第二話 不思議な卵

 ユースティスは、目の前に置かれた、葉っぱの山を見つめた。

 山のいただきには、子供の頭くらいの大きさの卵が置かれている。

 卵は、ざらりとした表面に、触るとほんのり暖かい。

 そして、何より見たこともない色をしている。

 一見、白い普通の卵にも見えるが、近づいてよく見ると、薄っすらピンク色をしていて、角度を変えて見ると、虹色に光って見えるのだ。

 こんな卵をユースティスは、今まで一度も見たことがない。

 村の図書館にある図鑑を全て調べてみたけれど、どの図鑑にもこんな色の卵は載っていなかった。


「何が生まれてくるのかなぁ。わくわくするね♪」


 アムルが瞳を輝かせながら言った。


(新種の鳥かもしれない。それか、大きなヘビ?

 もしかして……古代種のドラゴンの卵だったりして……)


 一体、何が生まれてくるのだろう、と期待する気持ちは、ユースティスもアムルと同じだ。

 読んだ図鑑の内容を全て覚えているユースティスにとって、自分の知らない生き物がいるということは、新鮮で、胸を熱くするような出来事だった。

 拝殿の掃除当番さえなければ、ユースティスもアムルと一緒にここへ来ていただろう。


 二、三日前、森で二人が遊んでいた時、アムルが見つけた卵をここへ持って来ると言った時には、どうなることかと思ったが、今のところ卵は順調に育っているように見えた。

 最初、ユースティスは、卵を自然のままにしておくべきだと思ったのだが、アムルが自分で卵を孵すのだと言って、ここへ持って来てしまったのだ。


『だって、トカゲやヘビに食べられちゃったら、どうするの。

 この卵には、親がいないんだもの。

 あたしたちが守ってあげなくちゃ』


(トカゲは、卵なんて食べないし。

 ヘビも……こんなに大きな卵を食べられる大きなヘビは、この辺りにはいないと思うけど……)


 そう思いつつも、ユースティスには、アムルを止めることが出来なかった。

 何故なら、ユースティスには、アムルの気持ちが自分のことのように感じられるからだ。


 しばらく二人でじっと卵を見つめていたが、卵が孵化する様子はない。

 それどころか、ぴくりとも動かないので、アムルが痺れを切らし始めた。


「むー……さっきは、本当に動いたんだけどなぁ」


 口を尖らせながら、卵を拳でコンコンと叩くアムルをユースティスが慌てて止めた。


(ちょ、ダメだよ。卵が割れちゃったらどうするのさ。

 まだ寝ているのかもしれないよ。そっとしておいてあげよう)


 アムルは、つまらなさそうな顔をして、傍に置いてあった魔鉱石を指で弾いて遊び始めた。

 じっと卵をただ見ているのに飽きたのだろう。

 魔鉱石は、ユースティスが持ってきたものではなく、アムルが拝殿から持ち出したもののようだ。

 同時に二つも魔鉱石がなくなっていることに気付いたら、樹官長は、どれだけ怒るだろう、とユースティスが考えたところで、はたと自分がここへ来た目的を思い出した。


(……あっ、そうだった。

 僕、樹官長に言われて、アムルを呼びに来たんだ。

 すぐに拝殿へ来いって)


「えっ、モリスがあたしに?

 どどど、どうしてかしら。

 あたし、なーんにも悪いことなんて、してないのになぁ」


 何か思い当たることでもあるのか、アムルは、挙動不審な様子で視線を泳がせている。

 その手が絨毯の端をつまんでいるのを見て、ユースティスは、アムルが何を隠そうとしているのかを悟った。

 やはりこの絨毯は、樹官長に黙って持ち出して来たのだろう。

 でも、ユースティスは、それに気付かないフリをして、首を傾げた。


(とても大事な話があるって、言っていたよ)


「そう言えば……今朝、モリスがそんなことを言っていたような……。

 あはっ、すっかり忘れてた」


 全く悪びれない様子でぺろっと舌を出して見せるアムルに、ユースティスが溜め息を吐く。


(確かこの前も、樹官長にお使いを頼まれたのに、

 水遊びをして忘れて帰ったことがあったよね。

 今度こそ、本当に叱られるだけじゃ済まないよ)


「だーって! あたしは、ゆーくんみたいに記憶力が良くないの!

 ゆーくんの記憶力がすごいんだってば」


 怒っているのか、褒めているのか分からないアムルの気迫に押されて、ユースティスは、頬を赤らめながら肩をすくめた。

 そして、少し寂しそうに笑う。


(……僕は、アムルのことが羨ましいよ)

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