ex 彼を人殺しにさせない為に

「……頼む……だつなよ……頼むから……ッ」


 殴り合い、蹴り合いのインファイトに時折魔術による攻撃を混ぜる泥仕合。

 その中でダウンを取ったのはユーリだった。

 お互いボロボロになりながら、最後に立っていたのはユーリだった。


(……頼む)


 立たなければ、戦いはこれで終わりだ。

 終わりにできる。

 そしたらレイアを最低限治療して、申し訳ないが拘束させもらって……それで終わりだ。


「…………よし」


 霞む視界の先で、レイアが起き上がってくる様子は無い。

 どうやらなんとか……最後に放った一撃で意識を落とせたらしい。


「……」


 苦しい戦いだった。


 殺すつもりで掛かってくる相手に対し、殺さないように戦うという事が難しくもあった。

 だけどそれ以上に……磨き上げられた一つ一つの攻撃に、この期に及んで迷いや躊躇いのような物を感じられたからだ。

 人を殺害てきるだけの力を人相手に振るう事に、生理的な嫌悪を常に示していたからだ。

 一撃一撃のその全てに、常にそんな意思が纏わりついていたからだ。


 ……とても戦いにくかった。なんでこんな奴を殴らないといけないんだろうと思った。

 とにかく本当に、レイアという少女は悪人でも殺せない不殺のヒーローとして本物だったのだと思う。


 八尋が自慢げに、自分の事のように嬉しそうに語っていた事は、本当だったのだろうと思う。


「……だからこそ、負けられないんだ」


 そんなヒーローが無実の罪で断罪などされて良い訳がないから。


「……急ごう。早く拘束して治療しねえと」


 致命傷は与えていない筈だが、それでも女の子が負っていいような怪我の範疇は越えていると思う。

 その状態で放置なんてしたら……八尋に合わせる顔が無い。

 そんな物は残念ながらとっくの昔に無いのは自覚しているのだけれど。

 と、そんな事を呟いてから、片足を引きずりながら移動を始めた、次の瞬間だった。


「……ッ!?」


 何かが暴速でレイアの居る地点へ突っ込んでいった。

 そして次の瞬間にはレイアの姿がそこから消えている。

 誰もいなくなっている。


「……一体何が……」


「こっちだユーリ」


 声がした方に反射的に視線を向ける。

 するとそこでは、声の主がレイアを抱えて立っていた。


「や……ひろ?」


 志条八尋がレイアを抱えて立っていた。


(ちょっと待て……どういう事だ……なんで八尋が動けている)


 魔具により進められた怪我の治療は最低限の応急処置まで。

 そこから先のユーリの治療魔術は、まともな効果が現れる程行えていない。

 そもそも……八尋にどうして今のような動きができる。


(……放たれかけたあの時の一撃を移動用に転用したか?)


 そう考えたが、別の可能性が浮かんできてそれを否定した。

 もっと別に、色々な事に説明が付く可能性がある。

 その可能性を頭に入れた上で八尋を注視し……そして確信する。


「……デモンスペルか」


 デモンスペル。

 人間が悪魔と魔術的な契約を結ぶ事により手の甲に刻まれる紋章。

 それが刻まれた者は契約した悪魔から力が供給される。

 分かりやすい例としては身体能力の強化と、魔力に反応しての治癒能力を得る。

 そして志条八尋はおそらく魔力を異常生成する特異体質だ。外部から強い魔力を浴びるなんて事とは比べ物にならない。

 おそらく負った傷が即再生する程に治癒能力が高まっている。


 だから視界の先に立っている。

 本来であればそうした契約を結ぶために、必要なコストを支払わなければならない。


 例えば多くの人間の血液。

 例えば特殊な人間の血液。

 そうした殺人に手を染めなければ用意できないようなコストを支払わなければならない。

 だけど、力を与える側の意思で渡したのだとすれば、話は別だろう。


(……きっと、助けて欲しかったんだろうな。おそらく無意識に、そう思ったんだ)


 自発的に行う事ができるなら、八尋が大怪我を負っていた時点で。

 否、この場に来る前からその力を八尋へと渡していただろう。

 それをしなかったという事は……きっと、そういう事だ。


 潜在意識の中で、他ならぬ志条八尋に助けて欲しいと思った。

 だから彼女を守るヒーローが現れた。

 具体的な詳細は分からないが、結局はそういう話だ。


 そしてそのヒーローをこれから自分は倒さなければならない。

 ……この、気を抜けば意識が飛んでいきそうな体で。


(……どうする)


 こちらは殆どまともに動けないのに対して、八尋は様々な世界全体で見てもトップクラスと言っても過言ではない程の力を手に入れた。

 ましてや治癒能力に至っては同等クラスの力がどの世界にも存在しないであろう程に高い水準になっている。


 故に本来であれば全快の状態で戦わなければならない相手だ。

 全快であっても勝てるかどうか分からない相手だ。

 ……その相手に、この怪我で。


 そうユーリが考えている間に、八尋はレイアをそっと地面に寝かせる。

 そして呼吸を整えるように間を空けてから、改めてこちらに向き直った。


「……ッ!?」


 その姿を見て、目を見開いた。


「八尋……お前、なんで……」


「……ああ、これの事か」


 八尋は刻印が消えた手の甲に視線を落とす。

 そう、刻印が消えている。

 宿っていた筈の力が消えている。


(レイアさんはまだ気を失っている。つまり八尋の意思で……なんで……)


 その疑問に答えるように八尋は言う。


「多分さっきのはレイアの力なんだろ。詳細は全く分かんねえけど、それは何となく分かるんだ……だったら、それは駄目だろ」


 レイアに背を向け、一歩一歩とユーリとの距離を詰めながら八尋は言う。


「さっきお前は言ってくれたよな。レイアは誰も殺していないって。だったらレイアを人殺しに関与させる訳にはいかない……相手がお前みたいな良い奴なら尚更だ。この尊厳は……それだけはレイアに踏み躙らせたくない。それでレイアの身を危険に晒す事になっても……それでも、この我儘だけは。せめてそれ位は通したい。まあ此処に立てているのがそもそもレイアのおかげなんだろうけどさ……その位は許してくれよな」


 そう言って八尋は構えを取る。


「とにかく……そういうのは全部、俺が背負うよ」


 それを聞いていて、駄目だと思った。


「……それが言える奴を」


 それだけは本当に駄目だと、そう思った。


「それが言える奴を人殺しになんてさせてたまるかァッ!」


 その感情が全身から力を引き出させた。

 志条八尋にだけは殺される訳にはいかない。

 自分の後から来るであろう誰かも殺させる訳には行かない。

 この戦いには、必ず勝たなければならない。


 その思いで、足を引きずりながら……強く一歩前へ出た。

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