connection detective

Takeman

第一話 mycetozoa goal

胞子

「よう、元気か」

 そう言いながら山下は大学時代の後輩、小路丸さなえが切り盛りする定食屋、小路亭の扉を開けて中に入っていった。

 小路亭は祖父から三代続く定食屋で、県内でも三番目に人口の多い市の中心街にある。立地条件としては申しぶんなかったのだが、十年くらい前から郊外に大型のショッピングモールが次々と立ちはじめて、休日の人の流れも中心街へは向かわず、郊外へと向かうようになった。その結果、中心街の空洞化が始まり、父の代と比べるとこの辺りもめっきりと寂しくなってきている。

 それでも祖父から受け継いだ店の味と、三代目を継いだ彼女の腕がよかったおかげで常連客も多く、そこそこ繁盛していた。店のうわさを聞いたテレビ局が取材の申し込みをしにきたこともあったが、行列になるほどのお客がきてしまうと一人では切り盛りできなくなるし、なによりも常連のお客さんを行列に並ばせてしまうことしたくはなかった彼女はテレビやラジオ、その他のメディアの取材は断り続けていた。

「いらっしゃ……なんだ、先輩っすか」

 いつもに増しての忙しさだったランチタイムも終わり、最後のお客が帰ったところでのれんをおろし、夕方の営業開始までひと休みしようかと思っていた小路丸は、休めなくなったかと少しがっかりする。

「そんながっかりそうな顔をするな。成田についたばかりなんだ。で、アパートに寄って荷物を置いたその足でお前に会いに来たんだよ」

 山下の言葉に気を取りなおした小路丸は、それならまだ昼飯は食べていないはずだと思い、これから私は昼飯を作って食べますけど、先輩も食べますかと尋ねた。もちろん。と山下は即答する。一人分を作るのも二人分を作るのもおなじものを作るのであればかかる手間は変わらない。

「そうですか、じゃあちょっと新メニューにと考えてたものがあるのでそれを作ります。食べたあとで意見を聞かせてくださいよ」

 そういうと小路丸は食材をそろえ、玉ねぎを刻みはじめた。

「それにしても日本も暑い国になったな。11月だというのにこの暑さだ。おまけに成田についたときには晴れているなあと思ったら、空港を出ていきなりのスコールでなあ」カウンター越しに小路丸の調理の姿を眺めながら山下が話しかける。小柄な小路丸の体が厨房内で動き回っている姿を見て小動物みたいだと山下は思った。

「先輩、それはゲリラ豪雨ですよ」小路丸はコンロの火を止めて皿を並べる。

「どっちでもいいじゃないか、意味は通じる」

「いつも海外に行っている先輩ならともかく、日本から離れたことのない私にはスコールじゃあぴんと来ないですよ」

 そんな会話をしていると山下の座っているカウンターテーブルの前に出来上がった料理が置かれた。

 山下は手を合わせていただきます、というなり勢いよく食べ始めた。


 出された料理を、小路丸が作るのにかかった時間の半分以下の時間でぺろりと食べ終えると山下は、お前の料理はあいかわらず旨いなあと小路丸を褒めた。

「私の料理が美味しいのは当然のことですから褒め言葉にもならないっす、先輩」

 そっけない言葉を返しながらも小路丸は満更でもない顔をする。

「いや、おれが胃袋の心配をせずに安心して食べられるのはお前の料理だけだよ。おっと、飯を食いに来ただけじゃないんだ。腹も膨れたところでさて、本題に入ろう。お前も腹は膨れたか?」

 そう言いながら山下はポケットから茶色の小瓶を取り出して小路丸に手渡した。

「なんすか、これって先輩がいつも持ち歩いている胃腸薬じゃないですか。まさかこれがお土産だなんていうわけじゃないっすよね」

「それは土産じゃない。他に手頃な入れ物がなかったからそれを使っただけだ。土産は別にあるから安心しろ。と、いってもそいつもとんでもない土産になる可能性もあるがな。まずは蓋をあけて中身をみてくれ」

「まさかびっくり箱のたぐいじゃないっすよね」小路丸は蓋を開けようとしてその手を止め、山下の顔を見る。

「子供じゃねえんだからそんなことはしねえよ」

 山下の返事にうなずきつつも、嫌な予感がしますねとぶつぶつつぶやきながら小路丸は蓋をあけ、瓶の中をのぞき込んだ。

「瓶が茶色なんで中身がよく見えないんですけど、なんか粉っぽいものが入ってますね、いや違うな、なんかプルプルしているような……」瓶を軽く揺さぶりながら中身を確認する。

 山下はカウンターテーブルの上に置かれている爪楊枝入れから一本取り出して小路丸に手渡した。

「楊枝を瓶につっこんで中身を少し爪楊枝につけてみてくれ。そしたらそれを舐めてみろ」

「ええ、これって食べ物なんですか」

「食べられるから大丈夫だ。だまされたと思って食べてみてくれ」

「食べられるって、じゃあ食べものじゃないんですか? それに先輩にだまされるような人なんていないから説得力ないですよ。まあ、だます人じゃないから舐めてみますけど」といいながらも鼻を瓶に近づけ、手で仰いで匂いを確かめてみた。

「匂いはしないだろ」

「そうですね、ほとんど匂いはしませんが、でもちょっと待ってください。微かに匂いはしますから当ててみますね、この匂いは……」

「いや、お前の鼻がいいのは知っている。でも中身を当ててほしいわけじゃないんだ。食べてもらいたいんだ。おれが食べて大丈夫だったし、現地でも食べられていたから大丈夫だ」

「そうですか、まあ胃弱な先輩が食べても平気だったのなら大丈夫でしょ。じゃあ楊枝の先につけて……って、なんですかこれ」

 瓶の中に入れた爪楊枝を抜いて出して爪楊枝の先についた得体の知れない黄色いものを見て小路丸は言った。

「もう、おなかは膨れて腹が減ってる状態じゃないだろ?」

「ええ、腹八分ぐらいですけど、おなかが減っているとまずいんですか?」

「いや逆だ、減ってるとなんでもうまく感じるからな」

「じゃ、おいしくないんですか」

「いいからつべこべいわずにパクっといってみろ、パクっと」

「うー、わかりました、パクっといきますよ、パクっと……」

 爪楊枝の先を口に入れたところで小路丸の動きが止まった。

「どうだ」と山下が声をかけるが、小路丸は微動だにしない。

「おーい」と声を掛けるも小路丸は硬直したままだ。まぶたは開きっぱなしで瞬きもしない。

 さすがに不安になった山下は小路丸に近づき、彼女の眼の前で手を振ってみるのだが、硬直したまま身動きもしない。

 ひょっとして中身を間違えてしまったのかと山下は不安になったが、店に来る前に自分も少しなめて確認していたから大丈夫なはずだった。

 続いて山下は小路丸の鼻元に手をやってみた。手の甲に小路丸の鼻息がかかって少しくすぐったい。どうやら呼吸はしているようだ。自分のときもこんな感じだったのだろうかと山下は思い返してみようとする。

 すると突然「……ふあ! なんじゃこりゃ」と小路丸が叫んだのでその声に山下はびっくりしてしまう。

「おぅ、どうだった。驚いただろう」自分のほうもびっくりしたのだが、山下は小路丸に尋ねた。

「……なんなんっすかこれは、なんなんっすかこれは、先輩!」興奮した口調で小路丸は山下に聞く。

「とんでもなく旨いだろ」

「旨いもなにも、脳天にいきなりガツンときたというか……美味しいという感覚はあるけれども……どんな味だったのかわからない……」と、小路丸の口調は徐々にトーンダウンしていく。「先輩、これってヤバイ薬っすか」

「とんでもない。おれがそんなものやらないことは知っているだろう」

「じゃあなんなんですか、これは」

「現地じゃ茸の一種だって言っていたが」

 瓶の中をのぞき込みながら「これが茸ですって! そんなばかな。なんかアメーバみたいですよ、こんな茸なんて見たことも聞いたこともないなあ」

「ちょっとまて、なんとかKuvuって言っていたような」といいながら山下は携帯端末を操作して調べ始めた。しばらくして「ああ、粘菌だった、ほら」と端末に表示された文字を小路丸に見せる。

「ええ、粘菌ですって! ちょっと勘弁して下さいよ先輩。そんなものうちの店に持ち込まないでくださいよ、うちは食べ物をあつかっているんですよ!」とあわてて瓶の蓋を締めてさらにラップを取り出してぐるぐる巻きにして、さらにゴミ袋に入れて口をしばり、辺りをアルコール消毒し始める。

「ああ、すまんすまん、でもこれは現地の食堂で出されて食ったもんだから気にしてなかったよ」

「現地の食堂って先輩、どこに行ってたんです、今回は」

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