第2話

「そんなに嫌ならさ、バイト休めば? どっか遠くに行こうよ」


 今朝、彼はそう言った。

 名前はジュン。私の幼なじみで恋人。

 コンビニのバイトに行きたくないあまり、玄関で靴を履いたまま動けなくなっていた私に、さらっと提案してきた。


 そんなの出来るわけないじゃん。みんなに迷惑かけるでしょ。

 いつもならそう返すのに。


「分かった」


 私はそう答えていた。

 頭より先に口が動いた。


 私が自分の言葉に驚いている間に、ジュンは後ろに手を回してエプロンを外した。

 それからサイフを持って、サンダルを履いて、


「じゃあ行こっか」


笑った。







 バイト先には連絡しなかった。

 あっちから電話が来るのが怖かったので、スマホは家に置いてきた。


(店長、怒ってるだろうな)


〝使えない奴〟

〝低能〟

〝クズ〟


 って、私の悪口を言いまくっているんだろうな。


 でも何でだろう。驚くほど心は落ち着いていた。あの気分屋ですぐに他人を怒鳴る店長のことを考えているのに、とても穏やかな気持ちだ。ガタン、ゴトンと揺れる電車の音も無性に優しく聞こえて、今なら睡眠薬が無くても眠れそう。


 隣に座るジュンを見た。


 これからどこに行くのか、何をするのか。ジュンは何も言わなかった。私も何も訊かない。


 分かるから。



 ジュンは今日、私と一緒に死のうとしている。



 それは何ていうか、「たぶん今日、この人とセックスするんだろうなぁ」みたいな感じだった。



 誰かと出会って、食事に誘われて、告白されて、付き合って、何回目かのデートの時に〝そろそろホテルに誘われるだろうな〟って時の予感に似ている。



 電車が停まった。随分と遠くまで来たけど、ジュンはまだ降りようとしない。


 向かい側の席にいた人がみんないなくなった。


 さらにしばらく経った時、ジュンが私の手を握ってきた。

 外でこういう事するのは恥ずかしくて苦手だけど……。今は別に良いや。


 合意だ。


 これは合意の上での行為だ。

 イヤなら、こんな風にのこのこ付いていかない。


 あとはもう、流れだ。


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