第 16 幕 嘘吐きI

 

日が一番高くなる頃、ロンドはルクスと共に村外れの図書館の中にいた。

自分達が周っている場所はあまり人が来ない為、どうせなら聞き込みはエラさんに任せ、別のことから調べないかとルクスが提案したのだ。


「この辺りにはいろんな植物がある。母さんを殺すときに使われたのは、植物の毒かもしれない……ロンドさんも、使われたのは自然毒かもしれないって言ってましたよね?」

「はい……」


植物の図鑑をめくりながら、ルークスはそう確認する。

図書館へと向かう道の途中、何の毒が使用されたのか二人であたりをつけていたのだった。


「すみません、ルクスくん。何の毒かどうかまでは、流石に此処では判別しきれなくて。ただ、検死の際にすぐ確認したことが正しければ、おそらく」


ロンドの謝罪にも軽い頷きのみを返し、ルークスは真剣な表情で図鑑に目を通り続けている。

自然毒かもしれないというロンドの話を聞いて、ルクスはすぐにこの図鑑に飛びついた。


「ルクスくん、お母様が亡くなったのは」

「冬の終わり……2月くらいです」

「冬ですか……」


冬も残っている植物は限られるだろう。

とはいえ、誰かが耐寒設備を整えて育てていたものという可能性もある。

眉間にシワを寄せ必死に文字を読み解いているルークスを手伝いながら、ロンドも思考を巡らせる。

なにか、なかっただろうか。

この近辺で育てることが出来て、毒性が強く、冬でもなんとか耐えられる植物が。




「私、あのブラウンって人嫌いよ」


家を二、三件周った後、マーシャはそう切り出した。

なんで?とエラが問えば、マーシャはむっとして鼻を鳴らす。


「だってあの人、私やエラ、ロンドにしか笑いかけてこないんだもの。絶対に、私達が綺麗な人だーお金持ちだーって思って媚び売ってきてるのよ!」

「あぁ、それはあるだろうね」


憤慨するマーシャに対して、エラはなんでもないことのように頷きを返した。


「こういうなりをしていたり、マーシャみたいに名家の人間だと、寄ってくる人は多いと思うよ……これからは、特にね」


エラの手が、マーシャの頭へと伸びる。

優しく頭を撫でられ、ベネヌム家長女、マンサナ・ベネヌムは表情に陰を落とした。

ぐぐ、と彼女の目が苦しげに細められる。


「そう、よね」

「エラー!マーシャー!」


そんなシリアスなムードは、青年の明るい声によってかき消された。

長い腕を大振りにして、マウイは二人の方へと走り寄ってくる。


「おかえりマウイ」

「ただいま!ほんの少しだが、情報持ってきた!」

「ほんの少しかぁ」


マウイは得意気だったが、ほんの少しと言われて、マーシャは肩を落とした。

そのなかに、一つくらいは決め手があるといいのだが。

この状況に、彼女はどうしようもなく焦っていた。

ルークスはこのベネヌムギロティナに、否、マンサナ・ベネヌムにとって必要なものだ。

だからこそ、ルークスが絡むこの話には、最後まで関わっていたい。

父に呼び戻される前に、ことの顛末を見ておかなければいけない。

早く、早く。


「教えてくれ、マウイ。一体、どんな話を聞いたんだ?」


周囲に人がいないことを確認し、声量を落としてエラは尋ねた。

マウイも同じように、ひそひそ話で情報を伝える。


「まずひとつだ。ルクスんお母さんな、あまり村ん人と話さんやったらしか。憎まるー嫌わるーってよりかは、不気味がられとったらしか。モンストルムだってことは、直接教えられたことはなか、ただ、村ん大人達は薄々気がついとったらしかね。ふたつめは、お母さんの職場についてや。ここん村では村ん中で仕事ばする人が多かとに、ルクスんお母さんな夕方に村ば出て、朝に帰ってきとったらしか」


ふむふむと、エラがメモをとっていく。


「みっつめは、ルクスんことや。ルクスが言いよった、あん遺体が入っとらんお墓、あればルクスが一人で作っとーとば見た人がおってな?可哀想やとも思うたばってん、ここしばらく寝込んどったごたーけん、安心もした、ってな」


ルクスば心配してくれとぉ人もおってくれたっちゃ分かって、僕は少し嬉しかったばい、と付け加えて、マウイはほんの少し笑顔になった。

けれども、エラは厳しい顔でメモを凝視し続けている。


「エラ?」

「……いや、ありがとうマウイ。かなりいい情報だ。あとはルークス君とロンドを待とう」


二人は首を傾げると、キョトンとした顔でお互いを見合わせた。



ロンドがその本棚を覗いたのは、ただの偶然だった。

分厚い動物図鑑の上に無理やり押し込められ、丸まった紙屑。

違和感と共に引き出し、そっと広げてみる。

机の上で堂々と作業をしないのは、彼なりの配慮だろうか。

くしゃくしゃに折り目がついた紙に目を凝らしてみると、妙に見覚えのある書き方のページが顔を出す。


“ 夾竹桃 ”


その表記と花の挿絵を見て、ロンドはルークスの方へと駆け出した。


「ルクスくん!」

「うわっ!?ろ、ロンドさん?図書館では駆けない跳ばない叫ばな……」

「これっ!……を、見てくれませんか」


急なことに驚くルークスの前に、ロンドは紙を広げてみせる。


「これは、植物の?」

「もしかしたら、その図鑑のページかもしれません。ルクスくん、キョウチクトウです。探してみて下さい」


ロンドに言われるままに、ルクスは夾竹桃のページを探し始める。

索引に並ぶ大量の名前に目を回しながら、二人がかりでその場所を見つけ出した。

そしてそのページを開こうとするも、案の定破られた跡があるのみ。

何も言わず、ロンドは夾竹桃の説明に目を通した。


「……ルクスくん、この花は……夾竹桃は、この村の近くに生えていたりしますか?」


震えたロンドの声に、ルークスもこわごわと、首を縦に振る。


「は、い。生えてますし、確かラポワールさんも育てて……あっ」


瞬間、ルクスが目を見開いた。

犬猫の赤子に接するかのように、慎重にロンドが言葉を紡ぐ。


「ルクスくん、夾竹桃にはとても強い毒があります。そして、冬でもある程度は耐えられる植物です……人が手入れしていたら、尚更」


二人の視線が、丸められたページへと向かっていた。





「成程ね、全然わからない!」


夜、ルークスの家でエラが出した結論はそれだった。


「……へ?」

「うん、まだまだ調査必須!」


ついさっきまで、難しい顔でロンドの報告を聞いては、メモに書き、はっと顔をあげたりするものだから、もう誰もがてっきり真相判明と思っていたのだが。

エラのあっけらかんとした発言に、皆ガタガタとバランスを崩してしまった。


「聞いていなかったんですか?怪しいのはラポワールさんでしょう!」

「そうだそうだー……」


テーブルから顔を出して、ロンドが講義するも、エラは肩をすくめて苦笑いをするのみだ。

マウイも流石に同意見らしく、珍しくロンドに賛同している。


「この程度の情報で決めつけるべきではないんですよ。なんせ殺人案件ですので」


そう言われてしまえば、二人も黙るしかない。

冤罪を避けなければならないということは、皆承知の上だ。


「じゃあ、どうするのよ?」

「それなんだけどね。ちょっと今から、ルクス君とマウイに行って貰いたいところがあるんだ」

「今から?」


ルークスが、不安気に窓へと視線を向ける。

外はすでに暗く、月と星の明かりくらいしか光源もなかった。


「大丈夫や、ルクス!何があったっちゃ、僕が守っちゃるけんな」


返事に迷っているルークスを、いつもよりも力強く、マウイが励ます。

ぐっ、と手を握られ、ルークスは渋りながらも頷いた。



二人の足音が、家から遠ざかっていく。

やがてそれが完全に聞こえなくなると、笑顔で送り出していた筈のエラは、額を押さえて座り込んでしまった。


「エラさん!?」

「静かに……ロンド、用意しておいて欲しいものがあります」


深い溜め息をつく彼女を、ロンドとマーシャが心配そうに覗き込む。

不快感に苛まれ、エラはその表情をさらに険しいものへと変えた。


「犯人がだれかなんて、とっくのとうに警察もわかってる。なのに私達がここで調査を続けたのは、犯人を餌で釣るためなんですよ」


今頃、ルークスとマウイは、ハイディ・ロペスが殺された場所に着いているだろう。


「あの子には、悪いことをしたよ……それにしても、本当に……嘘を吐くのは、キツイものだね」


エラの手に、メモ用紙がかたく握りしめられていた。




草を踏み締める音に、水音が加わっていく。

しかしいよいよ川が近づいてきたところで、マウイの手を引いていたルークスは足を止めた。


「ルークス?」

「……やっぱり、引き返しましょう。エラさんに言われたとはいえ、この暗さで川に近づくのは危険、すぎる」

「あぁ……そう、やね」


震えたルークスの手を、マウイがぎゅっと握り直す。


「うん、そうばい。実際、いまだに殆ど目が慣れとらんし。街灯がなか夜って、こげん暗かばいね」


慎重に身体の向きを変え、二人はもと来た道を歩き出した。

風が吹く。

草が、花が揺れる。

水が流れる。

手が震える。

暗闇のなか、耳からの情報がまわりの様子を伝えてきた。


「あの……マウイさん。今日は、励ましてくれてありがと……!?」


一人分、足音が増える。

それは、音にルークスが驚いて、直ぐのことだった。


「づあっ……‼︎」


風切り音と、押し殺した苦悶の声。


「マウイさんっ‼︎」

「ルク……っ!さがれ‼︎」


マウイは焼けつく背の痛みを堪えながら、ルークスを庇うように、後ろを振り返った。

目を凝らして敵を探すが、闇に溶けてしまっているのか、少しも捉えられない。

そんななか、キラリと装飾品のようなものが僅かに光輝いた。


「そこだ……っ‼︎」


マウイは一気に踏み出し敵を捕らえにかかるが、腕が空をかき、失敗してしまう。

それどころか体勢を崩してしまい、力の抜けた身体は地面へと打ち付けられた。

歯を食いしばりなんとか上体を起こすも、急なことが続きすぎて、上手くピーズアニマを出すことができない。

なんとかルクスだけでも逃さねばと、マウイが息を吸い込むが、発したルクスの名は叫び声へと変わった。


今さら慣れ始めたマウイの目は、脚を切り裂かれるルークスだけを映していた。

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