ex レイアという少女について

 同時刻、烏丸信二の私室にて。


「……多分ばれてるだろうな。隠し事をしているって事は」


 ソファに腰を沈めながら、烏丸は自分の弟子になった少女について思考を巡らせる。


 八尋の怪我を完治させた後、彼の自宅で現場検証を行った訳だが、世界最強の魔術師、烏丸信二の力を持ってしてもロクな情報は得られなかった。

 だけど得た情報は決してゼロではない。寧ろある程度の仮説を立てる所までは成功した。

 ……とても真正面から口にできる仮説ではなかったが。


 考えながらスマホをタップして、業務終了後実家へ帰った篠原へ通話を掛ける。

 自分の考えを纏める為にも、同じ答えに辿り着いている可能性のある篠原に対して口封じをする為にも、このタイミングで一度連絡は取っておいた方がいい。

 そして数コール後、篠原が通話に応じる。


『は、はい篠原です。どうしましたか? 急用なら一旦事務所に戻りますが』


 今日半日共に過ごした事もあり、危害を加えるつもりが無い事を察したのか、憔悴していた心身がある程度回復したのか。今朝と比べれば比較的流暢な喋りを見せるようになった。

 そんな篠原に言う。


「いや、別にいい。ただちょっとキミに聞いておきたい事があってね」


『私に聞きたい事……ですか』


「単刀直入に聞くけど、篠原はレイアちゃんの事をどう思う」


『えーっと、確かに優しくて良い子だなって思いますけど、私男の人が好きなので』


「なんでいきなり僕がそんな話をすると思うんだ……キミ結構馬鹿だろ」


『昔からよく友達に心配されてます』


「よくそれで今までやってこれたな……とにかくそういう事じゃない。僕が聞きたいのは、何かに巻き込まれている記憶喪失の被害者のレイアちゃんに対するキミの見解だよ」


『ああ、そっちですか。なら最初からそう言ってください』


 流暢どころか滅茶苦茶フランクな感じでそう言ってくる篠原。

 おそらくこれが素なのだろう。

 それがわからなくなる程に憔悴していた訳だ。

 まあそうでなければフリーランスで自分達のような仕事などできないとは思うので納得ではあるかと、そう考えた所で篠原は言う。


『今改めてそう聞いてくるという事は、何も分からなかったという事は嘘という事ですね?』


「そういうキミの方は?」


『ええ、まあ……だから不思議だったんです。私でも分かる事があったのに、烏丸さんともあろう方が何も分からなかったなんておかしいって』


「なるほど。これはキミに釘を刺そうと思って正解だった訳だ。まあ今の今まであの二人に何も言っていない時点で野暮な話なのかもしれないけど」


『結構馬鹿げた話ですし、言えば傷つけかねない話ですからね』


「それを僕に聞かせてくれるかい?」


『ええ、断る理由もありませんし、多分烏丸さんも同じ答えに辿り着いていると思いますから』


 そして篠原は言う。


『レイアさんはもしかしたらこの世界の人間ではないのかもしれない。それどころか……人間ですらないのかもしれない』


「……なるほど。僕が立てたものとまるっきり同じ仮説だね」


 できれば一致してほしくなかったので溜め息が出る。


『あの場で烏丸さんはレイアさんがどこから飛んできたのかを調べようとしてましたね。だけどその反応は部屋の中の何も無い空間で途切れていた』


「そうだね。あそこまでの距離で切られているとなると、その反応を切ったのはレイアちゃん本人かその場に居た第三者という事になるけれど、後者なら敵にしろ味方にしろレイアちゃんを放置している事に大きな違和感が残る。前者も同じだろう。八尋君の話を聞く限りだとそんな事ができるような状況でもなさそうな訳で、そもそもメリットがない」


 そうなると導き出される一つの可能性。


「つまりレイアちゃんは僕達が観測できない地点から飛んできた可能性がある」


『例えば別の世界……って事ですよね』


「そう、別の世界。常識的に考えると妄言のような話に聞こえるけれど、少なくとも僕達はそういう世界があるという事を知っている。つい先日まで僕達が戦ってきた相手というのはそういう世界絡みの連中だろう?」


『……ですね』


 一拍空けてから篠原は言う。


『彼らが使ったのは異世界から悪魔の力をその身に下ろす術式ですから』


「そう。彼らと対峙し僕達は異世界と悪魔というファンタジックで非現実的な物が現実として存在する事を知った訳だ」


『それに……レイアさんの着ていた衣服』


「良い着眼点だ。あの子の着ていた季節外れの防寒着……その内側には見た事が無い言語が記載されていた」


 表ならデザインとしてアリだとは思うが、裏面、洗濯方法や生産地などが書いてあるタグの部分。そこに記載されていたのはこの世界のどこの言語でもない謎の文字。そんなところにデザイン性など基本は持ち込まないだろう。


「これだけでもレイアちゃんが別の世界から来たなんて滅茶苦茶な可能性が浮上する訳だけど……本題はこれから」


 烏丸は先日の大阪での戦闘を思い返しながら言う。


「特異体質で済ませていた彼女の治癒能力は、連中の力と酷似している」


 烏丸が戦っていた魔術結社の連中の力。

 親玉となるリーダー格の男に強い力が宿り、そこから力が供給されるように周囲の部下の手にはそれらしい刻印が刻まれる、デモンスペルと呼ばれていた力。


 その攻撃性はともかくとして、着目したいのは治癒能力。


 烏丸が魔術により敵の一人を屠った瞬間、肉体が破壊されると同時に一瞬、烏丸の魔術の魔力に反応するように微かに肉体が治癒されたのを烏丸は見逃さなかった。

 僅かな魔力で僅かな治癒。

 そのスケールを大きくした現象が、レイアと八尋に起きた現象だ。

 そして彼女が同じ術式を使い、悪魔の力をその身に宿しているとは考えにくい。

 ……だとすれば。


「あの子は……異世界の悪魔そのものなのかもしれない」


『一見人にしか見えませんけど……そうですね。異世界の悪魔の風貌が人とは違うって決まった訳じゃないですし』


 そこまで言って、篠崎は烏丸に問いかける。


『それで、どうするつもりなんですか?』


「どうとは?」


『私はこの仮説すら本人には伝えるべきではないと思って黙ってました。あなたもその筈だと思いますけど……仮にこの仮説が立証できた場合、あなたはあの子をどうするつもりですか』


「どうもしないさ。イメージ的に悪魔と聞くとあまりよくない印象があるけれど、あくまでそれは僕達の世界の文化に触れて根付いた印象でしかない。全く違う世界の知らない何かに対してそういう固定概念をぶつけるべきじゃない。大事なのはレイアちゃん個人の話だ。キミはあの子を良い子だと思い、こういう仮説を告げるのを躊躇した。ボクもそれは変わらない。つまりはそういう事だ。人種と同じ。大事なのはその一個人がどういう人間かだよ」


『……そうですか』


 篠崎は安心したように息を吐く。


「なんだ、僕が場合によってはあの子を殺すかもしれないとでも思ったかい?」


『思いますよ。あなたは烏丸信二なんですから』


「……」


『あの子達は敵である私の命を奪っていないか心配するような子達でした。だけどあなたはそういう人じゃない。そうする事が正しいと思えばあなたは手を下す。そうですよね?』


「……まあ、そうだね。否定しないよ」


 烏丸信二は常に自身が正しいと思った事をやるという事を、仕事をする上での心情としている。だからそうする事が正しいと思えば、烏丸信二はレイアに手を下すだろう。

 それは否定しない。否定できない。


「だけどそうはならなかった。きっとこれからもそれはない。この話はこれで終わりだ」


『……すみません、出過ぎた事を聞いて』


「いいよ。午前中みたいに馬鹿みたいに怯えられ続けるよりはこの方がやりやすい。これから一緒に仕事をしていくんだからさ」


『本当に従業員みたいですね。私はいいように使われる雑用じゃないんですか?』


「場のノリってのがあるだろ? 奴隷みたいに人をこき使うのが正しいことだとは思わないからね。勿論壊した事務所の修繕費は稼いで貰うけど、そんなのは僕らの仕事ならすぐに稼ぎ終る。それより……一時的にでもキミにはあの子達のサポートをさせた方が良いと思ってね。二人が許しているとはいえ、キミには贖罪の意思がある筈だから」


『そんな事を……ありがとうございます』


「だから満足のいくところで辞めてもらって良いよ。キミがずっと僕らと働きたいって思うようになるなら別だけど」


『前向きに検討します』


「早いな。まだなんの仕事も振ってないのに」


 暗くあまり考えたくない話から、そうした比較的明るい話へと自然に切り替わり、情報の擦り合わせや釘を刺すという目的も終えた今、篠崎の時間を奪うのは悪い気がした。

 色々と歪な経緯ではあるが折角里帰りをしているのだから、自分なんかよりも他にもっと時間を割くべき相手がいる筈だ。


『──それでは。明日からよろしくお願いします、烏丸さん』


 だからそれからほんの少しだけ雑談を交わした後、篠崎との通話を終える。


「……明日からよろしく、か」


 そう呟いて、少し考える。

 二年前、八尋を保護目的で事務所へ迎え入れた。

 これまで極力同業者と関わる事すら避けてきたのに、それまで一人だった事務所が二人になった。

 そして八尋の時とは違い、もはや躊躇うこと無く新たな弟子を取り、さらに篠崎という同業者までも迎え入れた。


 意図的に一人でいた筈なのに。仲間と呼べるような相手を作らないようにしてきたのに、気が付けば四人だ。

 こうした縁は、いずれ八尋やレイアが独立したり篠崎がフリーランスに戻ったりした後も続いていくだろう。

 そうした縁はとても素晴らしい物だと思う。


 だけど烏丸信二にとってそれは足枷だ。


 この先も自分達は1か0で割り切れないような一件に何度もぶつかるだろう。

 その問題に対して導き出す答えはケースバイケースで様々だ。

 致命的に相容れない事だって起こりうる……そうなった時。

 果たして烏丸信二は、自分の周囲の人間に力を振るう事ができるのだろうか?

 今まで自分の倫理観で判断して道を踏み外したと思った同業者を薙ぎ倒しながら歩んできた。

 今更そんな自分は曲げられない。


「……頼むから、曲げさせないでくれよ」


 そう願いながら、マイナス的な思考を振り払ったのだった。

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