4.本当にいたヒロイン

ジョセフからの報告は想像以上に早かった。


「カイル様。セシリア・ロワール男爵令嬢は実在致します!」


勢いよく僕の執務室に入ってきたジョセフが、息を切らしながら報告書を手渡した。


「カイル様のおっしゃった通り、セシリア嬢はロワール男爵の妾との間に出来た娘です。ずっと大切に市井で囲っていたようで、生活には何も困っていなかったようです。娘も父親である男爵に溺愛されているようでした」


僕は受け取った報告書を読みながら、ジョセフの報告に耳を傾けた。


「去年の春に男爵夫人を説得してセシリア嬢だけ屋敷に引き取ったようです。いずれ正式に令嬢として迎え入れ、来年はカイル様と同じく王立学院に入学するでしょう」


「ふーん、驚いたね。クラウディアの予言通りだ」


「ぜんぜん驚いておりませんよね・・・?」


頬杖を付きながら報告書を眺めている僕を、ジョセフはなぜか不服そうに見る。


「そんなことないよ、驚いてるさ。ご苦労様、ジョセフ」


僕はジョセフに礼を言うと、丁寧に報告書を机の引き出しにしまった。


「将来、僕はこの子と結婚するわけか。クラウディアを捨てて」


「カイル様・・・? 何をおっしゃっていますか・・・?」


「だって、予言通りならそうなるからね。どうやら可愛い子らしいよ。僕が夢中になるかは分からないけど」


「ちょっと待ってください! 予言通りならそうなるって! カイル様は予言通りになさるおつもりですか?! 何言っちゃってるんですか!! 相手は男爵家! しかも妾腹! ランドルフ公爵家に相応しくないでしょう!!」


ジョセフは信じられないとばかりに喚き散らした。

うるさいな。僕も信じたくないよ。


「そりゃね、確かにですね、クラウディア様の外見は見目麗しい絶世の美少女というわけではありませんが・・・、ちょっと丸くって、ちっちゃくって・・・」


「それ以上言うと、お前の手首が飛ぶよ」


僕は壁に飾ってある剣に手を伸ばした。


「違いますーっ! 小さくて可愛らしいと申し上げたいんですー! 個性的な可愛らしさをお持ちです! クラウディア様は!」


個性的な可愛らしさね。普通に可愛いって言って欲しいけど。


「私のこのような一言でお怒りになるほどお気に召しているクラウディア様を捨てるなんて、カイル様がそんなことなさるはずがないでしょう!」


まあね。でも・・・。


僕は立ち上がって、窓辺に近づいた。

そこからは我が家の美しい庭園が見える。

クラウディアもお気に入りの庭園だ。ロイス伯爵家のものと趣が違って楽しいと、遊びに来るたびに連れ回された。


「いいや、ジョセフ。これではっきりしたよ。僕とクラウディアが結ばれることは無いってことが・・・」


庭園の中心に噴水がある。

あそこでも妄想物語を聞かされて、「王子様!」と呼ばれたことがあった。

懐かしいな。


「まだ、ここだけの話だよ、ジョセフ。もともと僕は将来的にはクラウディアとの婚約は白紙に戻す予定だったんだ」


「は・・・い・・・?」


「自分の中だけで決めていたことだからね。だから、クラウディアに先に言われた時は、さすがに驚いたよ」


「何を・・・、おっしゃって・・・」


ジョセフは言葉を詰まらせた。どうやら驚き過ぎているようだ。

ただ、今の僕は彼の方を向けないからジョセフがどんな表情をしているかは分からない。

僕はきっと情けない顔をしているから。そんな顔を見せたくはない。


カーテンをギュッと握りしめて、ひたすら窓の外を見つめた。

庭園内を走り回る男の子と女の子が見える。小さい頃の僕たちだ。


「クラウディアと結婚できないなら、相手は誰だって構わない。そのヒロインでもいいさ」


逃げる男の子を丸くって小さい女の子がチョコチョコと必死に追いかけている。

男の子は素直に捕まってあげればいいのに、女の子が手を伸ばした寸前でパッと逃げる。

それでも女の子は泣かないどころか、キャッキャと笑って追いかけてくる。


そして最後には僕を捕まえてこう言うんだ。


『捕まえましたわ! 王子様!』


ごめんね、ディア。

僕は君の「王子様」にはなれないんだ。

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