銀灰の魔術師リル・リスタは歩きたい

変態ドラゴン

第一章

動かない足

第1話 「歩けないなら、魔法を使えばいいのに」




 人として、当たり前の事ができない。

 立って、歩いて、誰にも迷惑をかけないで生きる。


 両足を事故で失ってから気がついた。

 普通と当たり前は、恵まれているからこそ並べるのだと。


 誰かに迷惑をかける人生。

 一人ではどこにもいけない。

 数日前までは動いていた足が、鉛のように重く動かない。


 憐れみの言葉は何の役にも立たなかった。

 事故の衝撃で思い出した前世の記憶も、足が動かない現実との差異を突きつけてくるばかりだった。


 ただ漠然と、このまま死んでいくんだろうなという絶望だけが心を支配していた。


 生きているだけで儲けもの?

 他人に寄りかかって顔色を伺って、生きている事を後悔する毎日を過ごす惨めさが分かるものか。








「歩けないなら、魔法を使えばいいのに」



 人生の転機とは、思いがけないタイミングで訪れる。

 前世の記憶を持つ私にとって今がその時だった。



「魔法……?」



 呆気に取られる私に対して、ツインテールの女の子は慌てて口を掌で押さえた。

 彼女にとって、何気ない一言だったのかもしれない。



「まあ、魔法は素質がないと使えないけれど────」


「魔法が、この世界にあるの?」


「あるわよ。十年に一度の魔法祭があるなら見ているはず……あっ、ごめんなさい。あなたは三歳の頃から足が動かせないから祭りも見た事がないのね」



 彼女が指先に火を灯す。

 どんな理屈で人の体から火が出るのかサッパリ分からない。

 それでも、『魔法』というものが存在する世界に生まれたという事実は、私の堰き止めていた時間を破壊した。



「そうか、あるのか、『魔法』が」



 魔法が存在する。

 その新事実がどれほど私に希望を与えたのか、きっと彼女自身も知らないのだろう。



「使うには、何をどうすればいい?」


「ちょっと! 素質がないと使えないって言ったアタシの話、ちゃんと聞いてたの?」


「その素質って、どうやって判別するの?」



 窓に映る私は、前世とは全く違う姿をしていた。

 若白髪ですっかり色味の抜けた髪に、夜のような色をした瞳。

 個々のパーツは、大衆酒場の看板娘だった母に似て整っていると評判だった。


 着替えやすいようにと柄のない単色のワンピースを着せられ、両親が仕事の間は面倒が見れないからと孤児院に預けられる。

 大した刺激もなく、将来に絶望する毎日。

 自分は荷物でしかないのだと、やんわりと自覚するだけの時間を過ごしていた。


 リル・リスタ。

 それが私の名前。

 三歳の誕生日を迎えた日、馬車に轢かれたその時から、私は両足を失った。


 一人では何も出来ない。

 どこに行くにも誰かの補助が必要。

 前世で自立していた私にとって、誰かの補助なくして行動する事もできない状況は、絶望するしかなかった。



「ほ、本当に魔法を使いたいの?」



 孤児院に訪れた、貴族の令嬢ミーシャ。

 足が動かない私の事を気にかけて、慰問の度に本を読み聞かせてきたり、世話を焼いてくる変わり者。

 髪と同じく橙色の瞳で私を覗き込んできた。

 私はベッドから身を乗り出す。



「使いたい。魔法を使えばいいじゃないと言ったのは、ミーシャでしょう。教えてよ」


「本当に使えるかどうか分からないわ。期待に応えられるかどうか────」


「ミーシャ、さっきから煩い。私は素質の判別方法について聞いてるの。さっさと質問に答えて」



 珍しくミーシャが狼狽えた。

 少し距離を詰め過ぎたかもしれないと反省して、ベッドの上で居住まいを直す。



「素質があるかどうかだけでもすぐに知りたいの。これまで散々『希望を持て』と説教してきたミーシャなら、私の気持ちを分かってくれると信じてるよ」



 微笑みを浮かべる。

 モゴモゴと言葉にならない呟きを口の中に転がしたミーシャは、私の顔を見てぐっと押し黙った。



「お父様から鑑定の水晶玉を借りれるかどうか分からないわ。きっとダメだと言うけど、ダメ元で聞いてみるわ。期待はしないでね」


「ありがとう、ミーシャ。君のような友人を持てて私は幸せだよ」



 ああ、楽しみだな。次の慰問までに魔法について調べておくね。

 そう言って微笑む私を、ミーシャは困り果てた顔で見つめていた。

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