第13話 誰もが呪いに(三)

「さて、ロメロ家を縛っていた『呪い』は緩めることが出来たと、私は考えます」

「緩めた? 呪いから解放したのではなく?」


 そうセルールが声を発したのは、改めて妻と息子に向き合うきっかけが出来る。そんな未来図を想像して、心が浮き立ったからなのだろう。

 そういった未来図を想像出来るということは、セルールもまた良き心を持っている証明であるようにも思えた。だが、ニーサはあっさりと首を横に振った。


「皆様方の心を縛っていた『呪い』は簡単に無くなるものではありません。ただ、今は緩んだだけ。それを覚えておかないと、この『呪い』は簡単に復活します。技能で消すことが出来る『呪い』の方がよほど簡単なのです」


 厳しい言葉だった。だがしかし真実でもある。セルール、ペピータ、それにライアンが思い込みだけで行動すれば――再び『呪い』は三人を縛るだろう。

 それをいち早く悟ったペピータの表情が険しくなる。


 ペピータの表情を確認したニーサは、次にメラニーへと視線を動かした。


「……では、ここからは未来のロメロ家についてお話しましょう。ライアン様が縛られている『呪い』はもう一つあるのです」

「…………!」


 メラニーの眉が絶望をたたえた。ライアンもまた、改めて唇をかむ。


「ど、どういうことか?」


 息子の代わり――そんな心境を素直に表に出せることはペピータの変化を示すものではあった。

 だが、今までライアンに対して厳しく接しすぎたことで、息子の事情がわからない。それもまた「呪い」が健在であることを示すものだ。


 セルールはある程度は察することが出来たようだが、それに対処する方法がわからない。だからニーサを止めることも出来ない。

 それは長くダルシアを離れていたカティアも同じ事。ニーサは悠々と話し続けた。


「今からご説明させていただきます、奥様。そもそも、ナッシュ様が『呪い』を受けられたとき、それはどういう状況であったのか。『呪い』から解放されたナッシュ様が旅装姿だったのは何故か? さすがにそれだけでは推測も出来ません。ですが――」


 ニーサがライアンに向き直った。


「『呪い』を受けるときには感情が高ぶっていることが私にはわかっています。それと合わせると、概ねの情景が想像できます」

「もうやめて下さい!」


 メラニーが絶叫した。

 しかしニーサはそれに対して、首を横に振った。


「メラニー様。あなたは今、いやずっと前から自分の判断を恥じておられる。ですが、あなたの判断はと断定させていただきます」

「え……」


 ニーサが首を振ったのは、今抱えてるメラニーの後悔を否定するためだったようだ。メラニーが呆気にとられたように赤い瞳でニーサを見つめ続ける。


「ライアン様。あなたにも『当然』という言葉を贈らせていただきます。ナッシュ様に嫉妬されても、それは当然なのです。人間であれば誰しも」


 ニーサは続いて、ライアンに声を掛けた。


「け、けれど……」

「いいんです。もちろん嫉妬のあまり、誰かしらに危害を向けることは悪いことです。ですがライアン様はそれを避けようとされていました……恐らく。奥様のこだわりがある中で、嫉妬に折り合いをつけるという『当然』を行おうとした――市井の『当然』を選択されたのです。ライアン様はもっと自分に誇りを持たれても良い」


 ニーサの言葉でライアンの両目からは涙が溢れ出す。それはライアンが初めて瞬間なのであるから「当然」だ。

 そんなライアンの様子を見ながら、ニーサは優しく続けた。


「ですから、メラニー様のお言葉も素直に受け入れ下さっても良いんです。メラニー様は確かにナッシュ様にも好意を抱かれておられたのでしょう。ですが、それでライアン様に全く好意を抱かなくなる……そんな事はあり得ないのです」

「だ、だけど僕は……『呪い』を利用したようで……」


 ついにライアンは自分を縛り付けていた、もう一つの「呪い」を口にした。


「それについては、メラニー様も同じ思いを抱かれていたようです。メラニー様もまた自分の選択を卑怯だと感じ、引け目を感じておられた。お二人は、お互いに遠慮なされておられたのです」

「そんな……事が」


 ライアンは涙を流しながら、呆然とした表情を浮かべている。

 一方でメラニーは、顔を覆って嗚咽を漏らすだけ。


「ナッシュ様が『呪い』を受けて、どこかに飛んで行かれた。そしてライアン様も『呪い』を受けて姿が変わってしまった。であるならライアン様の助けになりたいと思うことは『当然』であるし、褒められるべき事でしょう。ここで事態をおかしくしたのは、その選択はメラニー様のご実家パスコリ家の願いに適うものだったということです。先にメラニー様はライアン様の助けになることを選ばれた。ところがこういった家同士の状態が、周囲に順番を誤解させた。メラニー様は家同志の関係を重視してライアン様を選んだのだ、と。その誤解はライアン様も持っておられたと思います。あるいは、そういった順番さえ意識していなかった――そうではありませんか? セルール様」

「う、それは……そうですが……」


 いきなり話を振られたセルールが、呻き声のような言い訳を漏らす。

 ニーサは首を横に振った。


「ですが、それではおかしくなるのです。ナッシュ様が『呪い』を受けられた後、どうしてダルシアに留まっているのか? それはライアン様とメラニー様を気遣っておられているからこそ。『呪い』を受けた直後は、ナッシュ様も混乱されていたのでしょう。ですが、その後にナッシュ様が気遣われたのはお二人がどうなったか? についてです。お二人が無事であるのかを確認したかった。ナッシュ様とはそういった優しい心の持ち主だと聞いております」


 その言葉を後押しするかのように、ライアンとメラニーが熱心に頷いていた。そんな二人の様子を見てニーサは笑みを浮かべる。


「ですが『呪い』を受けたライアン様は『当然』の事ながら屋敷の外には出られない。メラニー様も似たような状況です。だから白い鳥は――ナッシュ様はずっと心配されたまま、人目を避けて夜の間ダルシアの上空をさまようことになった。こういうことです」

「――解呪をお願いします。今度は嘘偽り無く。僕の本心から」


 ライアンがニーサに依頼した。

 それにうなずくことで賛同の意思を示す、セルール、ペピータ、メラニー。


 そして、まるで部外者のようであったカティアは――


(確かにニーサの言うとおり“効率的な”説明だったわね……)


 ――ニーサのように笑顔を貼り付けて、悲しみの眼差しを隠していた。

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