脳筋砂魔術師は仕事に戻りたい

K一郎

第一章 何ものにもとらわれず

第01話 特命一級刑事

 見上げると男がビルの側面を蹴って登っていくのが見えた。

 前世でならば驚いたシーンではあるが、この世界ではまれによくある。討伐者崩れだろうか。

 それを追って屋上まで駆け上がると、ホイッスルを鳴らして男の注意を引く。

 追いすがってきた警官に目を見開く不審人物。



「警察です!停まって壁に手をつきなさい」



 舌打ちして向かってくる男は、脇を締めて拳を顔の前に突き出す構え。

 ピーカブースタイル。

 顎への一撃ノックダウンを防ぐには世界を越えても喧嘩で有効だ。

 ショートジャブを繰り出しながら軽いフットワークで距離を詰めてくる。

 ただし前傾姿勢はとらない変則スタイルで、頭以外はがら空きと言っても良い。

 よほど物理障壁バリアには自信があるのだろう。



 男の顔から目を離さずに丁寧にジャブを躱しつつタイミングを待つ。

 足が地面を踏む直前にヒョイと外向きに軽く刈る。いわゆる出足払いである。

 たたらを踏んで動きが止まった一瞬で、腕を押しのけ身体を縮めて男の懐に侵入する。

 思わず踏んばってしまった足は当然に即座には動けない。男は距離を離すため更に足を踏み込んで後退しようとするがそれは悪手だ。動物相手じゃないんだ、むしろ押し込んでこい。

 今度は逆足も刈り取りつつ背中で体当たり。下敷きにする形で倒れ込む。

 二人分の体重で後頭部を強打して怯んだ相手にのしかかりマウントを取る。顎の下に肘を差し込んで頭を押し上げる形で抑え込んだ。



「これ以上抵抗するなら痛い目を見ることになりますが、よろしいか?」



 後頭部強打は前世なら命の危険すらある攻撃だが、今世の人類は強靭だ。この程度は痛い目には含まれない。

 ここからでも逃げるパターンはあるが、観念したのか大人しくなった。ように見えた。



「痛い目をみるのはてめぇだ、ワンコロ!」



 ズボンのポケットからなにやら棒らしきものを取り出し、俺に押し付ける。

 ブォンと音を立ててビームサーベルのような光の剣が溢れ、ずに四散する。



「っっっ!?不発か!!」

「ただの魔術障壁シールドですよ」

「シールドがそんな強いわけあ!」



 入れた肘でゼロ距離から顎を撃ち抜いて男を黙らせる。脳震盪で一件落着。

 身体強化パワーで強化された身体にも、強化ごりおしで対抗できる。



「巡邏1203よりCP。魔動具で武装した不審者一名を確保」

「CPより巡邏1203。護送車を回す。現在位置を送れ」

「現在位置は北区・・・」




 ────────




 俺の名はフェン、いわゆる転生者だ。

 科学しかなかった世界で暮らしていたのだが、気がついたら魔法の存在する世界で子供になっていた。

 田舎の狩人を営んでいる両親の五兄妹の真ん中に再び生まれた俺は、まあ普通の子供であった。


 転生して嬉しかったのは視力。斜視なども無く、ものがよく見える。これも身体強化なのか、今世では眼鏡を使っている人間は居ない。

 一部の性癖の転生者ならば憤死しそうだ。


 生前は眼鏡で矯正してなお採用基準に届かない視力で、警察官になるのは諦めた。警察官に憧れていたのは父親の影響からだ。

 花形の刑事などではなく派出所勤務だったが、母を病気で無くしていた俺にとって父は憧れだった。なお父は普通に定年まで勤めて83まで生きた。

 酔っ払うとよく警察学校の宣誓を諳んじていて、いつしか自分も覚えた。

 俺は理系の大学を出て技術職として一般企業に務め、そして定年間際で前世は終わった。

 のだろう。記憶にはないが。



 さて、それで話は魔法の世界という話だ。

 田舎とか転生とか魔法世界とか、普通ならば中世の極貧生活を想像するのだろうが、世界はおおむね平穏である。

 人口もかなり少ないために戦争もない。どれくらい少ないかと言えば、大陸全てを合わせても五千万といったところで、大国と言われる我がエルダウェイですら紀元から二千年以上経った今でも五百万人に届かない。あやふやな歴史ではなく魔族院による年ごとの歳時記録で、千年前からは戸籍も始まり人口統計も付随している。半径最大六百キロに及ぶ広い国土の大部分はいまだ人跡未踏の山野である。(もちろん単位は違うのだが面倒なので前世に倣って語る)


 集積回路など高度な電子機器こそまだ普及していないが、冶金学や工作機械の精度から見て20世紀後半くらいの技術はありそうだ。電気上下水道風呂完備。

 どれもこれも理由がある。要するに必要性が異なっているだけだ。

 特に医学では再生医療まで実用レベルに達し、前世を完全に上回っている。

 ・・・これはが異なっているだけだ。



 前世と今世の違いについては、まずは内燃機関など動力科学技術の発展が遅れていることから説明するのが良いかもしれない。

 この発展の遅れは端的に言うと魔法のせいだ。列車は数百年から主に貨物輸送に使用されている。しかし公共交通機関としては一日数本という便数もざら、という閑古鳥だ。

 何故か?というと需要が今ひとつなのだ。これもまた必要性による。



 この世界の光景を見てみよう。

 自動車の速度で何時間も走り、数メートルをジャンプし、岩を持ち上げる。

 強いぞ!。なお鍛錬次第ではビルも駆け登れる。

 徒人と呼ばれる普通の人間が持つ身体強化ですら、テレビドラマで見たバイオニックソルジャーもしのぐ。

 これでは下手な動力機械を用立てるよりもはるかにコストが安い。耐久力も持久力でも。

 隣の都市まででも散歩気分で踏破出来てしまうのでは、公共交通機関としてあまり繁盛しないのは仕方ないだろう。

 交通事故?貨物車両に人間が衝突して損害賠償することだろうか。たまにある。

 障壁バリアで覆えない機械は繊細だから仕方がないですね。


 なお、航空機は存在はするが、これも技術的な問題ではなく危険性ゆえに実用化されていない。証拠として弾道ロケット機や成層圏ジェットならば、ごく一部で実用化されているのだが。理由は後ほど。



 そんなこんなで、こうなると通常の建材での家屋など屁の突っ張りにもならないのでは?と思うかもしれない。

 しかしたとえば江戸時代で、薄い障子にどんな直接的な防犯効果があっただろうか?

 障子は障子としてそこにあるだけで、とりあえずの役を果たす。なにより冷暖房性能が大きい。


 もしも強盗に押し入られたらどうするのか?

 防犯意識はさておいて実のところ、この世界に過剰防衛という言葉はあまりない。強盗に対する備えは基本的には実力行使が推奨される。

 大丈夫ぶん殴れ。怪我で死ぬことは滅多にない。死んだら弱い強盗が悪い。


 意識を持つ限りだが、障壁バリアという保護フィールドを生物は備えている。外傷の保護だけでなく、暑さ寒さから一酸化炭素など有毒ガスの緩和まで備えているところからみると、身体恒常性機能の一種だろうか?

 バリアもシールドも身体強化も任意で発動をカットできる。さもなければ床屋で髪を切ることすらできない。おそらく風呂で垢を擦っても落ちないだろう。

 そのため、気絶すると障壁バリアなどは効果がなくなるのだった。

 また、植物や無機物など意識を持たない相手には見られない特性だ。


 だから、この世界の戦闘者はまず気絶しないように頭を守るし、気絶するまで殴りつけるためにはコツが必要になる。当たりどころだ。

 バリアはバリアで中和され、これを突破してなお身体強化という鎧がある。身体強化を突破するためにはそれこそ、が必要だろう。

 そこまで意識して殺さなければ人は死なない。結構高い建物から落ちても骨折程度で済む世界なのだ。


 他には日除けカーテンという能力もあり地味に便利だ。日傘がいらない。携帯無線にも干渉するので電磁波を遮断するのだろう。話が逸れたがそのために音響閃光弾フラッシュバンも効果は期待できず実用化されていない。多少は眼が眩むとは思う。



 こんな状況であるから、家畜化されたダチョウや二足歩行トカゲは平気で時速にして百数十キロを叩き出し、苦もなく開墾し畑も耕す。このため農業機械も出番はない。

 しかし、馴致されていない野生動物はヤバい。

 個体差が激しいので一般論ではないが、石垣や鉄製のフェンス程度では跳び越えるし体当たりで壊す奴もざらだ。

 もっとも石垣にバリアはないので、人間でも壊すことはできる。


 こんな相手に人類は勝たねばならない。

 前世で人類躍進を助けた投石や槍。これらの飛び道具はバリアのため今世ではあまり戦力にはならない。爆発物すら同じだ。

 繰り返すが決定的な威力を持つのは互いのバリア内まで近づいて殴ったり斬ったりすることだからである。

 バリア同士でこう、なんとなく防御が弱体化する。理屈は知らない。だから集団で囲んで殴り倒せ。罠に嵌めれば少なくとも機動力はそこそこ弱体化する。

 勝ち続ければ動物も警戒して近づかない。あれはヤバいとわからせるのだ。



 しかしながら、あろうことか動物にもまれに火や氷など魔法を使う奴が発生する。

 こいつらは魔法を使うため魔獣と呼ばれる。


 朗報だが魔法は徒人や野生動物には耐性が強く、効果が薄いという事実がある。

 この耐性のことはシールドと呼ばれる。魔法の現象から遮蔽シールドされているからだ。バリアの魔法版である。


 効果が薄いなら問題は無さそうだが、実は問題はある。

 魔獣は身体強化の程度も大きく、ゆえに強靭で巨大化しやすいことだ。被害も。

 先程の航空機が無い理由だが、ときおり縄張り意識の強い鳥がぶち切れて喧嘩を売ってくるためだ。恐ろしくて飛べない。成層圏や大気圏外くらいだ。


 今生の父親は猟師だが、これは野生動物専門である。

 魔獣はさすがに手にあまるため、軍人や討伐者とよばれる専門職が当たる。

 魔法もあるとはいえ、このように基本的には肉弾戦で対処しなければならないので、魔法世界というより脳筋世界と考えたほうが合っているかもしれない。



 このシールドは先にも言ったが、これが強い生物は魔法が使えないというのが一般的な常識となっている。自分の魔力もシールドしてしまうからという理屈とされる。


 では人間は魔法を使えないのか?


 もちろん使えるやつはいる。実は自分も使えるクチだ。

 逆説めいているが先程に述べたように、魔獣や魔術師はシールドが弱いために魔法への耐性が低いのが常識だ。

 よって魔獣に対する切り札は魔術による攻撃となり、人間の群れの中で魔物を効率よく倒せるのは魔術師という話になる。


 魔獣と同様に身体強化も強く、魔術以外の弱点は少ない。しかし不思議と魔獣のように巨大化はしない。おそらく多くの魔獣は一代限りの突然変異であってサイズ的に繁殖困難なのかもしれない、と勝手に推測している。社会的な動物である人族魔術師にとって繁殖に不利な巨人化傾向は淘汰されてしまっていると考えるなら妥当だろう。


 徒人がタンクとなり、後衛の魔術師がダメージを叩き出すという魔獣にはない戦術で、人類は一応この大陸での繁栄を謳歌している。

 強靭な魔術師は当然に発言力も高くなり健常ゆえに寿命も長く、よって国の上層部には魔術師が収まることが多くなる。

 このように魔法はこの世界の社会構造までも大きく左右している。



 ともかく魔獣ヤバい。魔術師エラい。全員脳筋。とだけ覚えてくれ。

 これがこの世界で暮らしていくための常識だ。





 そんな俺だが、今生では七歳にして王国エルダウェイの魔族狩りに捕まった。

 いや、魔族狩りと聞いて剣呑な想像をしてしまうだろうが、それは間違っている。わざと誤解するような事を言った。すまない。

 何故なら、王国は魔法大国。魔術師こそがエリートの国である。


 中でも特に優れた魔術師は魔族として叙爵される。

 魔族とはいわゆる貴族のことを意味しており、つまり俺は貴族候補として強制徴募を受けたという事になる。

 魔族になれなくとも六年の学院生活の後に王国に採用され、学院卒の肩書は将来の幹部を意味している。

 これを口さがない者はエリートへの反発をこめて魔族狩りと呼ぶのだ。

 魔族もこれを面白がって取り締まらず、魔族狩りは非公式の呼び名として定着している。



 俺は何故だか分からないがシールドが強いのに魔法が使える。

 ただし使える術は目潰し。いつでもどこでも一握りの砂を出せる魔術師だ。すごいだろ笑えよ。口さがない悪友は奇術師とからかう。殴った。

 魔族狩りの基準はシールドの強度と魔術出力の掛け算も考慮され、カスのような魔法であってもアホみたいなシールド出力との掛け算は選考基準に達した。十掛ける百も、千掛ける一も、どちらも千には違いない。前代未聞と聞く。

 残念ながらそれ以上の大した魔術は発動できなかったため、卒業時では候補生の九割である一般職が居場所だった。

 これが魔術能力が認められた一部だったならば、更に四年の幹部用の高等教育が追加され高級職として軍などに配属される。



 一般職は軍か内勤のどちらかに志願するのだが、俺は魔術戦闘力的には底辺であったため軍からは勧誘すらなかった。

 内勤はおおまかに行政に司法。

 行政関係の産業省・交通省は生前に勤務していた技術関係の職ではあったがあまり乗り気にならなかった。

 何故かといえば、警察官という職がこの世にもあったのだ。

 司法省警察局。生前に憧れていたが身体的に望めなかった警察官、俺は喜んで警察に拝職した。腐っても学院卒である。一も二もなく採用決定。

 さっき言ったな、残念ながら?

 むしろ適性が薄くて良かったまであったわ。勝ち組じゃね?



 そして三年の警察局警邏部勤務を経て、このたび刑事部に栄転を果たすことになる。十六歳でこれはかなりの栄誉だろう。子供警官転じて子供刑事。笑える。

 もっとも魔族教育課程の卒業資格持ちはいわゆる准キャリアなので、まあ前代未聞でもない。

 魔術師優遇は国是であるため、考査に下駄を履かせてもらえてるだろうし。



 とにかく、三級刑事としての日々が始ま・・・りはしなかった。




 ────────




「・・・何でしょうかコレは?」



 着任のため出勤したところ、すかさず呼び出された会議室。

 警視長の記章をつけた男。

 なんでお偉いさんが?彼が上司となるのだろうか。

 もう一人、制服も着ていない男がニコニコと並んで座っている。

 見せられたファイルには一人の男の経歴が書かれていた。

 いわく、


  ブラッド・ソーン

  ・魔族の家系の当主候補だったが魔法能力が基準に達せず魔族選考から落選。

  ・くすぶっていたが家中から志願した者とともに討伐者に志願。

  ・実家との距離感は良好、装備等の援助あり。



「貴殿の新しい名だよ、そして討伐者としての潜入捜査の任が与えられる。

 他のは歳が行き過ぎているのでな」



 なるほどなるほど、二十も過ぎて討伐者になろうなんて不自然だからな。

 潜入捜査?なにやら不穏さが感じられる事態なりゆきだ。



「フェン・バルド殿、貴殿を特命一級刑事に任ずる」

「・・・一級刑事?拝命いたします」

「んんっ、特命とは任務中にチームの長としての職権を与えるための方便である。

 貴殿が主体として動くには必要なものだ・・・

 俸給は変わらんが管理者と危険の手当は支給されるぞ」



 まってくれ。危険手当?

 討伐者として魔獣と直接対峙させる気か、このオッサン!



 討伐者とは討伐者ギルドに所属して開拓業務を請け負う個人を指す。

 開拓と言っても要するに害獣駆除である。

 討伐者ギルドは人類領域の拡大のため国からの依頼を受けて森林を開拓する、そのためには魔獣の駆除が必要となる。

 開拓業務を請け負うのが討伐者ギルドで、開拓者はその下請け業者という形だ。

 物語では資源として魔獣を狩るのが討伐者と誤解されやすいが間違いだ。

 一度きりの魔獣資源よりも開拓による膨大な利権が、数千年の昔からの討伐者ギルドの主な収入源となる。

 危険は大きいが、利権からもたらされる様々な報酬は討伐者へのインセンティブとなっている。貢献度配当は俺もほしい。



「バックアップとしては公安部などが担当する。

 元討伐者の魔術師要員もアドバイザとして用意しているし、軍からも人員が出る。

 君の役目は未公認の攻撃魔動具の流通網と製作者の内偵だ。

 同時に今後の討伐者関連への潜入捜査の取っ掛かりとする。

 まず一ヶ月の訓練を受けてから捜査開始だ」



 公安部は社会的な脅威対象に対する監視を主な任務としている。

 しかし、主業務である監視では直接的な交戦を想定していない。

 少数の正面戦闘職がポイントマンとして潜入し、万が一の事態の損失を防ぎ帰還することが求められる。そのため実働では武装警察官がその任にあたる。

 俺の戦闘傾向クラスは隠密と生存性に優れているからこその任務だろう。

 隠密といっても装備的な制約が少ないことを意味している。

 軽装での格闘に重きをおいて訓練されていて、障壁シールドを始めとしてかなりの防御が期待される。

 ある意味、討伐者向きな能力であった。



「質問はあるか?かまわんよ」



 疑問に感じたのは二点。



「まず、若輩の本官が指揮官なのですか?」



 一級刑事の職権ならば四名の部下が配下につくのだが、あいにく部下を持った事など無い。

 管理者研修は受けてはいるが、不人気な巡邏部には後輩の配属もなく、全くの新人なのである。



「貴殿は学院出だからな。幹部研修の実践みたいなものだよ。まあ組織的な密売の気配もみられない静かな問題だからちょうどいい。

 問題のブツは戦闘用の魔動具ではあるが出力からの脅威度はそれほどではない。対魔獣用だな。至近からの直撃でも徒人には致命傷にはならん程度という解析がなされている。

 しかし流通がよくわからんので調べろと産業省のほうから要請が出ているのが捜査理由だ。あそこはいつもそうだ」



 要するにボンボン少尉の訓練に古参兵が付いたような感じか。

 生き残りたければ忠告は尊重しなくちゃイカンよな。前世の書籍で学んだ。

 巡邏部でも先輩を立てて色々と学ばせてもらった。



「あと、討伐者関連ですか?討伐者ギルドの縄張りですから良い顔されないのでは?」

「だから潜入捜査だよ。公安は幾人か入れているが、討伐者業界は手が回っていないのが実情だ。なにより基本的に討伐者でなければ開拓地域キャンプで自由に動けんのだ」



 どうやら俺は本格的に討伐者の仲間に入らされるらしい。

 キャンプに入るということはフリだけではなくガチである。

 後になって思い返すと、ここで間抜けだったのは、潜入捜査があれほど長く続くことになるなど、全く予想していなかったことだ。警視長も言っていたようになのだ。


 ところで、あのニコニコ顔の人、なんだったんだ?



 ────────




「あの者でよろしかったのでしょうか?」

 フェンを送り出した応接室で警視長が尋ねる。

「彼は特殊ですので。横槍は重々申し訳ありません」

 深々と謝辞を述べる。

「特殊ですか?しかし、調査票によるとなんですか『砂魔術?』クラス1評価の魔術ですね?牽制には使えなくもありませんが、普通に砂を拾って投げれば済むので微妙なところでしょう?それより彼の評定からは管理部門に欲しいという要請が」

「そうなのですけどね、ふふっ。実は彼のシールドはおよそ類を見ない限界強度が記録されています。クラス6の暴発事故でも一週間で復帰したと。

 それでうちの所では注目していまして。ちょっと実戦を積ませたらどうかと」

「対魔術攻撃耐性が理由なのですか・・・とりあえず討伐者としての適性は高いようですねそれは。あのですね、しかし・・・」



 ─── とびぬけた魔術障壁、その上で・・・彼は魔術が使えるのですよね



 魔族院の研究部門の重職を務める彼は、なんとか撤回を求める警視長を宥めながらひとりごちた。

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