二章 2032年4月

第14話 2032年4月28日(水)曇り

 あれからもう1カ月は過ぎようとしているが、あのふざけたメニューの連絡以降、一切の音沙汰がない。

 このホテル生活も僕の中ではすっかり慣れ親しんだものとなってしまっている。


 日課として配信と事件のチェックはもちろんのこと。

 ホテルのフィットネスジムにも通い、付け焼刃ではあるが運動が苦手な人間なりに体を動かすこともしていた。

 今日も夕食を1階のレストランで済ませ部屋に戻ってきたところだ。

 ジムで熱が入ってしまい、すでに22時を回っている。


 自分の人生でこんな期間を過ごすことになるとは思いもしていなかった……が、そんな日々は薄型情報端末カードの通知と共に破られることとなる。


 僕は込み上げる吐き気を必死に抑え、薄型情報端末カードの表面を擦った。

 するとホログラムで映し出されたのは卯月プリルだった。


『みんな~! 私に会えなくて寂しかった? うんうん……その気持ち分かるよ~でも安心して? ちゃ~んとみんなのために決めて来たからね?』


 ここまでブレないのはよっぽどキャラ設定に忠実なのか、それともこれが素なのか。


『そ~です! 開催日が2032年4月29日に決定しました~!! ゲームスケジュールはいつも通り! 29日は1時間限定のアピール前哨戦! そして30日が12時~18時の本番だよぉ~!!』


「――なっ!! 前日通達かよ!?」


 思わず叫んでしまった。


 気を抜いていたわけでは決してない。

 だが、これだけ期間があったんだ。

 せめて1週間前に伝えるくらいの配慮があって然るべきだろ……!?


 ライブ配信ではないため、さらに言葉が続く。


『それと~みんなアバター選択してくれたみたいだけど~……今回はアバター能力は利用不可としました~! だからアバターはほんとに外向けの着ぐるみで~す! やっぱりゲームの醍醐味は能力なんかより火力のぶつかり合いにこそあるってみんなも思ってるでしょ~??』


 こいつはなんなんだよ……何にも考えてないんじゃないのか……

 他がどのような能力を選んでくるかは分からないとしても、少なくとも僕はこの能力ありきでゲームのことを考え抜いてきたつもりだ。

 それが前日にひっくり返されるって……


 ただの連絡で人をここまで疲弊させるのはある意味有能なのかもしれない。

 僕はすでに思考が諦めへとベクトルが向いていることを自覚した。


『うんうん! 明日のゲーム開始はいつも通り1時間きっちりの視聴者さんへの顔見せならぬアバター見せのようなものだからねっ! 時間を破ったら~……お腹がぼ~んってなっちゃうから要注意だよ~っ! 明日は9時に連絡を入れるので各自部屋でパッツンスーツ着て待っててね~! それじゃ~またね~!』


 すでにプリルこいつの話をまともに聞く気力は失せていたが、聞かないわけにもいかない。

 最悪の形で決まってしまったゲームだが、条件は他の犯罪者プレイヤーも同じ。

 プリルこいつの言うパッツンスーツとは『ARラバースーツ』を指しているのだろう。

 これとすでに埋め込まれた『ARレンズ』を通すことによって、相手がアバターの姿で映し出されるんだ。


 アパレルショップの店員さんにも顔を覚えてもらえたほど通いつめ、フィットネスジムのインストラクターの人とも軽い会話をする程度には親しみが出てきていたというのが本音だ。

 コンシェルジュの黒直里かしすさんとも気さくな会話を楽しめる。

 僕個人の意見なので、相手がどう思っているかは不明だけどね。


 だが、本来僕のような人間がいるべき場所ではないということも、心の片隅にへばりついていたことも確かだ。


 わずかな希望と言えば、他のゲーム同様に初日は『1時間』という慣れの時間が取られていることだ。

 僕のように喧嘩や暴力に無縁の者にとってはこれがあるとなしでは天と地ほどの差が出てくるだろう。


 何がなんでも明日の1時間を生き残り、そして翌日の本格的なゲームに備えるのが単純にして王道だ。

 武器も投げ銭がいきなり入るわけがない以上、フォークだけならひたすらに逃げればいい。

 配信という行為を自分でしたことがないのが僕の弱みだ。

 配信で投げ銭をする場面は何度も見たことがあるが、正直僕にできる行動の中で何をすれば投げ銭がもらえるか検討もついていない。

 

 ――全員殺すから俺に武器を買わせろ

 ――みんなが応援してくれないと私死んじゃうの……

 ――この武器使ったらどうなるのか見てみたくない?


 投げ銭が集中する者は大抵このような発言が多い。

 どれも僕が自分でアピールできるようなことではないものばかりだ。


 アバターが能力なしになった以上、ねずみに拘る必要はなく、声も喉に埋め込まれたチップで自由に変えることができる。

 だからと言って女性キャラにしたところで目の肥えた視聴者たちには、僕の大根演技など見抜かれる可能性のほうが高い。

 震えた声で全員殺すなんて言ったところで信じてもらえるわけもない。


 僕はアバターを変えることも諦め、ただただ明日への不安を抱えながら眠りにつくしか選ぶことができなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る