第5話 ドラゴンと勇者

俺達の目の前に現れたドラゴンは漆黒。

どうやらドラゴン族の中で最強言われている(らしい)黒龍だった。


「お前は勇者なんだから、手加減はせんぞ。 そちらも全力でかかってくるがいい」


黒龍は俺に向かって言った。

全力って言われても、俺はつい先日勇者に任命されたばかりなんだ。

どこかの人みたいに何の加護も持ってないし、勇者の剣しか持っていない人間。

ましてや、伝説の勇者のように何度やられても立ち上がるような勇気や根気はないに等しい。

そんなことを呑気に考えていると、黒龍が俺に向かってどす黒いブレスを放ってきた。


「ユウさん! 危ないッ!!」


考え事をしており、反応が遅れた俺をカルディアがかばってくれた。


「ほう。 我のブレスを防ぐとは、そちらの嬢ちゃんもなかなかの力のようだ。 だが、我には到底及ばぬッ!!」


黒龍はカルディアを容赦なく吹き飛ばした。

カルディアは、さすがに受け身を取ることが出来ず、地面に叩きつけられる。

こんな女の子に守られるだなんて、男として情けない。


「さあ、勇者よ。 これで一対一だ。 お前の本気を我に見せてみろ!」


黒龍は再び大きく息を吸い込む。

またあのブレスを吐く気か!

俺は勇者の剣を両手でしっかり持ち構える。


ここで俺がやらねば、カルディアを危険にさらすことになる。

それどころか、魔王討伐だなんて、夢のまた夢だ。

俺がやらなければ――


「誰がやるってんだよおおおおお!!」

「ガァァァァァァ!」


黒龍が勢いよくブレスを吐いた。

俺は両手で構える勇者の剣で、黒龍のブレスを横に薙ぐ。

勇者の剣は黒龍のブレスを斬りはらい、その奥にある黒龍の左の角まで斬っていた。


一瞬、時が止まったかのように思えた。

俺みたいな勇者の剣しか持たない凡人が、最強の黒龍を圧倒するなんて不可能だと思っていた。


だが、実際はこうして目の前の黒龍を剣一本で屈服させている。

その黒龍は俺が斬った片方の角を抑えて、ワタワタしていた。

ここだけ見ると、ドラゴン族最強という肩書も怪しく思えてしまう。


「我が、ドラゴン族最強の我が、人間に敗れるとは……」


黒龍は誰が見ても落ち込んでいるように見えた。

そこまで落ち込むような事だったのか。


「勇者よ! ドラゴン族最強の我の名はメランという。 確かに勇者の力は絶大だった。 何せドラゴン族最強の我に傷をつけたのだからな」


その『ドラゴン族最強』って肩書、結構気に入ってたりするのかな。


「我メランは、勇者殿の下僕になることを宣言する」

「ちょ、ちょっと待って!?」


さすがに反対した。

いくら勝負に勝ったからと言って、黒龍を下僕にするのはいくら何でも俺の良心が痛む。


「せめて、友達って言ってほしいな。 さすがに下僕は可哀そうだし」

「おお! 我を友として扱ってくれるのか! 何と心の優しい勇者殿だ! これからよろしく頼む」


ドラゴン族最強の黒龍メランが仲間に加わった。

メランによって気を失っていたカルディアも目が覚めたようだ。

メランと仲良くしているところを見られ、魔法を放ってこようとしてきたため、俺は慌ててここまでのいきさつを説明する。


「でもいいのか? ドラゴン族最強の黒龍が俺のような人間と仲良くしてても」

「全く持って問題ない! なんて言ったって、我はドラゴン族最強なのだぞ? 我に楯突くものなど返り討ちにしてやるわ!」


そ、そうか……

えらく高慢だな。


「でも、そのままの姿じゃ動くのも一苦労じゃないの?」


カルディアがメランに聞く。

それもそうだな。

メランは俺達の何十倍も大きな体をしている。

俺達と一緒に付いてくるとなれば、少し大きすぎるな。


「大丈夫だ! そういう時のために、我らドラゴン族は人型にもなれるのだ!」


そう言い、メランは自身の大きな翼で体を覆い隠す。

次に翼を広げると、そこにはカルディアと同じくらいの女の子がいた。

そこまではよかった。 そう、そこまでは。


現れた女の子は全裸だった。

頭に角が生えていたり、所々に鱗が残っていたり、しっぽが生えていたりするが、それを帳消しにするぐらいの衝撃だった。

まあ、基本魔物はいつも裸みたいなものだし、こうなるのも仕方ないのか。


真っ先に気がついたカルディアが、俺の両眼を両手で隠す。

カルディア、安心してくれ。

俺にロリ属性はない。


これは困ったことになったな。

もし、メランを全裸のまま連れてウロウロしていたら、さすがの勇者とて許される行為ではないだろう。

あんな小さな子を裸で歩かせるだなんて、勇者様はとんだ変態なんですね、なんて言われてみろ。

俺みたいな高校生は立ち直れる自信はないぞ。

当の本人は、何事かとキョトンとしている。


「とりあえず、俺の上着を着ておけ。 その格好のままじゃ、俺が変態扱いされてしまう」


なるべくメランを見ないようにしながら、俺は服を着せる。

しかし、いつまでもこのままというわけにはいかない。

俺達はメランに似合う服を買いに行くことにした。

これから魔王討伐も控えていることだし、準備は万全にしておかなければ。


魔王討伐のためにと、王様から幾ばくかのお金はもらっている。

そんなに大量にある訳ではないが、服を買うくらいのお金は入っている。

俺達はメランを連れ、服屋に行くことにした。


カランカラン。

入り口のベルが鳴る。


「いらっしゃいませー」


覇気のない声で店員が言った。

丸い眼鏡をかけており、おとなしめな女性のように見えた。


「この子に合う服を見繕ってもらっていいですか?」

「はーい。 少々お待ちくださーい」


やはり覇気のない声で答える店員。

ここの仕事を嫌々しているのだろうか。

その間、俺達はメイド服や鎧をメランに着せたりしていた。

何だ、結構似合うじゃないか。


「お待たせしましたー」


やがて、店員が一着の服を持ってきてくれた。

派手過ぎず地味過ぎない。 それにサイズも今のメランにピッタリだ。

この店員さん、なかなかにいいところを突いて来るじゃないか。

俺達はその服を買い、店を出た。


外に出て思った。

メランがいるのだから、メランの背中に乗せてもらい、そのまま魔王城まで連れて行ってもらえばいいのでは、と。

移動手段がなくなった今、ドラゴンに乗せてもらうのはいい案だと、我ながら思う。


「メラン、もう一度ドラゴンの姿になれるか?」

「お安い御用だ!」


そう言ったメランが、自分の体を覆ったところで気がついた。

服を着たままだと。


「メラン、ちょっとま――」


パンッ!


俺の制止はメランに届かず、俺の予想通りメランの着ている服は弾け飛んだ。

バラバラになった服の破片がそこかしこに散らばる。

あちゃー、やっちゃったか……


俺達は、もう一度メラン用の服を買う。

さっきのお姉さんが不思議そうな顔をしていたが、理由は聞かないでくれた。


「あのー、私が魔法かけましょうか? 服が破れないように」


カルディアは俺にそう言った。

そんなことができる魔法があるのか。

あるなら、ぜひともお願いしたい。


「分かりました。ちょっと待っててください」


そう言うと、カルディアはメランに魔法をかけ始めた。


「たぶん、これで大丈夫なはずです」


特に変わった様子は無いが、カルディアがそういうのだから大丈夫なのだろう。


「じゃあ、メラン。 ドラゴンの姿になってみてくれ」

「分かった!」


メランは再び自分の体を覆い隠す。

そしてドラゴンの姿になった。

今度は服を無駄にしなかったようだ。


元の姿に戻っても、服が破れないような魔法をかけてくれた。

魔法については全くの素人のため、どんな魔法を使ったのか理解できない。

よく分からないが、魔法って便利だな。


色々あったが、ようやく準備が整った。

これで魔王城に突入するぞ!


メランの背中に俺とカルディアが乗る。

まさかドラゴンに乗れるなんて思っていなかった。

この世界に初めて来た時に風が気持ちいいと言ったが、あの時とは比べ物にならないくらいだ。


「ひ、ひぃーー!  た、高いぃ!」


カルディアは高いところが苦手みたいで、俺にしがみついて震えている。

これから何度も乗ることになるのだから、直に慣れるだろう。


「ところで、メラン。 斬れた角の方は大丈夫なのか? ずいぶん大変そうな顔をしてたけど」


自分で斬ったのを心配し、メランに訊ねた。

黒龍とは言えども、角はドラゴンにとって大事なものだろうし。


「別に平気だ。 時間が経てばすぐに元通りになる。 それに、我の力不足が招いた結果でもあるからな。 ユウ様は心配しなくても大丈夫だ」


トカゲのしっぽみたいなものか。

まあ、大事に至らなそうで良かった。


「ほら、見えて来たぞ、ユウ様!」


メランが前を向いて言った。

俺たちの目の前にはおどろおどろしい雰囲気を放つ城が建っていた。

確かに、ここなら魔王が住んでいてもおかしくない。


俺達は魔王城の近くでメランから降りる。

さて、これからが本番だ。

これまで以上に気合いを入れなければ。


ユウ、カルディア、メランはそれぞれの思いを内に秘めながら、魔王城の前に立つ。

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