第2話 そして美少女キャラに、美女は男に……

(……ここはどこだ?)


 意識がぼんやりと覚醒してくる。

 もそもそと手足を動かし、身体を起こす。


(ベッド? しかもかなり大きいのう。それに……)


 周囲を見渡すと、アンティーク調に整えられた内装が目に入った。全体的に落ち着いた雰囲気の部屋だ。

 照明はついていないようで、窓から入る陽の光が部屋を優しく照らしていた。


(家具やソファも随分と古風なものを揃えておる。なぜわしはこんなところにおるのだ?)


 ベッドから降りて部屋の中を探検しはじめる。

 クローゼットを開けるとハンガーはあるものの、服はなかった。

 化粧台のようなものが目に留まり、鏡を見る。


「な……な、ななな、なんじゃこれは~~~!!!」


 そこに映っていたのは美少女だった。

 年齢は15歳前後。腰まで伸びた長い菫色の髪、白い肌、そして深い藍色の瞳をした可愛らしい少女である。

 白を基調とし、胸元には花を象った装飾のついたワンピースを着た少女が驚愕に目を見開き、こちらを指さして叫んでいた。


(この姿、間違いない。ヴェルキア・バラッド。レーヴレギアオンラインの女キャラではないか!)


『安心しろ、よくあるゲームの強さの持ち越しをしてやるさ。よかったな、ゲームの世界に転生する夢が叶ったぞ?』


 光に包まれ、意識が遠くなる瞬間に聞いた声が蘇る。


「ぐわあああああー! あやつまじか! 転生って、何してくれとるんじゃあ!!」


 ヴェルキアの叫びが部屋中に響き渡る。

 その場に崩れ落ち、1人頭を抱える。


「しかもなんで女キャラになっているのだ! わし普通に主人公を男キャラで作っておったじゃろうがあああああ」


 ヴェルキアは混乱していた。

 目が覚めたら性別が変わっていたのだから、それも仕方ないことだが。


「いや待て、落ち着け、わしよ。これは夢ではないのか? こんな馬鹿なことが現実に起きるわけがない」


 頬をつねり、引っ張る。痛い。どうやら現実のような気がするが、それでも夢だと信じることにした。

 もう一度ベッドに倒れこみ、大きくため息を吐いた。


「そうだ、寝よう。きっとこれは明晰夢とかいうやつだ」

「ようやく目が覚めたのか? 俺の嫁」


 ヴェルキアは、聞こえてきた声に驚いて飛び起きた。

 いつの間にかすぐ横に男がいた。


「嫁ちゃうわ! つーかおぬしは、まさか?」


 つい先ほど人の家に不法侵入してきた女によく似ている。

 だが、今はどこからどう見ても男だ。

 美しい顔はそのままでありながらも、男性的な凛々しさを感じる顔立ちに変貌している。


(この男の顔……さっきの女によく似ておるが、おるが、まさか)

「もう忘れたのか? 俺たちは夫婦になったんだぞ」

「わしは承諾などしとらんわ!」


 やはりこの男はあの女のようだ。

 一体何がどうなっているのか。


「承諾はしていなくとも受理はされたしな。こちらの世界でもそのうち婚姻届を出してきてやる」

「や、やめい! というかこれはわしの夢だろう? そうだよな?」


 男はヴェルキアに手を伸ばし、何を考えているのか突然首元を触り始めた。


「な、なにするんじゃ!」

「そのキャラはヴェルキアだったか? ずいぶん可愛くなったじゃないか」

「ふざけるでない! いや落ち着け、これは夢、早く寝て夢から覚めねば」

「残念ながら現実だ」


 ヴェルキアが現実逃避しようとすると、男がきっぱりと否定した。

 そして男は悪魔のような笑みを口元に浮かべると、再びヴェルキアに手を伸ばす。


「ええぃ、やめんか! そもそもおぬしなんで男になっておるのだ」

「お前が女になってしまったからな。なら俺が男になるしかないだろう?」

「ふ、ふざけんなー! おぬしがわしをヴェルキアにしたんだろうがー!」


 ヴェルキアは目の前の男の胸倉を掴み前後に揺さぶる。

 すると、男は愉快そうに笑い出した。


「ところでお前、まだ俺のことがわからんのか?」

「あ? わし友達おらんし。おぬしなんて知るわけがなかろう」

「ふぅ……やれやれ。お前の両親に同情するよ」


 そう言って男は心底呆れた様子でため息をついた。


「おぬしも大概だと思うがの、シオ?」


 シオと呼ばれた男はクスクスと笑う。

 それは嘲笑ちょうしょうにも似た笑みだった。


「愚鈍なお前でもさすがにわかったか?」

「愚鈍も何も婚姻届に書いておったろうが」


(数年来遊んでいたネトゲのフレがこんな変な奴だったとはのう……)


 そう、目の前の男、シオとは腐れ縁でいくつかのネトゲを一緒に遊んでいた。

 ゲームの中でも人を小馬鹿にするような言動が多く、リアルでもどうせ似たような変な性格なのだろうとは思っていたが……。


「ところで知っているか?」

「知らん。わしは寝るからもう話しかけるなよ」

「俺は今魔力を媒介にお前の前に現れているわけだが、実はあれから15年も経つので魔力が欲しくてな」


 ヴェルキアの言葉を完全に無視してシオは話を続ける。


(魔力? 15年? 意味が分からん)

「それは重畳ちょうじょうだの。そのまま魔力切れで消えてもわしは構わんぞ」

「それが夫に対する態度か?」

「誰が夫だっつーの!!」


 相変わらずふざけたことを言うシオにイラつきながら、ヴェルキアはベッドへ潜り込もうとした。

 だが、シオがそれを阻む。


「ん、おい。なぜ手を掴む。離さんか」

「魔力の譲渡といえば熱いベーゼと相場が決まっているだろう?」

「はぁ?! 知るか! おい、正気なのか! や、やめろ!」


 ヴェルキアはシオから逃れようと必死に抵抗したが、あっさりと組み伏せられてしまう。

 ベッドの上で仰向けにされ、その上にシオが覆いかぶさってくる。

 ヴェルキアは顔を背けて抵抗するが、顎を掴まれ正面を向かされる。


「さて、どんな味がするのか」

(ひぃぃぃ! 男の顔が迫ってきおるぅ~~~!! もうだめだ、ぎゃああああああ~~~!!!!)


「ふぅ。ご馳走様」

「…………」

「人生で初めてのキスだ、ぜひ感想を聞かせてもらいたいな」


 ようやく唇を離したシオは満足げに微笑んだ。一方のヴェルキアは虚ろな目で天井を見つめている。


「さ、最悪だ……死にたい……」

「喜んでもらえてなによりだ」

「わしはもう終わりだ……」


 先ほどの光景が脳内に焼き付いてしまい、ヴェルキアは両手で顔を覆いながらさめざめと泣いた。

 そんな様子をさも愉快そうに見ているであろう男に殺意を覚える。


「さて、久しぶりの食事で眠気がひどい。俺は寝る」

「そうか、好きにしろ……」


 そう言い残し男は消える。

 今までの現実では考えられないことが目の前で起こっているが、脳が疲れ切っており深く考える気力もない。


(なぜわしが、こんな目に……夢だ、これは夢に決まっておる)


 ヴェルキアがベッドに倒れこみ、現実逃避をしていると部屋のドアがノックされた。


(だ、誰だ? そういえばあのアホのせいで忘れておったが、ここはどこなのだ?)


 ドアの向こうの気配を探ろうとすると、ガチャリとドアノブが回される音がし、ゆっくりと扉が開いていく。

 入ってきたのはこれまた美少女である。桜の花びらのような桃色の髪に、瞳は鮮やかな紫の色をしていた。

 服装は白のブラウスの上に黒のジャケット、下はジャケットにデザインを合わせたようなスカートという出で立ちである。


(帝国軍の魔術師の服装だが……そんなことよりも、こいつは!)

「お前、昨日兄さまと一緒にいたの?」

(レーヴレギアオンライン十狂人の1人、アスフォデル?!)


 どういうわけかアスフォデルは大きな鎌をこちらに振りかざし、敵意を向けている。

 ここは室内であり戦場ではない。なぜそんなものを持っているのか理解不能である。


「し、知らん。わしは無関係だ!」

「そう、やっぱり。一緒にいたの?」

「おぬし人の話が聞こえておるのかの?!」

「じゃあ殺すの」


 問答無用と言わんばかりにアスフォデルは大鎌を振り下ろした。

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