第二章

未知の魔物と魔法解明

第23話 神はそれを望まれた。精霊はそうあるべきと定めた。

 魔法祭が終わり、冬休みに突入した。


 私は、ようやく本来の目的に取り組める時間を確保できた。

 爵位を得た事で、ようやく医学系の論文の閲覧が可能になったのだ。


 図書館の司書に複製を頼み、貰った資料を抱えて家に持ち帰る。

 長作業になる事を見据えて支度を整えた。


 人体の構造は、かなり複雑だ。

 骨、筋肉、筋、血管から神経。

 前世の記憶でも、その辺の記憶はかなり曖昧だ。

 専門的に習っているわけでもなかったし、基本的な事しか知らない。

 論文を読む間、威力を調整した『雷』で、足の筋肉に刺激を与える。


 前世でコールセンターの仕事をしていた時、ダイエットや美容目的でEMS機器を使った商品を販売していた。

 いわゆる筋肉ベルトというもの。


 筋肉は電気信号によって動く。

 外部から刺激を与える事で、筋肉を動かす事が出来るのだ。

 脳や神経を経由しない事により、両足の感覚がない私でも、擬似的な筋トレができるという寸法だ。



「……ん?」



 論文を読んでいた目を止める。



『「慈雨」を増血剤として使用する事で、より高い効果が得られる』


『「慈雨」を内服する事で免疫が活性化する』



 フィラウディア王家の魔法、聖女の奇跡。

 魔術の分野では評価されなかった治癒系の魔法が、医学の論文になると必ず登場する。

 万能薬のようにポンポンと、惜しみもなく。

 論文の謝辞では、その当時の聖女や神殿への感謝が綴られていた。


 魔術は、場面に合わせて使う術式を変化する。

 だが、この『慈雨』に関しては、実験の際に必ず使われるのだ。


 効果のなかった場合、論文はこう結論付けている。



『神はそれを望まれた。精霊はそうあるべきと定めた』



 つまり、『慈雨』を使っても治らないなら、それはもうどうしようもないと言っているのだ。

 試験での実演の時から、薄々と予感はあった。

 事故に遭ってから、もう何年も過ぎている。

 果たして魔法でどうにかなるのか。


 答えは、『ノー』だった。


 ……心のどこかで期待していた。

 魔術よりも上に位置付けられている魔法なら、細かい理屈でこねくりまわす魔術よりもドカンと一発で足を治せるかも。

 そんな脆く淡い期待を、勝手に抱いていた。


 頭を掻き毟る。

 色の抜けた若白髪がぐしゃぐしゃに乱れる。



「どうすればいいんだよ、こんなの……」



 移動手段の代替は、すぐに思いつけた。

 成功まで漕ぎ着けるのは大変だったけれど、大まかな道筋は見えていた。


 麻痺した両足を動かす。

 簡単な道のりではないと思っていたけれど、まさか早々に絶望を突きつけられるとは思わなかった。


 足を殴ってみる。

 どすんという音はしたが、骨や筋肉に伝わったはずの衝撃は感じない。


 筋肉は魔術で強制的に動かせる。

 でも、感覚がなければバランスを取れない。

 土を踏み締める感触がなければ一歩を踏み出せない。


 私は歩きたい。

 太陽の下を、友だちと一緒に。

 段差を見かけるたびに車輪を変形させたり、周囲からの奇異な視線を浴びたりする事なく、自分の意思で自分の足を動かしたい。


 冬休みの間に打開策が見つけられるのか。

 何をどうしたらいいのかも分からず、途方に暮れながら、私はひたすら論文に目を通し続けた。



 一晩ほど泣き続け、枕をしっとりと濡らした。

 次の日、腫れた目を冷やしながら朝食を用意する。


 人間とは不思議なもので、一晩ほど寝ると気持ちの整理がつくらしい。

 改めて論文の内容を反芻しながら、カリカリに焼き上げたトーストを頬張る。



「おいひい」



 食欲を満たすと、沈んだ気持ちが持ち上がった。

 前世から落ち込みやすい性格ではあったので、どうやって気分を持ち直すかはよく知ってる。


 『魔法』では治せない。

 既存の治療法ではどうしようもできない。

 それはよく分かった。


 なら、疑うまで。

 本当に魔法で治せないのか。

 そもそも魔法とはなんなのか。


 私自身が納得して諦められるようになるまで、徹底的に調べ尽くす。

 魔術と同じ事だ。

 調べて、考えて、実際に使えるようになるまで、何度でも。


 私は新たな目標を定めた。

 魔法を解明する。

 魔術の時よりも、様々な困難が待ち受けるだろう。

 それでも、私は歩きたいのだ。




 ところで。

 さっきから人の家のドアノッカーを勢いよく叩いているのはどこの誰だろうか。

 朝っぱらから騒がしい事この上ない。

 時計を見れば、まだ六時にもなっていないというのに、非常識な人もいたものである。



「はいはい、どちら様……?」



 扉を開けるが、誰も立っていない。

 タチの悪い悪戯か、強盗の類か。

 警戒しながら周囲を探るが、往来を歩く通行人の他にそれらしき人物はいない。


 半開きの郵便ポストを確認してみると、一通の手紙が入っていた。



「王家の封蝋?」



 王家の紋章が使われた封蝋は、公的な文書である事を示す一つの証。

 私が「女爵位」を授かった時と同じものが使われている。

 急いで封を開き、中身を確認する。



「討伐部隊への要請……?」



 あまりにも急すぎる命令書。

 なんでも、二日ほど前にフィラウディア王国の南方で千体ほどの魔物の群れを確認したらしい。

 緊急招集として、女爵位、男爵位、子爵位に至る貴族による討伐隊が編成される事になり、私もその対象となったようだ。


 南方には、私の両親が暮らす街がある。

 足の動かない私を支えて、夢を応援してくれた家族三人がいる。

 それに、どうやら私はフィラウディア王国の姫、聖女フィオナの指揮下に配属されるようだ。

 望みは薄いが、魔法を近くで観察できるかもしれない。

 この招集を断る理由はない。


 学園の制服に着替え、勲章を胸につけた私は、必要な荷物を纏めて家を出た。

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