秘密の隠蔽会議
「そろそろ落ち着きましたか?」
「はい。その、重ね重ねすみません」
「まったく、マスターはいつまで経っても子供っぽくて駄目デス! ワタシのようなレディーを見習って、早く大人になるのデス!」
「テメェ……」
「クルトさん?」
「アッハイ。本当に申し訳ありません……ぐぬぬ……」
人を小馬鹿にしたような顔で見てくるゴレミにテーブルの下で拳を握りつつ、俺はリエラさんに謝罪を重ねる。するとリエラさんが呆れたような、だがちょっとだけ楽しそうな笑みを浮かべてからその口を開いた。
「ふふっ、もういいですよ。でもこれでクルトさんもわかったのでは? こうして横で話を聞いているだけでも、ゴレミさんの思考能力は人間と差がありません。もしもその姿を見ずに会話だけを聞いていたら、誰もゴレミさんをゴーレムだとは思わないでしょう」
「モチのロンなのです! ゴレミは最高で最強で――」
「それはいいから。でもそのせいで、何かこう……ヤバい感じになりそうなんですよね?」
グイグイ押しつけてくるゴレミの頭を押しのけながら問う俺に、リエラさんが真剣な表情で頷く。正直何の実感もわかないんだが、それでもギルドの受付嬢をやってる人がわざわざ別室を取ってまでしてくれる忠告を聞き流すほど俺は馬鹿じゃない。
「となると、どうするのがいいんでしょうか?」
「探索者ギルドの職員として一番お勧めできるのは、ギルドに譲渡することです。売却だとクルトさんが大金を得ることでそれを狙う悪漢に襲われる可能性が高まりますし、保管だとクルトさんを殺した後、遺書なり遺言なりをねつ造してゴレミちゃんを手に入れようとする輩が出てくるでしょう」
「おぉぅ……いやでも、それ俺が一方的に損してません?」
「命が助かるうえに、ギルドに対する貢献度が一気に稼げますよ? もし探索者を引退したら、犯罪者落ちでもしてない限りほぼ無条件で採用されるくらいには」
「それは……」
探索者ギルドの職員というのは結構なエリートだ。流石に王城の近衛兵とかには敵わないだろうが、一兵卒と比べるなら、報酬も待遇も社会的地位もギルド職員の方が上になる。
そこに無条件で就職できるというのは確かに凄いが……しかし俺は静かに首を横に振る。
「申し訳ありませんが、その提案は受けられません」
「そうデス! ゴレミはマスターのものなので、他の人のものになんてならないのデス!」
「その結果、死ぬかも知れなくてもですか?」
確かめるように問うリエラさんに、俺は迷いなく頷く。
「勿論! 俺だって死にたいわけじゃないですけど、死ぬかも知れないって理由でチャンスを手放して安全な道に走るくらいなら、そもそも探索者なんてなってませんよ」
死を許容などしないので、絶対死ぬならそりゃ情けなくても逃げ出すし引き返す。だが死ぬ可能性から逃げてしまったら、俺はもう何処にも進めなくなってしまう。
立ち止まったらそこが終わりだ。ならば踏み出せ。そうすればたとえ死んだとしても、お前の死地は一歩先となる――幼い頃に村で聞いた、何処の誰ともわからない、酔っ払った先輩探索者の言葉……それが俺をここまで連れてきた、俺のなかに根付く生き様なのだ。
「なんで、すみませんリエラさん。せっかく心配してくれたのに……」
「フフフ、構いませんよ。私も言ってみただけで、本当に受け入れてもらえるとは思ってませんでしたから。
それに現状、ゴレミちゃんは性能が高すぎるせいで、すぐには本物のゴーレムだとは思われないでしょう。いえ、ゴーレムはゴーレムですけど、もう何度も言った通り<人形遣い>などのスキルで遠隔操作されていると思われるでしょうね。
なので、私個人としてはそういう感じのカバーストーリーを考えておくのをお勧めします」
「ほほぅ? それはつまり――」
「ワタシがマスターの愛人として振る舞うということデスね!」
「なんでだよ!? 愛人要素どこから出てきやがった!」
「むぅ。なら隠し子デスか?」
「幾つだよ!? 俺一五歳だぞ!?」
「そこはほら、マスターは五歳くらいの時にやんちゃしたってことにすれば」
「無理に決まってんだろ! てか実現する方向で検討するなよ! そもそも捨てろ! 隠し子路線を!」
「じゃあやっぱり愛人――」
「せめて恋人――あっ!?」
思わず口走ってしまった言葉に、ゴレミがニンマリと邪悪な笑みを浮かべる。
「ふっふー、言質を取ったデスー! じゃあゴレミは、今からマスターの恋人デス!」
「ちがっ、んなっ……あーっ!」
「あはは……あの、あまり奇抜な設定だと誤魔化すのが難しくなりますし、妹……だと年齢の問題があるんで、幼なじみくらいがいいんじゃないでしょうか?」
またしてもアホな言い合いを始めてしまった俺達に、苦笑しながらリエラさんが提案してくる。なるほど幼なじみ……確かにそのくらいがギリギリの妥協点だろう。
「流石リエラさん、素晴らしい提案です! じゃあゴレミ、お前は今日から俺の幼なじみだ。病気か何かで寝たきりのお前は、しかし<天啓の儀>で<人形遣い>のスキルをもらえたことで、俺と一緒にダンジョン探索をしてるとか、そんな感じで」
「ええ、いいと思います。<人形遣い>とかの遠隔操作系スキルを持っている人のなかには本当にそうやって安全な探索をしている人もいるので、言い訳としては申し分ないかと……どうですかゴレミさん?」
「わかりました。それがマスターのお望みとあれば……ゴレミは今日から、マスターの幼妻です!」
「よしよし、幼妻……ちげーよ! 何さらっと結婚してんだよ! 幼なじみだっつってんだろ!」
「チッ」
「チッじゃねーよ! てかどうやって舌打ちしてんだよ! 舌なんかねーだろ!」
「そう言えば、今まであまりに自然だったので気にしてませんでしたけど、ゴレミさんってどうやって表情を変えてるんですか?」
石の顔がフレキシブルに動いている事実に、俺のみならずリエラさんからも疑問の声が上がる。するとゴレミはあっさりとその種明かしを口にした。
「ああ、それはゴレミの溢れる女子力のせいで、周囲が勝手に表情が変わっているような錯覚を見ているのデス」
「へ!? なら実際にはゴレミの表情って変わってねーのか?」
さらりと告げられた衝撃の事実に、俺は今日一番驚いたかも知れない。それはリエラさんも同じだったようで、口に手を当て目を見開き……驚いた顔も素敵だとか反則もいいところだが、まあそれはそれとして。
「そうデスよ? ちょっと試してみますか?」
「試すって、何を?」
「ゴレミの女子力を抑え込むのデス……ほら、こんな感じでどうデスか?」
「うわ、本当に顔が動いてねぇ……」
口調はそのままだが、ゴレミの顔からスッと表情が消え、元の石像になる。これが普通のはずなのに、既にこれに違和感を覚えている自分がいるのがちょっと怖い。
「リエラさん、これってどうなんですかね? 普段から表情を消してる方が操られてるゴーレムっぽくなります?」
「いえ、逆に表情はあった方がいいと思います。ゴーレムの顔を動かすなんて
「なるほど、そういうことなら……おいゴレミ、もういいぞ」
「プハッ! はー、疲れたデス。ではこれからも、ゴレミは周囲に愛嬌を振りまきまくる、愛され系ゴーレムとして活動を続けるのデス!」
「……まあ、ほどほどにな」
ガッツポーズを決めながら意気込むゴレミに、俺はやや投げやりに答える。どうせ何を言ってもこいつは勝手に張り切るので、流石にそろそろ突っ込み疲れてきたのだ。
「んじゃ、そろそろ宿に帰るか。今日はありがとうございました、リエラさん」
「いえいえ、こちらこそお手間を取らせてしまって、申し訳ありませんでした。クルトさんの……いえ、お二人の今後の活躍を、楽しみにしております」
「任せてください! 明日からバリバリ稼ぎますよ! なあゴレミ?」
「当然デス!」
ぺこりと頭を下げるリエラさんにイケメンスマイルでキラリと歯を輝かせながら答えると、俺達は揃って探索者ギルドを後にする。気づけば外はすっかり暗くなっており、さっさと宿に帰らないと面倒そうだ。
「あー、腹減ったな……なあゴレミ、一応聞くけど、お前って飯食えるの?」
「いくらゴレミちゃんがスーパー美少女だったとしても、実際に食べるのは無理デスね。まあ食べてる雰囲気っぽいものは演出できるので、マスターは気にせず食事をするといいのデス!」
「美少女要素一切関係ねー……いや、俺だけってのはなぁ……なら出店で適当に何か買って、宿で食うか」
「おおー! 流石はマスター、さりげなく優しい言葉でワタシを宿屋に連れ込もうなんて、下心が丸見えデス!」
「それはあれか? 俺にお前をゴミ捨て場にでも放り出せって言ってるのか?」
「駄目デスー! ゴーレムは寂しいと稼働停止しちゃうんデスー!」
「なら少しは大人しくしてろよ。ったく……ほら捕まれ、迷子になるぞ?」
「はーいデス!」
俺の差し出した手をするりとよけ、自分の腕を絡ませてくるゴレミに苦笑しつつ、俺達は夜のエーレンティアの町を、美味しい夕食を求めてしばしさまよい歩くのだった。
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