最悪の終わりと、最高の始まり

えす

第1話

ミーン、ミーン―


1年生、夏。

耳を劈く蝉の鳴き声が響く。

しかし俺には、そんな声はほとんど聞こえない。

性格には、聞くほど余裕がないのだ。

現在、俺が聞き取れる音は、自分の心臓の音。

今にも破裂する勢いで脈がハネる。


「はあ、大丈夫。大丈夫だ。この日のために色々準備してきたんだ...」


誰に聞かせるというわけでもない決意を口にし、少しでもこの拍動を抑えようとする。


「...よし」


俺は覚悟を決めて、目の前のドアに手をかけた。

もう殆どの人間なら察するだろう。俺がこれから、何をしようとしているのか。



そう、告白だ。



俺は5年間、片想いをしている相手がいる。

幼馴染である、汐見彩花。

彼女と同じ高校に入ったら、告白しようと決めていた。

そして、それはもう目の前である。


「...彩花」

「あ、彩人。もう、人呼んどいて待たせるとか酷くない?滅茶苦茶暑かったんですけど」

「...ああ、すまん」

「まあ、別にいいけどさ。で、なに?話って」

「ああ...」

「...彩人?」


不思議そうに俺を見つめてくる彩花。


「っ...俺、彩花の事が好きだ。俺と、付き合ってくでさい」


やっべ、噛んだ。


「...ぷっ、あっはははっ。なに?くでさいって。まさか告白で噛むなんてっ、あは、ははは」


耳まで赤くなるのがわかる。俺だってまさかここで噛むとは思わなかった。

そしてそれを笑われたことにより、一層恥ずかしさが増す。

まあ、そのマイペースな所も好きではあるんだけどな...


「...ああ、悪い。で、答えを聞いてもいいか」

「...うん、えっとね...ごめんなさい。私、好きな人がいるの。私、青山くんが好きなの」




人生最大の告白で玉砕した俺は、とぼとぼと帰路につく。

その顔には、全く生気がないのが自分にも分かる。

なんか、この世の終わりを体感しているみたいだ。

歩く度に足取りは重くなり、鉄球が何個も括り付けられているような感じだ。


「なんで...よりにもよって、なんであいつなんだよ...」


彩花が好きだと言った人物。愛斗とは、俺の親友の名前だ。こいつとは3年の付き合いで、今回のこの告白の為に色々協力してくれた人間だ。

彩花に誕生日プレゼントを買う時も、恥ずかしくて聞けなくて愛斗に聞いてもらったり、彩花の好きなタイプを聞いてもらったり、色々と俺と彩花の仲を取り持ってくれていた。


「ああ、そうか。そりゃそうか」


淡々と独り言を呟く。

よく考えてみれば、彩花が愛斗を好きになるのも無理は無い。

俺には覚悟が無かった。彼女と向き合っていたつもりだったが、彩花から見るといつも向き合ってきていたのは愛斗だった。

俺が、俺自身が彼女と向き合っていれば、こんな結果にはならなかったんじゃないだろうか。

そんな、もうどうしようもない後悔と焦燥、それらを感じながら、足を進める。




家に着くと、1件のメッセージがきていた。


「...今見たくねえのに...」


送り主を見ていると、なんともタイムリーなことで。俺の親友、愛斗だった。

おそらく、告白の結果はどうだったとかそういうものだろう。

正直、見たくない。返信したくない。返信したら、この現実を受け入れないといけないから。

しかし、仮にも親友のメッセージを無視することはできず、彼との個人チャットの画面を開く。

そこで、俺は驚嘆した。


「...は?」


『悪いな、俺、汐見と付き合うことになった』


もう、なんの文字が書いてあるのかも分からなかった。これは本当に日本語なのか?

理解したくないと脳が訴えかけてくる。しかし、嫌でも理解してしまう俺がいる。

そして、次にまたメッセージが届いた。


『俺さ、元々汐見が好きだったんだよ。そんで、お前のこと利用した。お前の気持ち知ってたけど、選んだのは汐見だから、仕方ないよな』


徐々に俺の頭に血が上っていくのが分かった。

もう瞬きを忘れてしまうほど、呼吸も忘れてしまうほどに画面を凝視した俺は、気付いたらスマホを壁に投げていた。


なるほど。

絶望に絶望が重なると、人間とはこうなるのか。

正直、涙は出なかった。心には虚無感と消沈しかなかった。でも


「...はっあっはははは。あっはっはっははは」


親友だと思っていた人間が裏切り、好きな人は取られ、これ以上の絶望が他にあるか?いや、ないだろう。


「ははは...ああ、そうか。分かったよ。...お前らがそうするんなら...俺は」


俺は、人を殺すような勢いで、学校の教科書やノートを開く。


「決めた。...絶対、見返す。復讐、してやる...」


勉強することでどう復讐するのか。

正直俺には分からないが、とにかく今は、何かをしていないと怒りと憎悪で周囲に悪影響を及ぼしてしまう危険性があった。


俺の生きる理由は、今まで彩花だった。彼女のために生き、彼女のために死ぬ。それが当然だと思い込んでいた。

しかし今回のことで、変わった。


「青山愛斗...絶対に、後悔させてやるよ...」


もう絶望は味わった。なら、ここからは右肩上がりにしかならないはずだ。

そう自分に言い聞かせ、筆を進めた。


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