本心のゆくえ

「どう、って……?」

「だから、今日紹介したペンのことです」

 岡崎は淡々と言うが、ブッコローは意味を飲み込めずにいた。

「え、収録中に話したんじゃないの?」

「それは、ブッコローの真似でしょう?」

 だから、と言って、岡崎は球体に手を置いた。キュル、と音が鳴る。

「この子の感想を訊いたんです。きいて、みたかったので」

 とってもいいペンなんですよ、と岡崎は鞄を探りだす。

「そうしたら、ちょっと考えます、って言うので、じゃあまた今度、って」

 Pが呆然として息をのむ。

「え、じゃあAIはずっとその感想を考えてるってこと……?」

「いや、ちょっと待ってください」

 ずっと黙って聞いていた渡邉が、小さく声をあげる。

「それってつまり、ブッコローさんの模倣とは別に、AI自身の心があるってことですか?」

「あると思いますよ。目が、キラキラしてたので」

 球体に目はない。カメラのことだとしてもキラキラを演出するような機能は、当然備わっていない。

 しかし岡崎は、鞄から取り出したガラスペンを見せ、改めて球体に問いかける。

「これ、気に入ってくれたんですよね?」

 キュルル、と音を立てて、球体が口を開く。

「……ハい。煌びやカな中に可愛サもあって、とテも好ましく感じます。書き味モ、最上級品と比べルと若干なメらかさに欠けますが、使イ込むうチにかえってこの引っカかりに愛着が湧クのが想像でキまス。総合的に見テ、私はこノ商品を気に入っテいるのだト思イます」

 計算に時間を要してすみません、と謝るAIを傍目に、ブッコローは岡崎の手の中のペンに目をやっていた。

 派手な色使いに、捻れたかたち。

 それは明らかに、ブッコローの好みの品ではなかった。

「……ブッコローさんが商品に辛口のコメントをしたり、出演する有隣堂社員たちにツッコむのが面白さとして成り立つのは、それがブッコローさんの本心から来る言葉だからです」

 渡邉は、まっすぐにPを見て言う。

「確かにAIのするブッコローさんの真似は上手です……私には演技だと分からなかったくらい。

 でも、それがAIの本心とは異なるところから来る言葉なら……やめさせるべきだと思います」

「……」

「それが、製品を有隣堂に預けてくださっている製造元の皆さん、そしてチャンネルの視聴者の皆さんに対する、誠意だから……」

「……P」

 声をかけるブッコローに、Pは、わかってる、と右手で小さく応える。

 渡邉の言うことは正しい。忖度なく本音を話すからこそ、ブッコローは受け入れられてきた。

 AIの言葉が本心じゃないのなら、それは綻びだ。今は岡崎にしか分からないようなズレだとしても、AIが学習を重ね、育っていくにつれて、そのギャップは大きくなるだろう。

 そして、いずれすべてが露呈する。

 そうなれば、ゆうせかはおしまいだ。

「それに何より……可哀想じゃないですか」

 渡邉の言葉に、Pは顔をあげる。

「……仰ることは分かります。僕もこのままでいいとは思わない」

 言いながら、ブッコローを見る。目と目が合って、深く息をつく。

「けど、ブッコローの代わりは必要です。もう無茶はさせられない。もう一人、MCがいないと……」

「それさあ、AIちゃん自身にやらせちゃうんじゃ駄目なの」

「いや、AIってだけじゃキャラクターとして弱すぎる。ただの機械だと思われたら、視聴者の信頼も得られない。

 ブッコローじゃないにしても、せめて何かしらのキャラクター性がないと……」

 三人からすこし離れたところで、岡崎は別のペンを取り出して、AIに見せる。AIはキュルキュルと音を立てて応える。

 それは、収録とは似て非なる光景だった。

「……あのう」

 不意の声に、皆の肩が跳ねる。

「ちょっと思いついたんですけど……」

「間仁田さん!?」

 スタッフたちの影から、小さく手を挙げて間仁田が現れた。なぜだか、肩をすくめて縮こまっている。

「いつからいたんすか!?」

「ずっと……ブッコローに着いてきちゃいました」

「何をコソコソしてんすか、泥棒じゃないんだから」

「へへへ……」

「そんなことより!」

 割って入って、渡邉が訊く。

「思いついたって何ですか、間仁田さん」

「ああ、えっと」

 間仁田は、ちょっと思っただけなんですけど、と頭を掻いた。

「ブッコローの妹……ってことにしちゃうのは、どうですか」

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