第5話 リスケは可能ですか?

「邪魔するぜ」


 客は大柄な成人男性だった。

 男の客ってだけでもそこそこ珍しいのに、ガタイまで良いとなるとレア度は一段と上がる。

 この世界の男は基本的に皆なよなよしてるからね。


 肝心なのは男の正体だ。

 なにせ今このカフェは「closed」を掲げている。

 間違えて入ってしまった客でないとするなら、答えは一つ。


「おう、〈真実マコト〉に──〈刹那セツナ〉までいるじゃねぇかよ」


 【救世の契りネガ・メサイア】の構成員だ。

 ユイカさんとクシナをコードネームで呼んだことからも確かだろう。


 さて、ここで問題が出てくる。

 同じ組織に所属しているからと言って、仲間とは限らないということだ。


 そもそも【救世の契りネガ・メサイア】は「弱者救済」という声明を掲げている。

 テロリストが体よく使う常套句だが、前世のそれよりも人員は集まりやすい。


 理由は単純で、天稟ルクスの存在にある。

 天稟ルクスの強弱や代償アンブラの程度によって、社会的に弱い立場が生まれやすいのだ。


『嘘しかつけない』ユイカさんなどはその典型だろう。

 ウチの組織の構成員に、不遇に扱われがちな男が多い要因でもある。


 しかして人の数は集まるのだが、各々が現実に不満を抱いている奴ばかり。

 はっきり言って、治安が悪い。

 悪い奴しかいないわけではないが、悪い奴ばかりなのは間違いない。


 そうなると、悠々と近づいてくるコイツはどうなのかという話になり、


「…………」

「…………」


 同席の二人の顔色はさっそく険しい。

 口が裂けても愛想がいいとは言えない我が幼馴染はともかく。

 身内にはにこやかに接してくれる店主さん──数時間前に知ったばかりだが──までもが微笑みひとつも見せないならば、この男の人柄は明白だ。


「よう、さっき珍しいが来たって聞いたが──ソイツか?」


 男は俺たちの机のそばまで来ると、こちらの空気など知らぬと言わんばかりに喋り始めた。

 話題の矛先はどうやら俺らしい。

 クシナが肩をすくめる。


「さあね、客なんていっぱい来てるでしょ」

「誤魔化すんじゃねえ。ウチの幹部・・・・・のオマエが二年前に所属させたっきり一度も顔見せやがらねえ男だよ」

「…………」

「なァ? ──新入り」


 うわあ、露骨に悪い顔してこっち向くじゃん、この人。

 ……というか、いま正面から顔を合わせて気付いた。


 ──コイツ、『わたゆめ』三巻でウチの推しヒナタちゃんにボコされたマジの敵だ!!


 推しの敵は俺の敵! あんまり他人のこと言えないけどっ!


「ウチの幹部のクシナが二年前に所属させたっきり一度も顔見せやがらねえ男ですけど、そう云う君はどこのどなた?」


 威圧的な視線を真正面から受け止めて言い返す。

 視界の端でユイカさんが意外そうな顔をした。

 普段クシナとこの店に来る時はヘラヘラしているからだろうか。


 面食らったのは大男も同じだったらしい。

 ユイカさんと同じような表情を見せた。


「俺か。俺は〈剛鬼ゴウキ〉だ。よろしくなァ」


 よろしくしねぇよ。


「二年も女の後ろに隠れて出てこねえヤツが、どんな腰抜けかと思えば中々肝が据わってるじゃねェか」


 なんだ、良い奴じゃないか。 


「──で? なんでそんな男が、女なんかの下に付いてんだ?」


 やっぱ敵じゃねぇか、騙しやがって。


「〈刹那セツナ〉が連れてきたらしいが関係ねぇ。オレの配下になれよ」

「配下?」

「ああ、女ごときの力なんざ要らねえ。男だけのチームだ」


 コイツはいちいち「女」の後に「なんか」とか「ごとき」とか付けないと気が済まないのか……?

 馬鹿らし……。とっとと断ってお帰り願──、


「馬鹿らし」


 思わず本音を口走ったかと思ったが、その言葉の主は隣のクシナだった。

 さすが幼馴染。以心伝心である。


「あァ? 今なんて言──」

「黙りなさい」


 刹那。

剛鬼ゴウキ〉の眼前にナイフが突きつけられていた。

 俺の隣に座っていたはずのクシナは、いつの間にか巨漢の横に立っている。


 ちら、と机の上を見遣れば、カトラリーからナイフが一つ消えていた。

 立ち上がってからそこに立つまでの一連の動作が全く見えない。あるいは動作自体が省略されたようにも見える。


 超常現象とともに醸し出されるクシナの威圧に、〈剛鬼ゴウキ〉が口をつぐむ。


「今なら見逃してあげるわ。面倒だから」


 ここで引かなければ、直後にどうなるかは彼にも想像できたらしい。


「…………チッ」


 長い沈黙の後、舌打ちとともに一歩下がる。


「まだ早いか。──また来るぜ、新入り」


 そして、捨て台詞とともに店を後にした。

 店内には奴の残していったピリピリした雰囲気が立ち込めている。

 とりあえず、



「──ユイカさんのコードネームって〈真実マコト〉なんですね」

そうだちがうよぉ〜」



「そこじゃないでしょっ!!」


 ほのぼのと二人で会話を始めたのに、横から怒声が割り込んでくる。


「どしたの?」

「呑気なの? 面倒な奴に目をつけられたじゃない。これから気をつけて──」

「クシナが守ってくれるでしょ? いつもありがと」

「……っ、あのねぇ……」

「あ、照れた」

「照れてないっ」

「ユイカさん」

「本当だよ〜」

「嘘じゃないっ!」


 もうっ、とそっぽを向きながら席に戻るクシナ。

 彼女はまるで危機感が足りてない人間を見るような目で俺を見る。


「とにかく、あたしのいない時は注意しなさいってことよ……っ」


 そばにいる時は守ってあげるってことね、と言えば怒られるのは分かっているので。

 俺はすごくにこにこしたまま黙って頷いた。




 ♦︎♢♦︎♢♦︎




「──ああ、そうそう」


 話は終わったとくつろいでいたところ、クシナが思い出したように口を開いた。


「次の作戦、明日だから」

「おっけー……──明日っ!?」

「うん」


 一瞬意味も分からず頷いてしまったが、おかしいだろ。

 軽く肯定するクシナ同様、ユイカさんも呑気に新しいカフェラテを注いでくれている。


「いやスケジュール、タイト過ぎない?」

「普通はね。でも明日じゃないとダメなの。作戦内容は、明日移送される囚人の奪還だから」


 クシナはカフェラテに蜂蜜を入れてかき混ぜながら、片手間に言葉を続けた。


「捕まってる幹部が移送されるから襲撃して奪い返そう、って話よ」

「──え、待って、そもそも幹部捕まってんの?」


 二度目の衝撃を受ける俺。

 対するクシナはイヤそうに眉を顰めた。


「あの馬鹿、よく捕まるのよ……」

「よく捕まんの……?」


 急に重要性が薄れてきた気がする。


「そもそも移送日が明日って決まってるなら、今日襲撃しないほうがよかったんじゃない」

「護送車を襲撃したら、しばらくは近辺施設の警備が強化されちゃうでしょ?」

「逆も同じだろ」

「そっちはいいの」


 結局、近日中に両方を行えば片方の難易度が上がるだけ。

 至極真っ当な意見だったはずなのだが、幹部さんクシナの意見は違うらしい。


「だって──捕まってる馬鹿を解放しちゃえば、確実に逃げられるから」


 彼女は意味深な微笑みを浮かべると、甘いカフェラテを口にした。



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