下が倒れる。


「先に地獄に行ったお仲間は私の事を忘れていてね……」

 ウルフギャングが無感動にそれだけ告げる。


 空は、気持ちよく晴れていた。


 キャップがホルスターに入れたまま応戦する。

 ウルフギャングは蒸気車両の後ろに身を隠す。

 女はホテルの中に入り、道沿いの鎧戸が一斉に閉められる。


「おい!ガトリング出せ!今日の獲物は変更だ!」

 キャップがそう叫ぶと後ろで曳かれていたガトリング砲をウルフギャングの居た方へと向ける。


 銃声。


 途中、騎手が一人撃たれる。


「もう3人か、クソゥ!」

 ガトリング砲に弾帯が装填される。

 キャップはめいいっぱいチャージングハンドル横のウィールハンドルを回す。

 6本の束ねられた銃身が回転しながら銃弾を吐き出す。


 200BpMのハイスピードマーチ。


 ウルフギャングがいた辺りに土ぼこりと着弾痕の帯ができる。

 周囲の建物や車両に当たった跳弾が不協和音の不規則なアクセントで装飾する。


 蒸気車両から何かが飛び出す。

 直様それは45口径の鉛弾によって破裂した。

 

 飛沫が道の土にしみ込む。


 それは、昨夜ウルフギャングが残したウィスキーのビンであった。


「『剣の舞』かよ……」

 蒸気車両の影でウルフギャングが呟く。


「おい!どぉしたね!?こっちはまだ4人残ってるぜ?」

 キャップはそう言うと、後ろにいた2人に裏路地から挟み撃ちにする指示を与える。


 ウルフギャングは拳銃の銃身を額に当てると、動き出す。


 蒸気車両から飛び出す人影。

 撃ち出される銃弾の帯。


 人影は鈍い音をたてながら一通り踊ると、道に崩れ落ちる。

 土が血で湿る。


「おぉ?」


 それは、先程ホテルで襲撃してきた男であった。


「てめぇ!」


 その間にウルフギャングは路地裏に移動する。

 ガトリングガンの銃口がそれを追うが、急に前転して身をかわすウルフギャングを捉えそこね、僅かにホテル向かいのサルーンのテラスを破壊したに過ぎなかった。


 銃声。


 青い空のした、乾いた音が響く。


 サルーンのテラスから再び人影。

 またしてもガトリング砲ようのクレー射撃の的となったそれは、4人目の部下の死体であった。


「このままじゃこっちが的になっちまう!一端やつの車両の裏に回るぞ!」


 銃声。


 キャップがそう言っている間にも、また部下が一人。

 ガトリング砲の装填手が倒れ、ガトリング砲の車輪に絡み付く。


「畜生!だが、奴は残り1発……さっきのガンベルトにゃ予備弾も無かった……いずれこっちの勝ちだ」

 キャップが息を切らしながらそう自分に言い聞かせる。

 そう言い聞かせながら、自身の拳銃を探る。

 その先には、既に撃たれてシリンダーが曲がり、使い物にならない拳銃が有った。

「な……?」

 キャップはそれをしばらく理解できなかった。

「あいつが撃たれたときか……?」


銃声。


 そのキャップの目の前にホテル側に回した部下が落ちてくる。


「はっ……ははっ……」

 キャップは笑い出す。


「おい!提案がある!」

 キャップは蒸気車両の影からそう叫ぶ。

「このままじゃ大損だ!だがお前さんも、残段数0!どうだ?引き分けと行かないか?」


 南に面したホテル前の目抜き通り。

 血に染まった道路をあっけらかんと陽気に照らす太陽が傾き始める。

 そろそろアフタヌーンティーの時間になる。


「今から俺が銃を捨てる!そして丸腰で出るから、そしたらおまえさんも姿を表せ!それでどうだ!?」

 キャップはそう言いながら、目の前の部下の死体から装填済みの拳銃を取出す。

 こちらは銃身もシリンダーも無事で使えるようだった。


「お前さんは仇の盗賊団を壊滅!おれは損切り!どうだ?悪い話じゃあるまい!?」

「解った」


 ウルフギャングの声が響く。


「そうか!おまえさんが賢くて助かるよ!良いか!先ずはガンベルトだ!」

 そう言うと、キャップは自身のガンベルトを蒸気車両の外に放り出す。

 部下の銃を腰の後ろに挿して。


「次に、俺が出るぞ!丸腰なのを確認したらお前も姿を表せ!それを確認したら、おれは単輪でここを離れる!いいな!」

「解った」


 2人の声が響く。


 キャップが両手を拡げて蒸気車両から姿を表す。

「さぁ!お前さんの番だ!」


 午後の町は、静かに流れて行く。

 緩く。


 ウルフギャングがサルーンの天井から姿を表す。

 太陽を背にして。


「はっはぁっ!こっちは7だ!お前さんに勝ち目なんて無かったのさ!」

 キャップが腰の後ろに隠した銃を引き抜く。


 銃声。


 気持ちのいい青空。


 崩れ落ちる男。

 茶色いテンガロンハットのキャップ。


「な……?」

「デリンジャーって、知ってたか?」


 割れたゴーグルに血が滴り、驚くキャップにウルフギャングが告げる。


「ソフィアに護身用に持たせていたんだ」

 ウルフギャングはそのまま独り言のように続けながら降りてくる。

「ここの裏でお前さんの部下を撃ったのはそれだ」

 ゆっくりとキャップに近づく。

「私が婚約者を殺されたときの事を忘れると思ったのか?」

 キャップの頭にデリンジャーを押付ける。

「あと、これは2発装填だ」


 銃声。


 気持ちの良い、午後の一時。



「その7は、お前さんにとって不運のアンラッキー7だったな」

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