第08話 18時20分 5つ星
何から何まで僕の想像を上を行く事態の連続だ。
初めて来た場所ではあるが、ここがどこなのかは僕は知っている。
国内……いや、世界でも有数の5つ星ホテルだ。
その名も『ゲフェングニス・ホテル&リゾート』。
首をぎこちなく振るだけで回りにはセレブらしき人々が優雅に散歩をしている風景が見える。
夕方を過ぎて夜に差し掛かろうとしている時間帯でちょうどホテルに戻ろうとする人たちも多いようだ。
僕がリムジンを降りた場所で固まったままでいると、1人の女性従業員が近づいてくることに気が付いた。
見るからに整った小顔だ。
目尻は長く切れ、美人の忘れ鼻の如く、日本人のような鼻の主張は皆無であり、唇の潤いは言うまでもない。
そんなパーツがシャープなフェイスラインの中に納まるべくして納まっていた。
日本人……だよね? ハーフ?
「失礼いたします。苺谷様でお間違えないでしょうか。
「――え、はい……えっと……」
すごい名前だけど、偽名? 源氏名? だろうか……
僕は挨拶にどう返せばいいのか混乱する頭で必死に考えるも、額から汗を吹き出すことしかできない。
だが、
「お話は
凛とした佇まいでありながら、どこか朗らかさを感じる。
これが一流ホテルの従業員だからこそなせる業なのだろうか。
僕は軽く会釈をしつつ、
受付に付くまでの時間は、僕がこの場に居合わせていることが恥ずかしい、と感じるほど場違いを痛感するには十分な時間だった。
それは服装だけの問題ではない。
時折ラフな服装の人も見かけたが、そのような人は決まって内から滲み出る自信が僕とは根本的に違っており、他のセレブとギャップに感じることもなかったからだ。
「それではこちらルームキーリングとなります。部屋に備え付けの
受付嬢が深々と頭を下げながら僕に告げた言葉だ。
指に装着できるタイプのルームキーを受け取った僕は改めて回りを見渡してみる。
短期宿泊中心のメインホテルではなく長期滞在者向けの第二ホテルだったことは唯一の救いかもしれない。
幾分ラフな格好の人の割合も増えており、この時期でタンクトップはまだ早いだろう……という人も見かけた。腕にバンダナを巻いていたがオシャレなのだろうか。
エントランスホールは吹き抜けになっており、各階から見下ろせるようになっている。高すぎて怖くないのだろうか……
2階部分はラウンジになっており、僕とは無縁な洒落たバーカウンターが見える。
ガラス張りの壁際に設置されているロビーはソファーの数よりもTVやモニターの台数のほうが多い。
今も出かける前の待ち合わせや寛ぐ人の姿が多く、賑わっている様子が伺えた。
およそ一月の滞在だが、その後に待ち受けているモノが違えばどれだけ浮かれてはしゃげたのか想像もできない。
まぁそうでなければこんな豪華なホテルと縁はなかっただろうけど……
僕はいつまでも眺めているわけにもいかないと自分に活を入れ、ルームキーが示す部屋へ足を運んだ。
対して動いてもいないのに疲労がやばい……頭の中もぐちゃぐちゃだし一度軽く寝てから今後のことを考えよう……
張り詰めきった緊張の連続から一時的とは言え解放される、という思いを持って部屋に入ると、そこに広がっていたのは18世紀のフランス様式の装飾が施された客室だった。
ホテルごと、どころか各階ごとに凝ったコンセプトをもって造られていることが売り、ということは知っていたが、僕がこの部屋で悠々自適にくつろげる姿は少なくとも今は想像することができなかった。
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