第12話 魔導工学派の代表ジェニス・デイビット

 私の予想通り、初回の授業では大まかな流れや学問の歴史や学問の意義に触れる内容だった。


 授業の終わりを知らせる鐘が鳴ると、大講義室からぞろぞろと生徒たちが立ち去っていく。

 荷物を纏めていると、隣に座っていたミーシャが息を吐いた。



「初めての授業、とても緊張しましたわ」



 顔にはほんの少しの疲労が見える。

 授業中も真剣に講師の話に耳を傾け、ノートを取っていたので、その分の疲労が蓄積したのだろう。



「ミーシャは家庭教師で授業を受けてきたんでしょ。そんなに緊張する必要はないんじゃない?」


「家庭教師は、わからない所があればすぐに聞けますわ。ですが、授業は一度限り。アタシの都合で進行を止めるわけにもいきませんもの。聞き漏らしがないように気を張らなくてはいけませんわ」


「まあ、その気持ちは分かる」



 授業中の質問は、授業の進行を一時的に止めてしまう。

 従って、授業後に質問するしかないのだが、長蛇の列が出来ている為、何人かの生徒は友人に質問している。

 異世界でも、生徒の抱える悩み事はさほど変わらないのだとしみじみ実感した。



「それに、『貴族』クラスは期末考査の結果が張り出されますもの。モンテスギューの品格を落とさないように心掛けなくては」



 この類の悩みは、私には分からない。

 貴族としての心構えを幼い頃から教え込まれた令息や令嬢だけが分かる苦しみなのだろう。



「派閥との会合もありますから、自由に使える時間は限られていますわ。授業で手を抜く理由はありませんの」


「派閥?」


「ええ。先輩から伺った話なのですけど、この貴族学園には三つの派閥……主に魔術に関する考えの違いがあるようですわ」



 ミーシャの話を要約すると、


 『魔法主義』は貴族に多く、排他的雰囲気があり、取り巻きの平民も所属しているが数は少なく、発言権もないらしい。

 『魔術学』は身分を問わず多くの生徒が所属し、魔術に関する勉強会などを有志で開催しているらしい。

 『魔導工学』はよく知らないが、あまり良い噂を聞かない。


 これらの派閥によって、貴族学園の生徒たちは別れている。

 所属すると、派閥からの庇護が貰えるが、他の派閥から睨まれる事もある。



「ミーシャは『魔法主義』なのか」


「ええ。父上からの命令でしたし、これから貴族として生きていくなら派閥に所属する必要がありますの。リルは、どの派閥から勧誘を受けましたか?」


「いや、そういう派閥からの勧誘は来てないね」


「まあ。ですが、ベルモンド教授は『魔術学』ですから、いずれ教授から勧誘を受けるかもしれませんわね」



 派閥かあ。

 職場でもそういうのはあったけど、こうもあからさまなのに直面するのは初めてだ。

 おまけに、教師陣も派閥に関与し、卒業後にまで影響を及ぼすとは、厄介な気配がしてきた。



「まあ、まず庶民だし魔法がないから『魔法主義』からの誘いはないんじゃないかな」


「……ええ、同じ派閥だと会える時間が増えて嬉しいのですが、あまりリルにはオススメできませんわ。ギスギスしていますもの」



 ミーシャが苦虫を噛み潰した様子で頷く。

 いつも和気藹々と笑みを浮かべ、私を誘う彼女が派閥に誘わない時点でなんとなく察していた。



「それで、『魔導工学』は何をするの?」


「噂によると、爆発こそが奇跡と叫びながら『火球』を所構わず使うそうですわ」


「な、なるほど……?」



 想像の斜め上を行く『魔導工学』の噂話に曖昧な相槌しか打てなかった。

 狂人の集まりとしか思えなかったが、『火球』を何度も使うという話は私の関心を大いに惹きつけた。



「まあ、いずれにせよ、派閥の人と深く関わる時は気をつけてくださいませ」


「分かった。最新の注意を払うよ」



 ミーシャの警告を胸に刻み付け、次の授業に向かう。

 その道の途中。



「リル、あの男性はあなたの知り合いですの?」


「いや。全くの他人だ。ここ最近、何故かこっちをじっと見てくるんだ」



 ミーシャが睨みつける視線の先。

 黒のマッシュルームヘアーの少年が、重たい前髪に隠れた丸渕メガネを煌めかせ、こちらを凝視している。


 氷の車椅子、若白髪の幼女と、自分の外見が珍しいから視線や注目を浴びるのには慣れているが、彼のそれはかなり熱烈。

 授業中は感じないが、長い休み時間や、同じ講義だと視線を向けられている。

 ……もしかして、あの少年は、いわゆるロリコンなのでは。


 そんな疑惑を抱いてしまうほどに、じっと見つめてくる。

 話しかけず、一定の距離を保つ。

 こちらから話しかけようとしても、脱兎の如く離れるのだ。



「変態……?」


「まあ、なるべく人気のない道を使わないように気をつけるよ」


「リル、身の危険を感じたら遠慮なくやっちゃってくださいな。この世であなたが何よりも大切なのですからね」



 ミーシャの過保護で物騒な発言を苦笑いで受け流す。

 あの黒キノコくんが危害を加えて来ない限り、こちらからアクションを起こす予定はない。

 下手に突いて藪蛇を招くより、いずれ飽きて去ってくれる日が来るのを待つ方が堅実だからだ。




 次の講義があるミーシャと別れ、図書館へ向かう。

 『火球』に関する論文は多く、一度や二度では把握しきれない。



「……」



 じっ、と視線を感じる。

 図書館の中に設けられた閲覧スペースの端で、やはり彼は無言で私を見つめている。


 服装からして、貴族の末端にいるようだが、ミーシャのように使用人や侍女を側に控えさせていない。

 常に一人、ほとんどの時間を学園で過ごし、私を見つけると追いかける。

 逆に、彼を避けようと思えば、可能なのだ。

 こちらが全力で逃げると追いかけて来ないし、トイレに立ち寄れば姿を消す。

 不気味といえば不気味である。


 ただ、私はなんとなく彼の正体を掴みつつあった。


 一定の距離を保つ彼であるが、『火球』に関する論文を閲覧していたり、図書館内にいると距離を縮めてくるのだ。

 恐らく、ミーシャの語っていた『魔導工学』の一人なのだろう。


 話しかけてくるのを待っていたが、かれこれ数時間近く私の近くをうろうろとし、じっと見つめてくるだけ。

 他の生徒たちから訝しげに視線を向けられている事に気がついている様子もない。

 あまりにも挙動不審かつ哀れみを誘う姿に、私は折れた。



「あなた、もしかしてジェニス・デイビットでしょうか」


「んぴゃおあっ!?」



 謎の悲鳴をあげた黒キノコくん。

 もとい、『魔導工学』の代表、三年生のデイビット。



「ななななななななななな、なんで、ぼ、僕のっ!?」



 予想の五倍ほど声がデカい。

 このまま閲覧室で話していては、他の人に迷惑をかけてしまいそうだ。



「落ち着いてください。ひとまず、休憩室に移動しませんか」



 デイビット先輩は壊れたクルミ割り人形のように首を激しく上下に動かした。

 多少の大声を上げても問題のない場所に移動した私は、ようやく平常心を取り戻したデイビット先輩に向き直る。



「五日前、私が借りようとしていた過去の論文を借りている人がいると司書に教えてもらった時に先輩の名前を知りました。その時から視線を感じていたので、私に何か用があるのかと思っていたのですが、なかなか切り出さなかったので気になっていたんです」


「うお……バレてた……」



 バレないと思ってたのか。

 世界が違えば不審者として通報されてたぞ。



「し、仕方ない。いかにも、僕が『魔導工学』の代表を務めるジェニス・デイビットだ。爆発の真髄を世間に広く知らしめる為、魔物の脅威から人々を守る為、『火球』の改良に日々努力を重ねている」


「自己紹介ありがとうございます。一年生のリル・リスタです。若輩者ではありますが、『火球』について勉強中の身であります」


「おお、やはり君が噂の新入生……!」



 噂になってたのか、私。

 まあ、どうやら唯一の『特級』クラスらしいし、試験の際にあれだけ目立っていたのだから噂になっていてもおかしくはないか。



「おまけに、『火球』を勉強しているとは! 頼む! 派閥に所属しなくてもいいから、一緒に研究しないか!」


「お役に立てるかどうか分かりませんが、デイビット先輩がいいのなら構いませんよ」


「そこをなんとか!」



 デイビット先輩は土下座した。

 この世界には土下座という慣習はないはずなのだが、何故か彼は地面に額を擦り付けて叫んでいる。

 承諾しているのに、全く通じていない。


 休憩室にいた他の生徒たちがこちらを見てヒソヒソと囁いている。

 私はデイビット先輩に話しかけた事を深く後悔した。



「デイビット先輩」


「お願い! なんでもするからっ!」


「デイビット先輩、顔を上げて私の話を聞いてください」



 額を赤くしたデイビット先輩が顔を上げた。

 ぼさぼさの黒髪マッシュの下で、茶色の瞳が眼鏡の奥で爛々と輝いている。



「私も『火球』の研究をしているんです。役に立てる自信はありませんが、それで良ければお話しでもしましょう」



 デイビット先輩は拳を握り、「やった!」と呟いた。

 変な人に関わってしまったかもしれない。

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