第14話 おぬしはまさか

(なんだか妙に暖かいの)


 いつの間にか眠っていたようで、意識が覚醒していくにつれて徐々に体が暖かいものに包まれているのがわかる。

 ぼんやりとしたまま目を開けると、目の前に肌色が広がっているのが見えた。


「おはよう。今日も可愛いな」


 全裸のように見えるシオがヴェルキアの髪を優しくすくって口づけをする。

 それを見てヴェルキアは飛び起きた。


「うおわあああああーーっ!! な、なぜわしの布団にいる!? というかなぜ裸なのだ!!」


 驚きのあまりベッドから転げ落ちるヴェルキアだが、それどころではない。

 何しろ相手は変態である上に男なのだ。

 そんなヴェルキアの様子に首を傾げるシオだったが、さも当然と言わんばかりに言い放つ。


「なぜも何も俺たちは夫婦だ。何か問題でも?」

「問題しかないわ! わしのさわやかな朝を返せ!!」


 怒声を飛ばすヴェルキアとは対照的に、涼しい顔で受け流すシオ。

 その態度からは反省の色は微塵も見られない。

 ヴェルキアのもとに歩み寄ったシオはヴェルキアの顎に指を添えて顔を引き寄せる。


「ふぅむ。怒った顔もなかなかそそるな」

「や、やめんか!」


 顔を真っ赤にして指を払いのけるヴェルキアだったが、シオは心外だと言わんばかりだ。

 しかしすぐに気を取り直して話を続ける。


「昨日の夜は夫婦の寝室に間男を連れ込んで、夫には暴力を振るうのか?」

「誰が夫だ! それにここは夫婦の寝室などではないわ! あーもう、朝から何なのだクソが……」


 ヴェルキアは頭を掻きむしりながら苛立たしげに言う。

 対するシオは相変わらず平然としていた。

 むしろ余裕すら感じられる。


「くっくっ、悪いな。15年も待ってたんだ。多少は目こぼしてくれないか?」

「……その話も本当なのか? わしには昨日の時点でヴェルキアの身体に憑依したようにしか思えんのだが」


 ヴェルキアの言葉にシオは首を横に振る。


「憑依ね……お前の場合でも相当な稀少ケースだが、憑依というのは一体どうやったら起きるんだ?」

「あん? おぬし霊媒師やら陰陽師のことを知らんのか?」

「これは驚きだ。お前、まさかあんなものを本気で信じていたのか?」


 シオはわざとらしく目を丸くして驚いたふりをしたが、ヴェルキアは訝しげに眉を潜めている。

 自分の現状だって大概ありえない事態である。

 それであれば憑依も霊媒師も現実のものであって何がおかしいのだろうか。


「お前の身に起きたことは超常現象といえばそうではあるが、俺はそのすべての因果関係を把握している」


 ヴェルキアが納得していないので、シオは聞き分けのない子供を諭すように語りかける。


「ほう? だったらわしに説明してみろ。1から10までしっかりとな」


 少し高圧的な物言いでヴェルキアが言うが、それを気にした様子もなくシオは大きく伸びをして立ち上がる。

 そしてベッドの端に腰掛けると、足を組んで膝の上に手を置いた。


「そんなつまらん話より夫婦の会話を大事にしたいんだが」

「つまらん言うな! おぬしはそもそも説明が足りな過ぎていると自覚せい!」


 シオの言葉に対してヴェルキアは声を荒らげるが、当のシオはどこ吹く風といった様子だ。

 そのまま無視して話し始める。

 その様子を見てヴェルキアは諦めたようにため息をついた。


「さすが仕事熱心なワーカーホリック。まあ無理が祟って倒れて無職になったようだがな?」

「あーもー、おぬしはわしをからかって楽しいのか?」

「俺はからかっているつもりなどないんだが」

「そうか……ならもうそれでよい……」


 ぐったりとうなだれながらベッドに突っ伏すヴェルキアだったが、シオはどこか満足げだ。

 だが、ヴェルキアは今のシオの発言に引っかかる部分があった。

 ヴェルキアが考えている間に、シオがヴェルキアの脇を抱えて持ち上げると、自分の膝に乗せて後ろから手を回す。


「おや? 逃げないのか?」

「おぬし、何者だ?」


 背後から抱きしめられたまま、ヴェルキアは背後の人物に向かって問いかける。

 ヴェルキアの問いかけに、シオはいつもの調子で応える。


「俺はお前の夫だと――」

「おぬし今わしが倒れたといったな?」


 シオの言葉を遮り、ヴェルキアは先ほどのシオの発言を指摘する。


「わしが倒れたことは誰にもいっておらん。もちろんおぬしにもな。なぜそれを知っている?」

「さて、どうだったかな?」


 はぐらかすように笑うシオに対し、ヴェルキアはさらに追及する。

 誰にも言っていないことを知っている、それはつまり――


「おぬし、まさかわしのストーカーなのか?」


 ヴェルキアの一言を聞いてシオは一瞬固まった後、盛大に笑い出した。

 目尻には涙を浮かべるほどの大爆笑である。

 その様子を見たヴェルキアは不機嫌さを隠そうともせずに口を開く。


「な、なにを笑う! それ以外考えられんではないか!」

「これが笑わずにいられるか……くくく、ストーカー……お前、コメディアンになるのを検討したらどうだ?」


 シオの言い草に憤慨し、さらに反論しようと口を開きかけたところで、部屋のドアがノックされた。

 その瞬間、背中越しに感じていたシオの体温が消える。

 どうやらまたいずこかに隠れたらしい。


「また肝心な話が全く聞けなかったではないか……」


 小さくぼやきながらドアを開くと、メイドが立っており朝食の用意ができたことを告げられた。

 食堂で食べるか、部屋に朝食を持ってくるかと尋ねられ、自分で料理を取りに行くと言うと、メイドはとんでもないと断った。


 仕方がないので部屋に朝食を持ってくるようにお願いをすると、メイドはすぐに退室していく。

 その後すぐに再び扉がノックされ、ワゴンを押した別のメイドが現れた。

 手際よく配膳を済ませて去っていく姿を見送りながら、目の前のメニューを見る。


(昨日も思ったが、料理の内容は地球とほとんど変わりないようだのう)


 食事をしながら今後の方針について考えることにした。

 自分をここに転生させたシオの目的、ディーンを狙っているものの調査。

 部屋に誰もいなくなればシオが出てくるかと思ったが、今のところ出てくる気配はない。


(うーむ。ディーンの件から調べるか……いや、待てよ)


 そういえば魔法を使えるかどうか確かめていなかったと思い出し、まずはそこから試すことにする。

 食事を食べ終わると、廊下にいたメイドに声をかける。

 するとすぐさま食器を下げに来たので、ついでに魔法の練習をする場所がないか尋ねることにした。


「のう、ちょっと聞いてもよいか?」

「はい、なんでしょうか、お嬢様」

(……お嬢様って)


 なんとも違和感のある呼ばれ方に苦笑するしかない。

 確かに見た目は美少女であるが、中身は男である。


「ここには身体を動かすための広場とか、そういったものはあるのかの?」

「ええ、ございます。よろしければご案内いたしますが」

「それは助かる。ついでにそこで少し身体を動かしたいのだが」

「お嬢様にはこの屋敷内のものはすべてご自由に使ってよいとのことですので、構わないと思いますよ」


 にこやかに応対してくれるのはいいのだが、どうにもむず痒い感じがする。

 とりあえずその練習場所とやらに行ってみることにした。

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