第2話 異世界へ

異世界。

それは男なら誰でも夢見るであろう場所。

その異世界の地に、俺は今立っている。


ここは俺が生きてきた場所とは違う。

ここは異世界、アペイロンだ。

異世界に来たことを嬉しく思う俺の顔を、異世界の風が優しくなでる。


異世界の風は、なぜか気持ちいい。

初めて来たはずなのに、妙に俺の体になじんでいる。

大きく深呼吸をし、体いっぱいに異世界の空気を吸い込む。

見知らぬ世界のはずなのに、どこか落ち着ける感じだった。


俺は一人で、


「ステータスオープン!」


と、叫んでみた。

だが、目の前に半透明なパネルが現れたり、脳内に直接何かが聞こえてくると言ったことは無かった。

ただただ、大恥をかいただけだった。


気を取り直し、アペイロンという異世界を見て回ることにした。

もちろん、アペイロンというのは世界全体を指す名前であり、今現在俺がいるところがアペイロンというわけではないらしい。


この世界はレンガ造りの家が立ち並ぶ、中世ヨーロッパ風の街並み。

もちろん日本のように道路がある訳でもなく、地面は石畳だ。


「本当に異世界なんだ!」


この世界が自分の世界とは違うことを再認識し、興奮してきた。

何の目的もなしに石畳の道を歩いていると、大きな建物を発見した。

見た目から察するに、この建物は教会のようだ。

建物のてっぺんに十字架のようなものがあったため、俺が勝手に判断しただけで、この建物が本当に教会なのか違うのかは入ってみるまで分からない。

少し開いていたドアの隙間から、中を覗いてみる。


見た感じ中は豪華な装飾がされており、俺が知っている教会に近い印象を受けた。

部屋の中央で修道服を着た女性が、壁画に向かって祈りを捧げている。

その姿は幻想的で、まるで空に羽ばたかんとする天使のようだ。

祈り終わった女性が俺に気づいて話しかけてきた。


「ここは教会です。 迷える子羊達を正しき道に導く場所。 あなたは何をしにここへ? 懺悔ですか?」


どうやら教会で合っていたようだ。

シスターの綺麗な唇から、綺麗な言葉が紡ぎ出される。

言語習得は出来ていたようで、俺は安心した。


目の前にいるシスターは、エウカリスにも負けず劣らずの素晴らしい顔をしており、俺は何も言わず見とれてしまっていた。


「どうかされましたか?」


何も言わない(言えない)俺を不思議に思ったのか、シスターが可愛く首を傾げる。

シスターの一挙手一投足が、可愛くて仕方がない。


「あ、すみません! 俺はユウって言います。 ここへ来たばかりで何がどこにあるのかさっぱり分からず…… 真っ先に目に入ったのがこの教会でして。 お邪魔でしたら帰りますので!」


怪しまれないように、早口でまくし立てシスターに背を向け、教会を去ろうとする。


「待って」


そんな俺をシスターが呼び止めた。

何かいけないことでもしてしまっただろうか。

とっさに考えつくことに、思い当たる節はない。


ゆっくりとシスターの方へ振り向く。

シスターの顔は相変わらずの無表情。 何の感情も読み取れない。

ひとまずは怒っていないみたいで良かった。


「ここへ来たばかりならギルドに向かいなさい。 この街はギルドが管理していますから。ギルドはこの教会を出て右に曲がり真っ直ぐ行けばつくはずです。 後、これを」


シスターは俺に手のひら大の金色の紙を渡してきた。

表にも裏にも何も書いていない。


「これは?」

「これを持ってギルドに行けば、登録の際に必要なお金を免除することができます。 良かったら使ってください」

「あ、ありがとうございますッ!」


それにしてもなんて心の優しいシスター様なのだろうか。

あんなシスター様が信仰しているんだ。

きっと凄い神様に違いない。

優しいシスターにお礼を言って、教会を後にした。


ギルドは教会を出て、右に曲がって真っ直ぐ行けばつくとシスターが教えてくれた。

早速ギルドなるものに行ってみるか。


シスターの案内通り、その場所にはギルドがあった。

今回はでかでかと『ギルド』と表示されており、すぐ分かった。

ギルドはお城のような見た目をしているが、お城のような堅苦しい印象はあまり受けない。

目に優しい緑色と白色が、誰でも受け入れられそうな感じを出している。


恐る恐る、ギルドの扉を開ける。

中では色んな人が飲み食いしており、皆が皆幸せそうな顔をしていた。

この世界が平和だというのは間違いないのだろう。


「ギルドへよーこそ! お食事ですか? 登録ですか?」


俺に気づいたお姉さんが元気よく話しかけてくる。

あんまりガツガツくる人ってちょっと苦手なんだよな。


「えっと、教会のシスターからの紹介で来たのですが」

「まあ! 教会のシスター様に会われたのですね! それはとても珍しい事ですよ!」


珍しい事? 何のことだ?

そんなことを聞く暇もなく、俺は一枚の紙を手渡される。


「シスター様からの紹介ということで、代金はいただきません。 この紙に名前と職業を記入してください」


適当な場所に座り、紙に必要事項を記入していく。

名前は、ホシミヤユウ っと。

職業は、高校生でいいのか?

ものの数秒で書き終わった紙を、さっきのお姉さんに手渡す。


「はい、ホシミヤユウ様ですね。 えっと、コウコウセイというのはどういった職業でしょうか?」


この世界では高校生なるものが存在しないのか。

そもそも、中学や高校とかいうくくりがあるのかも分からない。

えっと、なんて言ったらいいのか……


「学校という場所に通う生徒です」

「その学校というのはどこにあるのでしょう? ここから近いですか?」

「学校は、ここよりもずっと遠くにあります」

「そうなんですか! そんな遠いところからよく来てくださいましたね。 ありがとうございます!」


どうやら納得してくれたようだ。

お姉さんが一枚のカードを取り出し、魔法らしきものをかける。

すげー! この世界で初めて魔法という物を見ることができた。

しかし、俺にはそれがどんな魔法なのか理解することはできない。


「お待たせしました! こちらがユウ様の冒険者カードになります。 紛失や破損させてしまった際は再発行出来かねますのでご了承ください」


そして、俺にそのカードを手渡してくれる。

魔法を使ったせいかほんのり温かかった。

カードには俺の名前が記されている。


「それでは心ゆくまで、こちらでの生活をお楽しみください!」


お姉さんは笑顔でそう言った。


「そこの若造よ。 ここらでは見ない顔だが新入りか?」


声をかけられ、振り向くと結構なお年を召したおじいさんがいた。


「つい先ほど登録完了しました、ホシミヤユウと言います。 これからよろしくお願いします」

「うむ、最近の若者にしては礼儀がいいな」

「長老! お久しぶりですね!」


お姉さんがおじいさんのことを長老と呼んだ。

この人が長老と言うぐらいなのだから、この街で一番偉く長生きしているのだろう。


「ここ数十年、この街に魔物がやってきたことは一度もない。 仮に出てきたとしても、騎士団がいるから安心して暮らすと良い」


その話はエウカリスも言ってたが、本当に信じてもいいのだろうか。

それが逆にフラグになってたりしないだろうか、と色々心配になる。

何はともあれ、長老がいい人そうで良かった。


長老と別れ、ギルドを出る。

まずは住む場所を確保しないと。

このまま夜を迎えるのはさすがにまずい。

かといって、いきなり見ず知らずの人の家に泊めてもらうのも忍びない。


ギルドからテントを支給してもらい、そこで寝ることにした。

いくら異世界と言えども、肌寒いからな。


しばらくテントを建てられる場所を探していると、いい場所を見つけた。

ここなら誰にも邪魔されないだろうし、何より見晴らしがいい。

今夜はここにテントを張り、休むことにする。


自分は疲れていないと思っていながらも、体は思ってた以上に疲れていたようだ。

テントの中で横になると、数分後にはすやすやと寝息を立てていた。

その日、俺は異世界で初めての夜を迎えた。

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