Season2「The Rebirth Of The Mors」

episode10「The Elegant Intruder」

 かつて、その力で一つの国を破滅へと追いやった魔法遺産オーパーツ……賢者の石。


 三十年前、テイテス王国を崩壊させたその悲劇は赤き崩壊レッドブレイクダウンと呼ばれ、忌まわしき記憶として世界の歴史に刻み込まれた。


 赤き崩壊レッドブレイクダウンからの三十年。ゲルビア帝国は、賢者の石の力を手に入れるため、それを複製しようと試みた。その結果、ゲルビアの研究者であるヴィオラ・クレインはその副産物として霊薬、エリクサーを発見した。


 エリクサーを接種した人間は低確率で異能力と、極めて高い身体能力と生命力を持つ超人――――エリクシアンとなり、たった一人で戦局を覆す程の戦力となる。


 ゲルビア帝国はエリクシアンを量産し、不死身の部隊、イモータル・セブンを結成。瞬く間にアルモニア大陸の大半を侵略していった。


 それだけの力を手にしても尚、ゲルビア帝国は力を求める。


 賢者の石を手中に納めるため、ゲルビア帝国は手がかりを持つと思しきペリドット家を襲撃した。

 ペリドット家の娘、ミラル・ペリドットは襲撃を逃れ、一人のエリクシアンと出会う。


 彼の名はルベル・Cチリー・ガーネット。かつて賢者の石に触れ、赤き崩壊レッドブレイクダウンの引き金となり、エリクシアンとなった少年である。


 二人はヴィオラの娘、ラウラ・クレインと出会い、ミラルの身体の中には賢者の石の魔力を制御するための魔法遺産オーパーツ、聖杯が眠っていることを知った。


 悲劇を二度と繰り返さないため、賢者の石を破壊し、清算しようとするチリー。

 その身に聖杯を宿し、チリーと志を同じくするミラル。

 二人の旅は、やがて赤き石の新たな伝説となる。



***



 アギエナ国王都を出発したミラル、チリー、ラズリルの三人は徒歩で国境の町ヘルテュラシティへ向かっていた。


 いつゲルビア帝国からの襲撃があるかわからないため、三人は馬車での移動は避け、地道に自分達の足で歩いて行く。


 チリーが一人で夜の見張りをしていた頃に比べると、ラズリルがいるおかげで順番に休むことが出来るようになっている。ミラルとラズリルは二人で夜の見張りをしつつ、ラズリルから戦闘の手ほどきを受けていた。


 受けていたのだが……。


「うむ……その……」


 恐らく次の日の夜までにはヘルテュラシティに着くだろう。そんな日の夕方、ラズリルはミラルを見つめて言葉を濁していた。


 草地に野営の拠点を置き、そこでミラルとラズリルは戦闘の訓練を行っている。その訓練の最中、ラズリルはなんとも言えない表情でミラルを見つめていた。


「光るものは……ないではないが……ね」


 ややミラルから目をそらすラズリルに、ミラルはナイフを振っていた手を止める。


「た、例えば……?」


 そして恐る恐る問うと、近くで寝転がっていたチリーが鼻で笑った。


「光ってるのはナイフの刃、以上」

「チリーくん!!」


 容赦なく言い放つチリーを、ラズリルは慌てて制止したがチリーはそのまま言葉を続ける。


「もうやめとけやめとけ。そいつてんでダメだぞ」

「何よ! そんな言い方しなくていいじゃない!」

「やっぱ戦い方より逃げ方を教えた方がいいぜ」


 それなりに真剣な声音で言うチリーに、ラズリルは小さく頷いた。


「一理ある……。ミラルくんにとって大事なのは、敵を倒すことではなく生き延びることだからね」

「そーゆーこった」


 敵を倒せる程の実力というものは、基本的に一朝一夕では身につかない。リスクがある代わりに一朝一夕で強くなれるからこそ、エリクサーには価値があるのだ。


 元々ミラル自身も、身につけるべきなのは技術よりも知恵の方だと割り切ってはいた。しかし一応基礎から学びたい、ということで手ほどきを受けていたのである。


「まあ、戦い方自体は少しずつ頑張ろうぜ。いやなに、ちょっと惜しいだけだよほんと」

「……やめてラズ、気遣いが逆に辛いわ……」


 最初こそラズリルに対して敬語を使っていたミラルだったが、今では愛称で呼ぶくらいには打ち解けている。年代はラズリルの方が上だが、年の近い同性の話し相手がいるというのはミラルが思っていた以上に喜ばしいことだった。


「縛られた時の縄の解き方とか、簡単な鍵の開け方、隠密行動の基礎、後は人体の主な急所とか、こういうのを改めてしっかり覚えていこうじゃないか」


 ミラルは、これらの座学的な部分も道中で少しずつ教わっている。しかし鍵や縄に関しては実践的な訓練も必要なため、習得までまだ時間がかかるだろう。


「勿論基礎体力訓練は続ける前提でね」

「わかったわ! しっかり覚えるから時間が許す限り教えて!」

「まっかせなさ~い! いやあ、頼られるって気持ちいいね~」


 このように教えを請われるのは、ラズリルとしてはやぶさかでない。このまま調子に乗って最後まで旅に付き合ってしまいそうになる。


 とは言え、ラズリルが同行するのは予定上ヘルテュラシティまでだ。


 ミラルとチリーの目的地は、賢者の石と聖杯を管理していたテイテス王国である。赤き崩壊レッドブレイクダウンによって崩壊した後、少しずつだが復興を進めているテイテス王国で、改めて賢者の石と聖杯について調べるのが目的である。


 ミラルの母であるシルフィア・ロザリーナ・テイテスの祖国であり、ミラルが父から預かったブローチが国宝とされているのもテイテス王国だ。生き残りの王族と話が出来れば、何らかの手がかりが得られるかも知れない。


 その中継地点として、国境の町、ヘルテュラシティを目指している。

 アギエナ国の王子であるクリフと、友好的な関係を築いているヴァレンタイン公爵がミラルとチリーの旅を補助してくれる話になっていた。


「出来る限り叩き込んでやるぜ~。ラズリル先生ははちみつのように甘く、パンのような包容力でミラルくんをいい感じにする」

「はい!」


 イマイチ何を言っているかわからないラズリルだったが、ミラルの表情は真剣だ。

 ラズリルの実力を知っている以上、チリーも彼女の教えなら信頼出来ると判断している。チリーからミラルに教えられることは少ないが、ラズリルからならたくさんのことをミラルに教えられるだろう。


「ラズ公、しっかり頼むぜ。そいつ中々どんくせえし方向音痴らしーからな」


 ミラルはやや不可抗力ではあるものの、フェキタスシティに到着してすぐ迷子になった。そして王宮内でも道に迷ったことが原因で青蘭と遭遇することになっている。


 ミラル自身もある程度自覚があったし、話を聞いたチリーにはすぐに方向音痴だろと断言されたのである。


「もー……!」


 腹は立つが言い返せず、ミラルは少しだけ頬をふくらませる。

 しかしいつか必ず、チリーを見返せるようになってやると決意を新たにした。



***



 翌日、一行がヘルテュラシティに到着したのは日が暮れ始めてからだった。


 この時間帯にヴァレンタイン邸を訪問するのは流石に無遠慮だろう。一行は一晩宿で明かすことに決める。


 入り口の城門は、クリフに渡された通行証を見せればすぐに中へ通してもらえた。

 ヘルテュラシティは国境の町だ。西側はゲルビア帝国の領地であるルクリア国と面しており、交流があるためそれが町の発展に繫がっている。ヘルテュラシティから北へ行けば、テイテス王国だ。


 一行は酒場と宿屋を兼任しているグレイフィールド酒場、という場所で宿を取ることに決めた。


「というわけで~~~~! ヘルテュラ到着を祝って、かんぱ~い!」


 非常に高いテンションで、ラズリルはエール(麦芽を原料とした醸造酒)の入ったジョッキを突き出す。ミラルは嬉しそうに、チリーは渋々と言った様子でコップを突き出して三人で乾杯する。


「エールキメるのラズだけ~? みんなも飲もうよ~~」


 ミラルは酒を飲んだことがないため、今回はとりあえずミルクだ。チリーに至ってはただの水である。

 テーブルにはスープやハム、ソーセージなどが並んでいる。道中は携帯食料ばかり食べていたので、香ばしい香りが三人の鼻孔を激しく刺激する。


「酔っ払って襲撃に対応しそびれたらどーすんだよ。今日はお前寝とけよ」

「優しいねぇチリーくんは。しっかり美女二人を守ってくれたまえよ」

「おうおう。のろまとピエロのお守りにゃ慣れてンだ」

「ひどいやつだねぇ君は」


 そんなことを言いつつも、ラズリルは上機嫌そうにククッと笑う。


 一方のろま呼ばわりされて抗議の目を向けていたミラルは、途中でハムの旨味に酔いしれてしまい、自然と抗議を取りやめていた。


「ていうかこれ、ラズの奢りだよ~? チリーくんはもうちょっと感謝の気持ちを見せてもいいんじゃないかな!?」

「へいへい、ありがとーごぜーました」

「気持ちを込めろ気持ちを~~!」


 酒場でこうしてゆっくり出来るのは、実はラズリルのポケットマネーのおかげである。


 クリフにもらった金貨のほとんどは旅支度で使ってしまっており、本来なら今日も安い宿に泊まるか最悪野宿の予定だったのだ。


 しかしそれではヘルテュラシティ到着を祝えない! とラズリルが騒ぎ立て、あまりのエール飲みたさに奢るとまで言い出したのである。


「……本当にありがとうラズ……とってもおいしい……」

「…………ミラルくんが泣きそうな顔で感謝してるから、彼女に免じて許してやろうチリーくん」


 そうして貴重な憩いのひとときを過ごす一行だったが、その安寧は予期せぬ訪問者によって壊されることになる。


 グレイフィールド酒場のドアを、ゲルビア帝国の軍服を着た三人の男達が開けたからだ。

 そしてその周りには何人もの女達が取り囲んでいる。どの女も着飾っており、中心にいる男にまとわりつくようにして腕だの肩だのに触れている。


 その一団を見た途端、酒場で談笑してた者達がそそくさと店を出ていく。そうして空いた広い席に男達がどっかりと座り込むと、その周囲に女達が黄色い声を上げながら座っていった。


 軍服を着た三人の内の一人が、店員を呼び止める。


 ひょろりとした背格好の、あまり軍人らしくない男だ。薄っすらとヒゲを蓄えており、前頭部を剃り上げた短髪の男だ。


「おい、この店で一番良い酒を持って来い」

「申し訳ありません。先日切らしてしまいまして……」

「何ぃ?」


 男の眉間にシワが寄る。


「……それと、大変申し上げにくいのですが……まだ、これまでのツケをいただいておりません……」


 店員がやや震えた声でそう言うと、男は一気に形相を変えた。


「なんだそりゃ……ってーとお前はアレか? 俺を盗人呼ばわりするつもりか? ツケとくって言ってるのによォ~~~~ッ!」

「いえ、なにもそんなことは……」

「今のは心がちくちくしたぜ……。俺は繊細なんだよ! ちくちくする言葉はやめろッ!」


 妙な罵声を浴びせる男に、店員は竦み上がる。そんな男を、中心にいる赤髪の男が制止した。


「ザップ」

「俺には優しい言葉だけ使えッ! ちくちくするなッ! クソが! 盗人だなんてひでえこと言いやがる! 優しくしろよォ!」

「ザップやめろ。まあいいじゃねえか、酒ならなんでもよォ」


 喚き立てる男の名は、どうやらザップというのだろう。赤髪の男が語気を強めると、ザップはやや不服そうに引き下がった。


「おい、二番目で構わねえから酒持って来いや」


 赤髪の男は、ザップに比べるとかなり体格が良く、大男と言って差し支えない。真っ赤な髪は前髪だけなでつけられており、後ろは肩まで伸び放題と言った様子だ。いかつい顔立ちだが、年の頃は三十前後と言ったところだろうか。


「はい、サイラス様」


 店員は男――サイラスに頭を下げ、すぐに酒を取りに行く。その背中に、三人目の小柄な男がニタニタと笑う。


「はやくしろよ……誰のおかげで平和でいられると思ってんだ……?」


 アギエナ国は現状、ゲルビア帝国と友好関係を築くことで平和を維持している状態だ。ゲルビア帝国とアギエナ国ではあらゆる面で大きな差がある。友好的な関係と言えば聞こえは良いが、実際は見逃してもらっているような状態だ。


 もしゲルビア帝国がアギエナ国を潰そうと思えばすぐにでも出来る。それをあえてしないのは、する必要がないだけなのだ。


 その結果がこれだ。


 ゲルビアの軍服を着ているだけでどこまでも横柄な態度が取れる。彼らの言う”ツケ”も半永久的に払われることはないのかも知れない。


「リッキー、その気持ち悪い笑い方やめろっつったろ」


 サイラスに咎められ、リッキーと呼ばれた小柄な男は慌てて頭を下げる。


「す、すいません隊長」


 しかしサイラスから隠れたその表情は、吐き出した言葉とは正反対だ。

 サイラスの代わりとでも言わんばかりに床を睨みつけ、リッキーは顔を歪ませる。


「お前は別に見た目が悪いわけじゃねえんだ。その気持ち悪い笑い方さえやめりゃ、女の一人や二人いくらでも紹介してやるよ」

「善処します……」


 そんなものに興味はない。リッキーにとっては酒も女もただの付き合いでしかない。そもそもサイラスの部下でいること自体、取り入る以上の意味はないのだ。

 今に見ていろと下剋上を心の片隅で誓うリッキーの思いなどつゆ知らず、サイラスはリッキーから視線を離して隣の女の髪をなでた。


 サイラス達がそんなやり取りをしている内に、彼らのテーブルに酒と料理が運ばれてくる。

 聞いていた様子では料理を頼んでいるようには見えなかったのだが、ミラル達のテーブルとは比べ物にならない程の大量の料理が運ばれてきている。

 肉料理が大半で、思わず羨ましくなるような分厚いステーキからは食欲を掻き立てる香りが漂っていた。


 幸い、サイラス達はミラルやチリーにはまだ気づいていない。人相までは出回っていないのか、単に彼らの任が別にあるのか。いずれにせよ、ここに長居するのは危険だった。


 三人は既に食事を食べ終わっていたため、宿だけキャンセルして別の宿を探すか、諦めて野営する覚悟を決める。

 そうして帰る準備を整えていると、不意にサイラスの視線がミラル達の方へ向けられた。


 驚いて肩をびくつかせるミラルと、静かに身構えるチリーとラズリル。しかしサイラスは、嬉しそうに表情を和らげる。


「なんだよ、めちゃくちゃキレイな子がいるじゃねえか! 誰だあいつは?」

「恐らく旅の者かと……」


 近くにいた店員がそう答えると、サイラスは手招きし始める。


「嬢ちゃん、こっち来いよ。酒でも飯でも、好きなモン奢ってやるぜ」


 サイラスがそう言った瞬間、ラズリルがピクリと反応を示した。


「え? ほんとに? おごり?」

「バカ言えピエロ面、お前じゃねえ」


 二色の瞳が、死んだ魚のように冷める。

 即座に袖の中へ手を突っ込もうとしたラズリルを、チリーはとりあえずそっと止めた。


「そこのキレイな亜麻色の髪のお嬢ちゃんの方だ。こっち来いよ」


 ゆっくりと、サイラスが歩み寄ってくる。


 なんとか平静を装おうとしているが、ミラルの肩が強張り始めた――その時だった。


「待ちたまえ!」


 店全体に響く程張り上げられた声が、入り口からサイラスへ叩きつけられる。

 サイラスはすぐにそちらに目をやったが、すぐに呆れたようにため息をついて見せた。


 そこにいたのは、軽装の鎧で武装した、黒い短髪の若い男だった。彼の胸元には狼を象ったプレートが縫い付けられている。端正で男らしい顔つきで、太めの眉をしかめてサイラスを睨みつけていた。


「またテメエか」

「ふっ、聞かれたからには答えてやろう」

「聞いてねえよ知ってんだから」


 適当にあしらおうとするサイラスだったが、男の方はもうほとんど聞いていない。堂々と店の中央まで歩いてくると、声高に名乗りを上げる。


「我が名はシュエット・エレガンテ! 誇り高きヴァレンタイン騎士団のナンバー2だ!」


 そこで、死んだ魚のようだったラズリルがハッとなる。


「ヴァレンタイン騎士団……そうか、あの狼のプレートはヴァレンタイン公爵の家紋だったね」


 ヴァレンタイン公爵はこのヘルテュラを納める貴族であり、その名を冠した騎士団を持つことでも知られている。あのプレートを身につけているということは、このシュエットという男も騎士団のメンバーで間違いない。つまるところ、味方だ。


「さあ、お逃げなさいお嬢さん!」


 シュエットは三人の元へ駆け寄ると、かばうようにして両手を広げる。


「ラズも入ってる?」

「勿論だとも! 二人共はやく逃げるんだァッ!」


 満更でもなさそうなラズリルに、チリーは思わず小さく嘆息した。


「さあ表へ出ろ! 今日こそ決着をつけるぞサイラス・ブリッツ!」

「……ったくしょうがねえな。付き合ってやるよ。お前ら手ェ出すなよ」


 シュエットが勢い良く外へ飛び出すと、その後をめんどくさそうにサイラスがついていく。その様子を呆れた顔で見ていたチリーは、ややうんざりした顔で呟く。


「俺あーゆー一人で勝手に盛り上がる奴苦手なんだよな……青蘭せいらんとか」

「……流石に一緒くたにするのは気の毒よ……」


 思わずそうフォローを入れてしまうミラルだったが、チリーの言いたいことはわからないでもなかった。


 兎にも角にも、シュエットのおかげでこの場から逃げ出す格好のチャンスが訪れている。

 すぐにこの酒場をこっそり出てしまおうと店員に話をつけ、裏口から出る相談をしていた三人。しかし、ぶっ飛ばされて入り口から転がり込んできたシュエットを見下ろして三人共が目を丸くした。


「だ、大丈夫ですか……?」


 ついついミラルがそう問うと、シュエットはがばりと起き上がって笑顔を見せる。


「ご心配なく、鍛えてますから!」


 そう言ってシュエットは、即座にミラルの手を取った。


「いやなに。今日は調子が悪かった。調子が良ければあんな連中指先一つで……」


 元々整った顔立ちをしているので、綺麗に笑えばとにかく見栄えは良い。しかし肝心のシチュエーションが極めて情けない。要するに、サイラスには負けたが言い訳している状態である。

 そんなシュエットの頭に、上からげんこつが落ちる。


「何やってやがんだテメエは」


 げんこつの主は、シュエットと同じプレートを身につけた細身の男だった。

 外ハネの激しいショートヘアをウルフカットにした二十代後半に見える男だ。大剣を背負っているが軽装で、頬には傷跡がある、男はライトブラウンの切れ長の瞳で、シュエットを軽く睨みつける。


「レクス団長!」


 シュエットにレクス隊長と呼ばれたその男は、呆れてため息をついた後、シュエットを連れてすぐ入り口へと向かう。丁度そこには、外から店内に戻ってくるサイラスの姿があった。


「ふははは! サイラス! 団長が来た以上お前は終わりだ!」

「サイラス殿……うちの部下が大変失礼した」


 高笑いするシュエットだったが、レクスはサイラスに対して深く頭を下げる。


「なあに気にすんな。ほんの余興だ、なあ?」


 サイラスがそう言ってザップとリッキーに目をやると、二人はニヤニヤと嘲るような笑みを見せた。


「まあ、部下のしつけはしっかり頼むぜ、英雄さんよ」


 そう言ってサイラスがレクスの肩を叩く。レクスは頭を下げたまま一瞬だけ鋭い目つきをしたが、すぐに目を伏せた。


「……はい」

「貴様ら! 団長をバカにするな! ボコボコにされたいのか!?」


 騒ぐシュエットには取り合わず、レクスは頭を上げるとミラル達へ視線を向ける。


「彼女達は父の客人だ。連れて行って構わねェか?」

「あ? コーディのか? しょうがねえな……後で紹介しろよ」


 レクスはサイラスの言葉には曖昧に答え、ミラル達とシュエットを連れてすぐに店の外へと出て行った。



***



 レクスに連れ出され、ひとまず一行はサイラスから逃れることに成功する。


 グレイフィールド酒場を出る頃には外は暗くなっており、ミラルは王都で調達したランタンに火をつけた。


「さっきは、ありがとうございます」

「気にすることはないさ、美しいお嬢さん達と少年A」

「誰が少年Aだ誰が」


 シュエットを軽く睨みつけるチリーだったが、動じる様子はない。


「いや、むしろそこのバカが迷惑をかけたな。すまない」


 ミラルとラズリルに詰め寄るシュエットを強引に引き剥がしつつ、レクスはそう言って嘆息する。


「自己紹介が遅れて悪い。俺はレクス・ヴァレンタイン。アンタらの話は親父から聞いてるんでな……こっから屋敷まで案内させてもらう」


 レクス・ヴァレンタイン。彼は、ヴァレンタイン騎士団の団長にして、ヴァレンタイン公爵家の人間だった。

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