幕間③

 あぁ、なんでこんなことになっただろうな。

 階段の途中に立っていたおっさんを蹴り飛ばしながら考える。

 正直、カジノで最初に会ったときは変な二人組だと思った。といっても、片方は見えなかったが。この世に本当に幽霊がいるなんて信じられなかった。けど見えないのに聴こえるなんて不可思議なことが起きれば信じるしかなくなった。

 関わったら関わったでどっちも青臭くって見てるこっちの背中がかゆくなるような関係だったせいで、変に世話を焼いちまった。らしくないとは自分でも思ったのだが、なぜかあいつの姿がうちのかわいい息子に被って見えたのが運の尽きだった。

 あーあ、ほんとなんでなんだろうな。

 階段を降りて一階の廊下に逃げてきたにはいいが、前も後ろも集落の人間に挟まれてしまった。廊下にはもう逃げ場はない。だが、まだ捕まるわけにはいかない。……あいつがここから逃げるまでの時間くらいは稼いでやらないと。

 階段を駆け下りてきた勢いに任せて目の前にあった窓をぶち抜いて、屋敷の外に飛び出る。あいつもこれぐらいの勢いでぶつかっていけばいいのに。

 それにしてもあいつが部屋で“運命”とか言い始めた時は思わず笑ってしまった。俺はその言葉が意味する感情を知っていたが、あえてあいつには伝えなかった。そこで俺がその感情を言葉にしてしまえば真面目なあいつはそれを真に受けてしまうだろう。その言葉は俺からじゃなく、あいつ自身で見つけてほしい。そんな風に考えてしまったのも、なんだか俺らしくなかった。


「うおっ!?」

 いきなり横から出てきた木の棒をぎりぎりで避ける。

 普段なら先に音が聴こえるおかげで避けるのも簡単なんだが、ここの集落にいる奴らはどうにも音が濁っていて聴こえづらい。大人は大体音が濁っているのだがここの人間は割増しで濁っている。最近はきれいな音をした若者二人といたせいか、特にそう感じるのかもしれない。

 気がつくと昼間にじいさんと野菜を売っていた中央の広場まで逃げて来ていた。

 広い広場にはこんな狭い集落のどこにいたのかというくらい人が集まり、どいつもこいつも見るからにこっちをにらみつけている。それだけあいつがどこに行ったか聞き出したいわけだ。

「あまり手荒な真似をしたくないのですが、……あの少年はどこに行ったんですか?」

 屋敷から出てきた狸親父が何か言っている。

 あいつの音は特に聞くに堪えない。腹の底にいろいろ汚いものを抱えてる嫌な大人が出す濁ったドブみたいな汚い音がする。

「あぁ?なんか言ったか狸!……俺は男が嫌いなんだ。あんな奴の居場所なんか知るか!どっかで寝てんじゃねぇか?」

 襲いかかってきたやつらを受け流しながら、適当に吐き捨てる。……ていうか、こいつら自分たちのボスがしゃべってるんだから襲ってくるなよ。

 狸の方は、手下に無視されているせいか俺の暴言が気に障ったのか顔を真っ赤にしてなんか言ってるし、なんかもうめちゃくちゃだな。

 まぁ、これだけ俺に注目が集まっているってことは、あいつがうまいこと逃げられたってことなんだろう。

「あーあ、なんでこうなっちまったんだろうな」

 近くの窓に見慣れたにやけ顔が映っていた気がしたが、たぶん気のせいだ。

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