第7話 『 俺と仔猫時代の美桜との出会い』


 ……窓から差し込む光と、外から聞こえる車の音で目を覚ました。


「ん、あれ? もう朝か」


 朝まで眠ってしまうなんて珍しいな、いつも大抵夜中に一度目が覚めるのに。


 ぼんやりと目を覚ましながら徐々に左腕の痺れと左半身の重みに気付く。


「……っ! そうだった」


 俺の左腕を枕に、俺に抱きつきながら眠っている可愛い女の子がそこにいる。


 一気に目が覚める。


 俺は昨日、女の子を拾った。……拾った、と言うよりは連れて来たという認識なのだが、彼女が『拾ってくれませんか』と言い、俺は実際に連れて来たのだから『拾った』と言ってもおかしくないのかもしれない。少なくとも彼女は自分が『拾われた』と認識していそうだ。


 そんな彼女はどうやら俺が昔公園で面倒を見ていた仔猫だったらしい。にわかには信じがたい話だが、彼女の頭にある桜色の猫耳がそれを“本当” だと信じさせるかのようにそこに存在している。


 ……『夢だった』そう言われればそちらを信じるほどの出来事なのに、朝目覚めても彼女は俺の目の前に実在していて、ほのかに伝わる温もりと、確かな重みと共に可愛らしい寝顔を浮かべてそこにいる。



 彼女の名前は美桜みお。桜色の毛並みが美しいからと、俺が名付けた名前をそのまま自分の名前として生きていたらしい。昨日、本人が自分の事をそう呼んでいた。


 俺が仔猫時代の美桜とはじめて会ったのは、昨日美桜が入り口に立って俺を待っていたあの大きな公園の中。


 俺が大学生の頃、俺の住むアパートのすぐ近くにあるあの大きな公園——大森猫國伝公園おおもりねここくでんこうえんに、なんとなく散歩に行ったんだ。

 

 あの公園は、公園と言うには気が引けるほど大きくて、中には鳥や亀がいる大きな池とそこへ流れ込む小さな川、たくさんの種類の樹木と、その中を通り抜ける散歩用に整備された小道、キャンプ場に売店、そして狛犬の代わりに狐の像が鎮座した小さな小さな神社がある。


 その公園は広くて人もよく集まる場所なので、野良猫や捨て猫も珍しくないのだが、大抵はキャンプ場の付近にいる事が多い。けれど美桜を見つけたのはあまり人が来ない神社の裏の茂み。


 本当になんとなくだった。普段は通らない場所なのに、その時はなんとなくたまたまそこを通りかかって、茂みの中に小さな箱があるのを見つけた。


 カサカサと音がするのが気になって、箱の中を覗くとまだ小さな仔猫、美桜がいた。


 美桜は何かを喉に詰まらせた様に苦しそうにしてて、もう意識も朦朧としたように弱ってて、びっくりして俺は美桜を拾い上げた。


 すると『カハッ』と音がしたと思ったら、白い何かの粒……薬のようなものを吐き出した。

 美桜が入ってた箱の中にも吐瀉物らしきものがあったから、何か胃の中に入ったものを吐いた時にそれが喉に詰まったのかもしれない。


 その白い粒が薬だったのだとしたら、仔猫にとってどんな効果があるものだったのだろう。けれど、こんな人が集まる広い公園の、あえて人が来ないところに捨てられていたことを思うと、それが仔猫にとって良い効果をもたらす薬だとは思えなかった。


 吐き出したから、よかったのだろうか??


 その時の俺は、アパート暮らしなので連れて帰る事は出来なかったが、せめてもう少しこの仔猫が大きくなるまで面倒を見たいと思ってしまった。


 だから、野良猫に餌を与えるのは良くないと知ってはいたが、この仔猫だけと決めて、俺は毎日仔猫用のフードを持って美桜の元に通う様になった。




 俺が美桜と名付けたその仔猫は、いつも茂みの中に居て、俺以外の人間には近付こうともしなかった。なのに俺が行って名前を呼ぶと、ヨタヨタと歩いてそばに来て、俺の足に甘えるのがたまらなく可愛かった。


 美桜といると本当に癒された。可愛くて仕方なかった。だから何度も連れて帰りたいと思った。けれど、俺の住むアパートは『猫は飼えない』。


 当時大学生の俺には住み替えるほどの経済力もなく、せめて美桜がもう少し大きくなったら避妊手術くらいはしてやろうと、それが勝手に餌を与えている俺の責任だと思っていた。


 美桜を公園で世話するようになってから数ヶ月が経った頃、もう身体も大きくなってきたのでそろそろ避妊手術に連れて行こうかと思っていた。そんなある日、いつもの様に美桜に会いに行くと……美桜は居なくなっていた。


 呼んでも探しても出て来なかった。しばらくかよってみたが、やっぱりその日以来美桜は居なくなってしまった。


 あんなに可愛い猫だし、ましてや珍しい桜色の猫だから、誰か家で飼える人が連れて帰ったのだろう。幸せになってくれと、俺は美桜の幸せを願い、徐々に通うのをやめた。


 ……そんな美桜が、まさか今、俺の腕の中で人の姿をして眠っているなんて…… やっぱり夢のようだ。


 物思いに耽った後、だんだん正気になって来た俺は、改めて腕の中で眠る美桜を見る。


 ……とんでもなく可愛い。ハッキリ言って、ど直球にタイプだ。いや、俺あんまりアイドルとか見ても可愛い人だなと思う程度で、タイプとかないと思っていたのに。……美桜は、とんでもなく可愛い。


 段々とこの状況にドキドキしてきた。ドキドキというより、バクバク。うわ、やばい、俺、こんな可愛い女の子と寝てる。抱き締めてしまいたい。

 

 美桜が俺に抱きついているのだし、俺が抱きしめるのもセーフか? いや、男からそんな事をするのはアウトか? あああ、二十数年生きているくせに女性経験のひとつもない自分を呪う。


 と、とりあえず美桜を起こそう、そうしよう

 じゃないと俺の心臓がもう限界だ。


「……美桜、美桜、起きて」


「……ん、んぅ? ……あ、……おは、よお……」


 うっわ、やっば。可愛い。なにこれ寝ぼけてるの可愛い。

やばいわこの子、可愛いわ。破壊力やばいわ。うっわー!!!!!!


 美桜の寝起きの可愛さに動揺する俺は、もうバクバクを通り越してダクダク。ダクダクなんて言葉があるかどうかは知らないが、なんかもう全身から汗が出て頭から血が吹き出しそうだ。


「起きた?」


「ん、うん。起きた」


 これだけ内心動揺していても側からみたら冷静に見えるのが俺の特技というか性格なの、マジ俺すげーと思うのだが。


 目を覚ました美桜が上半身を起こしたと同時に、それまで身体を覆っていた布団がずり落ちた。


 —— あっカ——————————————ン!!


 俺の頭の中を慣れない大阪弁と共に金属バットで殴られたような衝撃が流れ、白目剥いて倒れそうになった。


 ——ミオサン ナンデ ゼンラ ナノ——


 眠気眼で布団から上半身を起こした美桜の姿は、完全に全裸だった……

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