第10話 逃げ場が無い

 そのままベッドに押し倒されると、ヴェルキアの上に馬乗りになる形で覆いかぶさってくる。

 逃げようにも完全に組み敷かれており、抜け出すことができない。


「は、はぁ!? なぜそうなる! 全然そんな雰囲気ではなかっただろうが!」

「俺ももう少し我慢ができるかと思っていたが、男というのはなかなか我慢が難しいものだな」


 そう言いながら顔を近づけてくるシオ。

 その顔は獲物を前に舌なめずりをする肉食獣のようであった。


「ち、近寄るな!」


 必死に抵抗するヴェルキアだったが、先ほどの説明の通りシオには全く抗えない。

 そんな様子をニヤニヤしながら見ていたシオだったが、ふと何かを思いついたような表情を浮かべる。

 そしてニヤリと笑うと、ヴェルキアの耳に口を近づけた。

 その瞬間、ヴェルキアの身体がビクッと震える。


「なんだ、別にいいだろう。1回くらい」


 シオの言うことに信じられないといった様子で目を見開くヴェルキア。

 その顔には驚きの色がありありと浮かんでいるだろう。

 ヴェルキアの様子を見て、嗜虐的な笑みを浮かべるシオ。


(このままではマジでやられる! そんなことになったらわしはもう生きていけん!)


 そう思った瞬間、ヴェルキアは考えるより先に口が動き出していた。


「あ、あい」

「なんだ?」

「さっきのディナーでデザートとして出たアイスケーキは絶品じゃったな!」


 いきなり何を言い出すんだこいつは、という目でヴェルキアを見るシオ。


「おぬしにも食べさせてやろうと思ってシェフに取っておいてもらっておることを今唐突に思い出した!」

「ほう?」


 訝しげに目を細めるシオ。

 その視線に耐えられず、目を逸らすヴェルキア。

 だがすぐに気を取り直すと、再び出まかせを話し始めた。


「うむ、今日中に食わねばいかんということで、この後この部屋にアイスを持ってきてもらうことになっておる!」

「ふむ、ではそのアイスケーキとやらはもったいないが扉は決して誰も開くことができないようにしておこう」


 不穏なことを言い出すシオを慌てて止めに入るヴェルキア。


「待て待て待たんかい! そんなことをしたら大騒ぎになるだろうが!」

「そうだな。じゃあ俺は別に誰に見られようと構わんしこのまま――」

(ようやく気がそれおった、今しかない!)


 シオが一瞬ではあるが扉の方に注意を向けた隙をつき、ヴェルキアはベッドから転げ落ちるように脱出する。

 そのまま部屋の扉へと駆け寄り、脱兎のごとく逃げ出した。


「はぁ、はぁ……」


 無我夢中で走り抜け、気が付くと玄関を抜けて外へ飛び出していた。

 後ろを振り返り、シオが来ていないことを確認すると安堵のため息をつく。


(ん? 待てよ)


 そこでふと疑問が浮かぶ。


(わし、逃げ場が無くないか)


 屋敷の外の庭園は月明かりに照らされており、神秘的な美しさがあった。

 夜風に当たりながら改めて現状を確認する。


(アルディバインはここからどれだけ離れているのか全くわからんし、帰り方もわからん)

「お前、こんなところで何をしているの?」


 どうしたものかと考え込んでいると、後ろから声をかけられる。

 振り向くとそこにはアスフォデルが立っていた。

 彼女は怪訝な表情を浮かべてこちらを見ている。


(あ、アスフォデル!?)


 予想外の人物の登場に驚くヴェルキア。

 それと同時に、彼女の姿を見て、昼間に起きた事を思い出す。


(またいきなり斬りかかってきたりせんだろうな?!)


 警戒しつつ様子を伺うが、どうやら今はその気はないようだ。

 そのことに安堵すると同時に、アスフォデルのことをまじまじと見つめる。

 月の光に照らされたその姿はとても美しく、どこか幻想的ですらあった。


「聞いたの。お前がここに来た経緯」

「な、何をだの?」

「兄さまを助けてくれたって」


 アスフォデルは感情のこもらない声でそう言うと、じっとこちらを見つめてくる。

 その瞳からは何を考えているのか読み取ることはできない。


(ああ、さっきの話が誠なら宵闇の眷属からわしが助けたらしいからの……わしは全く覚えとらんが)


 そんなことを考えながら返答の言葉を探すヴェルキアだったが、特に何も思いつかない。

 仕方なく無難に相槌をうつことにした。


「そ、そうらしいの」


 会話が途切れ、2人の間に沈黙が流れる。

 気まずい空気の中、先に口を開いたのはアスフォデルだった。


「お前は、これからどうするつもりなの?」

「どうする、とは?」

「兄さまの魔術師団に入るつもりなの?」


 その言葉を聞いたヴェルキアは少し思考を巡らすと、首を横に振る。


(……帝国の魔術師団に入るのは無理だの。なにせヴェルキアは帝国と敵対関係にある連合側の人間。そういえば、わしが連合側の人間だとバレたらまずいかもしれんの……)

「……そう」


 アスフォデルは短く答える。

 自分から質問を投げかけたにも関わらずヴェルキアの答えには興味がなさそうな様子だ。


「お前は……ううん、なんでもないの」


 アスフォデルが何かを言いかけようとしたが、不意に口を閉じるとそのまま屋敷の中へと戻っていった。

 1人残されたヴェルキアは再び考える。


(なんだ? 朝とはまるで別人のようだの?)


 そう思いながら首をかしげる。

 そしてアスフォデルが去って行った方をぼんやりと眺めた。


(あやつはゲームの中ではなぜ敵として登場したのだったか……)


 そこまで考えて、ふと思い出す。


(たしか……兄を失い、その後皇帝の操り人形となったはず。兄を失う……ディーンがこの後死ぬ、ということか)


 ヴェルキアはもう一度考えを巡らせる。


(ディーンが死に、この先ゲームの通りに現実が進んでいけば、あやつと殺しあうことになるのか? あるいはディーンが死なねば、あやつが敵となることもないのか?)


 しかし考えても答えは出ない。

 だが、いくらアスフォデルが危険人物とはいえ、ヴェルキアは彼女と戦うのは避けたかった。

 それにディーンもまた、いくら自分に気がありそうで面倒だとはいえ、顔の見知った相手が殺されるのは目覚めが悪い。


(とにかく情報が足らん。憂鬱だがあのアホからなんとかして話を聞かねば……はぁ……ゲームの世界になんて転生するもんじゃないのう)


 ヴェルキアは大きく息を吐くと、屋敷に戻るため踵を返した。

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