9話。【side:ルーシー】王女、国王にブチ切れてマイスを追いかけようとする

【ルーシー王女視点】


2日前──


「お父様、マイス様を追放したと聞き及びました。本当でしょうか!?」

「な、なんじゃ、ルーシー。何をそんなに取り乱しておる?」


 山から戻ってきたわたくしは、国王であるお父様に詰め寄りました。

 貢ぎ物を持って守護竜ヴァリトラの住まう山に向かったら、もぬけの殻だったのです。


 あの娘──ティニーがわたくしの来訪を無視して出掛けるとしたら、マイス様に何かあったとしか思えませんわ。


 慌てて下山するとアルフレッドが、マイス様を追放したというではありませんか?

 あまりの事態に、も、もう目眩いが……


「マイス様を追放などしたら、ヴァリトラ様の怒りを買います! あの娘が守っていたのは、王国ではなくマイス様なのですよ」

「はっ? いや、お前は何を言っているのだ……?」

「お父様、よく聞いてくださいませ。この4年間、王国を守護してくださっていたヴァリトラ様は、パラケルススが太古に生み出した伝説のドラゴンではなく、マイス様が生み出した人造魔獣なのです。マイス様こそ、王国を繁栄に導いた立役者なのですわ」

「何を言うかと思えば以前にもそんな話をしておったな、バカバカしい! ヴァリトラ様が5万人のミルディン帝国軍を壊走させたのは記憶に新しかろう? おかげで奴らは我が国への侵攻を断念しておる!」


 お父様はわたくしに厳しい目を向けました。


「落ちこぼれのマイスごときに、あの神にも等しいヴァリトラ様が生み出せるハズがなかろう!? 元婚約者への情から申しておるのだろうがルーシー、今の発言はヴァリトラ様への侮辱であるぞ! それでも、ヴァリトラ様の世話役であるかぁ!」

「やはり、信じてはいただけませんか? 無理もありませんが……」


 わたくしはガックリと肩を落としました。

 この話は、以前にもお父様にしたことがあったのですが、ヴァリトラが超常の存在過ぎて、まるで聞く耳を持ってもらえなかったのです。


 わたくしもマイス様から真実を打ち明けられた時は、耳を疑いましたもの……

 ですが、ティニーはわたくしにとって大事な友達でした。


 もし彼女が生きているなら、再会を喜びたい。

 そう思って3年前、ティニーの大好物のパンケーキを焼いて持って行った時、ヴァリトラが目から涙を流したのを見て確信しました。


 守護竜ヴァリトラの正体は、ティニーなのですわ。

 ああっ、なんということでしょうか。


 わたくしは全身が痺れるほどの衝撃を受けました。


 マイス様は落ちこぼれと蔑まれながらも、懸命に努力して、パラケルススに匹敵する偉業を成し遂げてしまったのです。

 しかも、まだ10代の若さで……


 この国の平和と繁栄は、すべてマイス様のおかげ。

 わたくしは、このすばらしいお方の力になりたいと、強く感じたのです。

 

 マイス様はこれからも前人未到の伝説を作って、錬金術の歴史を塗り替えて行くでしょう。


 パラケルススは晩年、不老不死の秘術を探求するあまり、道を踏み外したと伝えられていますが、強い心を持ったマイス様なら決してそのようなことにはならないと思います。


 マイス様が悲願である【人化の霊薬】を完成させ、ティニーが人間の姿に戻れるようになったのなら、それを証拠として、ヴァリトラの正体を世間に公表しようと決めていました。


 その矢先にこんな事態になるなんて……

 ですが、今なら、今なら、まだ間に合うハズです。


 ティニーが──あの守護竜ヴァリトラがエルファシア王国の敵に回るようなことになると考えただけでも、ゾッとします。

 なにより、マイス様との結婚という本来、訪れる筈だった輝かしい未来を、こんなところで潰させる訳にはまいりませんわ。


 なんとしても、お父様にマイス様の追放と、わたくしとの婚約破棄を撤回させます。

 わたくしは奮起しました。


「ヴァリトラ様は昨日、王都近くを飛んでいらしたとの報告がある。お前の言う通りなら、ヴァリトラ様はマイスを追って辺境に向かったハズ。近くにおられるのは、おかしいではないか?」

「それについては、わたくしが配下の者に調べさせました。氷漬けにされたヴァリトラ教団の者たちが発見されています。その絶大なる魔力の残滓から、ヴァリトラ様の氷の魔法によるものだと判明しました」


 お父様が声を荒上げました。


「なんと! ヴァリトラ様を怒らせるような愚か者がおったのか!? おのれ、許せん! 即刻、その者どもを捕らえよ! 死刑じゃ!」

「お待ち下さい、お父様。どうやら、その者たちはマイス様を襲撃したことで、ヴァリトラ様のお怒りを買ったようなのです。実行犯の教団幹部が錯乱状態で、そのように申しているのを大勢の者が聞いております。ヴァリトラ様自身が、マイス様を傷つける者は地獄に叩き落すと告げたそうです」

「なぬ?」


 これにはお父様も目を瞬きました。


「実はヴァリトラ様の正体は、亡くなったと思われたマイス様の妹ティニーなのです。ティニーは兄を慕って、マイス様のために王国を守っていたのです」


 証拠としてはやや弱いですが、ヴァリトラの正体がティニーである論拠を、わたくしは伝えました。

 お父様は呆気に取られて、数秒、沈黙しました。


「……ルーシーよ。いくら、元婚約者を庇いたいからとて、虚言をろうすなッ! では、その教団幹部を連れて参れ!」

「残念ですが、その者は姿を消しました。間違いなくヴァリトラ教団の……アルフレッド様の仕業ですわ」

「では話にならぬではないか!?」

「いいえ。さらにはヴァリトラ教団の教会が、ゴブリンたちによって放火、倒壊させられたという報告も入っています。その場にいた教主のアルフレッド様は、ゴブリンキングによって成敗されました」

「な、なに? まさかアルフレッドがヴァリトラ様の怒りに触れたとでも言うのか……」


 それまで威勢の良かったお父様は、急に声をすぼめました。

 なにしろ、ヴァリトラの怒りに触れた者は死刑ですからね。


「はい。ゴブリンキングはヴァリトラ様の命令で、教団を潰すべく凶行に及んだと話していたそうです。ヴァリトラ様を怒らせるようなことをした者を、わたくしの婚約者にする訳には、まいりませんよね?」

「むむッ……た、確かにそうだ」


 お父様は考え込みました。

 わたくしとアルフレッドの婚約などというおぞましい事態が進行していたようですが、これでご破産になるでしょう。

 わたくしが愛するのはマイス様、ただお一人です。


「お父様、ヴァリトラ教団は即刻解散させてください。それで多少は、ヴァリトラ様のお怒りも静まると思います」

「わ、わかった……ことは一刻を争うな。さっそくそうしよう」


 わたくしは、ホッと胸を撫で下ろしました。

 では、すぐに次の手を打たねばなりません。


「それでは、お父様。これにて失礼いたします。わたくしはマイス様を追いかけますわ」

「はぁ!? 待て、ルーシー! お前はヴァリトラ様の世話役であろう!? お前がいなくなったら、誰がヴァリトラ様に貢ぎ物を捧げるのだ!? 勝手なことは許さんぞ!」

「ここは、わたくしの生まれ育った国、このまま崩壊していく様を、手をこまねいて見ている訳には参りません。わたくしは王女として、なすべきことをいたしますわ」


 わたくしは振り返って、毅然と告げました。


「断言いたします。今すぐマイス様を連れ戻し、わたくしと再度、婚約していただかない限り、この国はおしまいです。疑いの余地なく100%完全に滅びます」

「お、お前が何を言っているのか。余にはまったくわからん! せめて、事実関係がハッキリするまでここにおらぬか!? そこまで言うなら、お前の言葉が正しいか調査をさせよう!」


 お父様は泡を喰って、わたくしを引き止めようとしました。


「お断りいたします。ヴァリトラ様がこの地から去られた以上、抑制の効かなくなった魔物が王国を攻撃しだすのは時間の問題です。国内が混乱すれば、ミルディン帝国といった敵国にも付け込まれてしまいます。国内の治安維持に軍を総動員してください。それでなんとか時間を……」


 その時、扉が開いて、世界最大級の愚か者が顔を見せました。


「ルーシー王女! 兄貴を連れ戻さないと王国が滅びるとは、どういう了見だ!? ふざけやがって! 俺様はお前の婚約者なんだぞ! 俺様を敬えぇえええ!」

「……わたくしの婚約者にして、この国の頂点に立つにふさわしいお方は、マイス様です! 下がりなさい、愚か者!」


 わたくしは今までの人生で最大の怒声を、アルフレッドに叩きつけました。

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