ex 決意

 ゆっくりと目を開くと、視界には満点の星空が広がっていた。


(……生きてる、のか?)


 星空を視認できているこの状況に困惑するユーリ。

 八尋の攻撃の破壊力はえげつなかった。

 元より意識を保つのがやっとだったあの状況で、絶対に食らってはいけない攻撃だった。

 あの一撃はそういう一撃だった。


(なのに……どうして俺は生きている)


 攻撃を食らう直前、咄嗟にありったけの防衛策をピンポイントで張りめぐらせはした。

 やれるだけの事をやって、殺せるだけ威力を殺した。

 それでも多分避けられるのは即死まで。致命傷は免れない筈だった。

 それだけ志条八尋が泣きそうになりながら放った最後の一撃は、立派な物だった。

 それなのに何故、自分は生きているのか。


「目が覚めたかい?」


 その疑問に答えるように声が掛けられる。


「……なんで俺を助けたんですか、烏丸さん」


 近くでブロック上の結界に腰掛けていたのは烏丸信二だった。

 場所を考えても傷の深さなどを考えても、死に掛けていたユーリを治療したのは烏丸なのだろう。

 それは分かっている。

 だけどこの人は何故自分を助けているのか。


「あなたは今回、中立の立場でいるんじゃなかったんですか?」


 剥き出しの殺意を纏ってユーリの元へ辿り着いた烏丸は最終的に中立の立場に立つと語った。

 故に拘束は外され、烏丸に負わされた怪我も治療された。

 その時の行動はこれから戦いを始めるにあたって、自身が残した影響を無くすという意味で理解できるがこれは分からない。


 これは自身の肩を持つ行為ではないのか。

 その問いに烏丸は答える。


「その通り。僕はキミ達の争いに対し中立の立場を貫き介入しない事を約束した。だからその結果に介入するつもりはないさ。僕はこれから何も見なかった事にする。何も知らないフリをしてあの子達の雇い主でいるつもりだ」


 だけど……と烏丸は言う。


「結果が変わらない程度には良いだろう」


「……」


「僕はね、キミが死ぬのはあまりに理不尽な仕打ちだと思っている。同時に、八尋君本人は殺したと思っていても、事実として人殺しにはしたくない」


「……そうですか」


 この人も難儀な人だなと思った。

 多分相当に面倒な生き方をしているのだと思う。


 烏丸信二はあの時、魔術を使いユーリの記憶を覗いた。

 結果、ユーリが殺した猟奇殺人鬼のやってきた事を知り、激しく嘔吐した。


 おそらく今まで凄惨な案件に何度も関わってきたであろう烏丸ですら、得た情報に耐えられず嘔吐するような事をあの女はしてきたのだ。

 そして……彼はあの時点で既に考えていた裁判を受けさせるという、彼にとっては弟子を殺害するに等しい行動を正しいと考えた。


 おそらく無罪判決を狙う為というより、被害者感情を考えての判断だったのだろう。

 彼の中の正しさは、レイアを殺害する方へと傾いていた。


 だけど全ての人間がそこまで割りきれる訳ではない。

 少なくとも烏丸信二という男は割りきれない男だった。


 故にどちらの立場にも付かなかった。

 付きべき方と付きたい方の狭間から動けなかった。


 そしてきっとユーリが彼にとって二度と会うことが無い人間だからだろう。

 愚痴を言うように呟く。


「……やっぱり僕は弟子を取るのに向いていない。今回の件で改めて分かった。多分僕はあの子達が不可抗力以外で擁護できない犯罪を犯したとしても、その敵になる事ができない。関係の無い人間には平気で力を振るうのに、身内には露骨な贔屓をしてしまう。それが分かっていたから一人で仕事をしていた筈なのに。僕は強いだけだ……その強い力を振るう資格がない」


「……あなたに資格が無いなら俺にだってありませんよ。俺があなたの立場なら、自分の心情や理念を全部ひっくり返して八尋と徒党を組んでいました。そう考えていると、あなたは自分をうまく抑えられている方です」


「……それを聞いていると、八尋君達の味方に振り切れなかった事への嫌味にも聞こえるよ」


「まあ俺個人の感情で言えば、あなたには八尋達の味方でいて欲しかった」


「……そうなっていると確実にキミの勝ち目は無くなっていた訳だが」


「まあ……そうですね。断言できる。あなたはどこの誰よりも強い。意思決定一つで全ての結果を思うように変えられる程に」


 そしてユーリは一拍空けてから、烏丸に言う。


「あなたの立場上それが難しい事は分かっています。でも……自分なりに抜け道を見付けられた時だけでも良いんです。そんな時だけで良いんで、八尋やレイアさんの味方をしてあげてくれませんか?」


「……」


「あの二人は何も悪くない。それなのにこれからあの二人は別の世界丸々一つと戦わなければならないんです。そんなのあんまりですよ。誰かが味方してあげないとあんまりだ」


「……分かってる。そうでなければキミをこうして治療なんてしていない。自分が動いても良い理由を探して探して、探し続けた結果がこれだ」


「……そうですか。それならほんの少しは安心できる」


 安堵するように息を吐くユーリに、烏丸は問いかける。


「キミはこれからどうする」


「俺ですか? ……元の世界へ帰りますよ。俺は中立の烏丸さんに命を繋いでもらった。なのにこの世界に留まりレイアさんを付け狙ったら、その時のあなたはきっと中立じゃない」


「ああ……だから僕が聞いているのは、帰ったらどうするかだよ」


 帰ったらどうするか。

 八尋とレイアに負けた今、その事を真剣に考えなければならなくなった。

 だが答え自体を導き出すのは簡単で、障害としてはそれを実行するのに少し勇気がいるだけ。

 そしてそんなのは、数秒で決めた。

 此処での戦いに負けても、まだ全てが終わった訳ではない。


「抗えるだけ、抗ってみようと思います」


 勝てる見込みを少しでも上げる為にレイアの身柄が必要だった。

 だけど彼女を連れて帰れなくなった以上……それ抜きで事を進めるしかない。

 やれるだけ、頑張ってみるしかない。


「……大丈夫か? それはきっと茨道なんてものじゃないよ」


「大丈夫です。俺にはもう両親も親戚も仲間も友人もいないんで。迷惑かける相手なんていませんから」


「……そんな事を聞いているんじゃないんだけどね」


 烏丸は深いため息を吐いてから言う。


「……キミは凄いよ。本物だ。敵ながらそう思うよ」


「敵……ですか。そう言ってくれると安心です。後の事、頼みます」


 そう言って。こちらの事は烏丸に託して。

 それから思考の海へと沈んでいく。


 勝つ為に。


 世界最悪の殺人鬼が最後に残していった理不尽に抗う為に。

 無能な自分にできる事を、探して掴む為に。


(……負けてたまるか)


 あの女が高笑いしそうな結末にだけは、絶対にさせない。

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