第一章 見習いは化け物に頭を食われる⑨


「なるほど、身体自体が機械だからワームに付け狙われたってわけか」

「はい……隠していてすみませんでした」


 ワームの遺体から少し離れた、オアシスとも呼べないちょっとした木陰で。

 三人はわずかな休息を取る。

 その中で、珍しくアキラが挙手をした。


「オレは彼の〈運び屋スカルぺ〉正式採用に反対です」


 その前のめりな真面目な顔に、ゼータは淡々と対応する。


「その理由を述べよ」

「だってフェイくんが参加する配達は、どんな荷物だろうと否応がなくSランク任務になるわけっすよね? そんなの理不尽じゃないっすか。命がいくつあっても足りないっすよ!」

「まぁ、ごもっともな意見だな」


 ゼータはまるで悩んでいるように顎を撫でながら、フェイに視線を向ける。


「と、いうのが先輩からの意見らしい。それで、お前はどうする? 先輩はお前の・・・の命がいくつあっても足りないと心配してくれてるぞ?」

「なっ⁉」


 突如顔を赤くした年相応に可愛い『センパイ』に、ゼータは薄ら笑みを浮かべつつ。


 ゼータは管理職としてフェイに提案する。


「お前の筆記試験の成績なら、内勤の事務職として雇うことも可能だ。むしろ機械なら計算なども得意だろうし、書類も一度覚えてしまえばミスしないんじゃないのか? そんな人材は正直喉から手が出るほど欲しいが――」

「その命令は承服しかねます」


 フェイは真顔のまま、淡々と拒絶してくる。

 直球すぎる否定に本人もまずいと思ったのだろう。慌てて言葉を並び立ててくるも、やっぱり表情は動かない。


「すみません。でも、おれは〈運び屋スカルぺ〉になりたいんです。もちろん先輩のお心遣いは大変ありがたいのですが、それ以外の任務は受け付けられません」

「……だ、そうだ」


 それをゼータは嘆息ひとつで流して、再びペットボトルの蓋を開けた。


「おいアキラ。〈女王の靴レギーナ・スカルペ〉の従業員募集要項を覚えているか?」

「いきなりっすね」


 やけっぱちか。水をがぶ飲みしたアキラは、腕で雑に口を拭って。視線を斜め上に向ける。


「え~と、たしか『体力と根性に自信があるやつ、仕事に命を賭けられるやつ、口の固いやつ、とにかく金が欲しいやつ』……とかでしたっけ?」

「そうだ! ……俺は断じて“人間であること”という条件を課していない。そもそもエントリーシートでこちらが記載させてないんだ。それを理由に雇用見直しはできないな? 」


 ゼータが横目で見やれば、フェイは無表情ながらにも目を少しだけ見開いていて。……だけどそんなことより、ゼータにはもっと言うべきことがある。


「そんなことより、どうして荷物を手離した? 俺は言ったよな? お前の仕事はこの荷物を死守することだけだと!」

「ですが演算結果では、おれが狙われている以上、あの場合では荷物をあなた方に任せる方が破損確率が少ないと――」

「喧しいわ。俺は・お前が・死守しろ、と言ったんだ。チームにおいて、リーダーの命令は絶対! わかったか⁉」


 横から「でもさっき作戦司令下してたの、オレな気がしますけど?」と歯を見せて笑う部下を、ゼータは飲みかけのペットボトルで軽く小突いて。


 そして再び蓋を開けながら、フェイに尋ねる。


「ところでその頭、どうやって直すんだ?」

「それは現在、自動修復機能が働いているので。このまま言語機能以外の機能を停止させてもらえれば、あと十分くらいで全行程完了します」

「じゃあ、寝ていていいから五分で直せ」

「わかりました」


 そして、フェイは目を閉じる。すると、本当に急に割れた頭がごちゃごちゃと動き出した。奥の方の光が明滅し、パチパチと音がしたり、コードがぎゅんぎゅん伸びたり縮んだり……さすがのゼータも目を逸らす。機械だとわかっていても、なんかグロい。


「さて、この間に」

「……フェイくんの処遇っすか?」


 アキラからの指摘に、ゼータも水を飲みながら答える。


「正式採用かどうかは従来通りだ。二か月間のこいつの働きぶり次第だが――」

「え、まじでこのまま採用続けるつもりなんすか?」

「まぁ、反対する奴も当然いるだろうが……このまま一番隊で面倒みる分には問題ないだろう。一番反対するだろうお前がオーケーだしたんだから」

「オレ立派に反対意見出したつもりなんすけどね~」


 アキラの眉間がこれでもかと皺が寄せられるも、反対の理由が『機械人形オートマトン』の身の安全なんて理由なら反対にもならない。だって当の本人が『それでもなりたい』と言っているのだから。それで死亡したところで、別に弔慰金を払わなくていい社則だ。


「まぁ、そんなことより――」


 ゼータは顎に手をやり考え込む。機械人形オートマトン――それは百年以上前に研究中止された、過去の遺物。それがどうして今になって? 秘密裏にこっそり開発が進んでいたのだとしても、それを公にして良いはずがないだろう。問題点は数多くある。


 ――とりあえず、今解決すべきことは……。


 そう思案に区切りをつけたゼータは、顔を上げた。


機械人形オートマトンって何を食べるんだ? 今日の歓迎会はオイルでも注いでやればいいのだろうか?」

「…………アドゥル副長」


 少し長い沈黙のあと、アキラは真面目な顔で言ってくる。


「めちゃくちゃ可愛いっすね」

「ほっとけ!」


 ゼータは容赦なく、アキラの頭を空になったペットボトルで叩いた。


 ばこんっとした愉快な音が砂漠に響いても。

 目を閉じた機械人形オートマトンの見習いは、もう少しだけ起きそうにない。

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