素晴らしく知的な攻略法

「にしても、まさか探索者になってたった一ヶ月で、限定通路に入れるとはな……」


 慎重に歩を進めながらも、俺は過度に緊張し過ぎないように独り言を口にする。


 限定通路はダンジョン内に時々出現するのだが、その条件は不明。ダンジョンの階層と出現率に関係はないらしいが、単純に探索している人数の問題で、最前線の深層を探索する超一流パーティだと年に二つ三つと見つけることがある反面、今の俺みたいに浅層ばかりで活動していると、何十年かけても見つからないことだってある。


 それに加えて、たとえ見つけたところでその限定通路に対応するスキルを持っていなければ、そこを攻略することはできない。一応圧倒的な実力があれば無理矢理突破することもできるらしいが、それは今の俺には関係ない話だしな。


 しかして今。俺はこんな浅層で、自分のスキルに対応した限定通路を見つけた。それは震え上がるほどの幸運だが、その幸運は死神と隣り合わせのものでもある。何故なら限定通路は特定のスキルがなければ突破できない……つまりスキルを使うこと前提で、それを失敗したら大抵の場合死ぬからだ。


「……でも、歯車を使う罠ってなんだろ? さっきみたいに穴にはめて回すくらいしか思いつかないんだが」


 抜けている部分の適切な大きさの歯車をはめ込むことで仕掛けを有効化するというのは、実に理に適った形だ。だがそれだと結局俺がやることは、歯車をはめて回すだけになる。


 そんな優しい罠で、試練とか挑戦的な意味合いのある限定部屋が成り立つのかと思ったのだが……


「うひょおっ!?」


 突如としてビューンと飛んできた矢に、俺は情けない声をあげて背中をのけぞらせる。その結果運良く……そしてかろうじて矢が鼻先をかすめる程度ですんだが、もしあと一瞬反応が遅れていたら、今頃俺のこめかみには追加の穴が開いて、脳の風通しを随分とよくしてくれていたことだろう。


「何だよ突然! 歯車全然関係ねーじゃ……いや、そうか?」


 俺は焦る気持ちを抑えながら慎重に来た道を引き返しつつ、周囲の壁や床、天井を注意深く見回していく。すると左側の壁の足首くらいの高さの位置に、隠し通路を開いたときと同じような極めて小さな穴を見つけた。穴にはギザギザした溝が彫り込まれており、試しに出した歯車を押し込んでみたところ、まるで測ったかのようにぴったりと収まる。


「……なるほど。罠解除用の穴を見つけて、ちゃんと歯車を入れろってわけね。よし、理解した」


 入り口を開けたときと同じ要領で歯車を回すと、程なくしてカチッという小さな音と、何かがはまったような手応えを感じた。それを確認してからおっかなびっくりさっきのところまで戻り、改めて足を踏み出すと……今度は矢が飛んでくることはない。


「オーケー、大丈夫だな。にしてもこういう方向性か……いや、これだけだと思い込むのも危ねーし、とにかく全部を注意していこう」


 たった一つの見落としが死に繋がるのは、今さっき身を以て体験した。なので俺はそれこそ舐めるように壁という壁、床という床を調べ、一歩進んでは全周を調べ直すという手間暇の掛かる移動をし始めたのだが……


「……面倒くせーな」


 命が掛かっているので手を抜くつもりはないが、それと「面倒くさい」という気持ちが湧いてくることは別問題だ。それに人が集中できる時間には厳然たる限界があり、このまま張り詰め続けるのは、逆に見落としの可能性を高めてしまう……ような気がする。


「こういうときこそ手伝ってくれる誰かがいりゃいいんだがなぁ。つってもいない仲間を恋しがっても意味ねーし、何か他に手は……っ!?」


 立ち止まっている分には罠が発動しないのはわかっているので、俺はその場で腕組みをして考え込む。すると俺の脳内に稲妻が走り、突如として悪魔的なひらめきがやってきた。


「ふっふっふ……出ろ、歯車共!」


 俺は右手を伸ばして手のひらを上に向け、そこに大量の歯車を生みだしていく。そうして無数の歯車を握り混むと、その場で大きく振りかぶって前方の通路にぶちまけた。


「食らえ、歯車スプラッシュ!」


ビシュビシュビシュ!


 飛んで行った歯車に反応して、通路の罠が作動する。だが降り注ぐ矢が貫くのも、パカリと開いた落とし穴が飲み込むのも俺が投げた歯車だけであり、俺は痛くも痒くもない。そのまま出しては投げ、消しては出すを五〇回ほど繰り返すと、遂に矢は飛来しなくなり、落とし穴の蓋も開かなくなった。


「ハッハー! どうよ! これぞ歯車の正しい使い方だぜ!」


 ダンジョンの罠が実は有限であるというのは、<鉄壁>のスキルを極めたと言われる伝説の探索者ガチムキンにより証明されている。矢どころか攻城兵器バリスタすら跳ね返す鋼の筋肉によって延々と罠を発動させ続けた結果、ダンジョンの罠は短時間に連続して発動すると、再起動まで一〇分ほどの時間がかかることを発見したのだ。


 もっとも、普通はそんなことしない。通り抜ける一回だけ防ぐなり無効化なりすればいいだけなのに、わざわざ危険を冒して何十回も発動させるなんて無駄なことをする奴はいないからだ。


 しかし今は違う。魔力が続く限りという条件はあれど、気軽にかつ大量に使い捨てできる歯車があるおかげで、俺は罠が枯渇するまで発動させ続けるという本来なら危険な作業をほぼノーリスクでこなせるのだ。


 それに気づいてしまえば、後は簡単だった。テンション高めに歯車をぶん投げながら進むこと、おおよそ三〇分。俺は遂に大量の罠の残骸を踏み越え、限定通路の最奥にある行き止まりの小部屋……通称ご褒美部屋へと辿り着くことに成功した。


「うぉぉ、やったぜー! 限定通路、完全攻略だ!」


 同じ事を石礫でやろうとしたら、背嚢がパンパンになるまで詰め込んで持ってきてても絶対に足りなかったところだ。まさか<歯車>がこれほどの有能スキルだったとは……え、多分想定された解き方じゃない? んなもん知ったこっちゃねーよ。こちとら命が掛かってんだ、生き残ったらそれが正解なんだよ!


「さーてさてさて、待望のお宝は……これだよな?」


 俺の目の前には、白と緑がザラザラと入り交じった感じの石製の宝箱が置いてある。いや、箱は箱なんだが、横長ではなく縦長……服を入れとくタンスみたいな箱が立っているというのが正確だろうか。


 何だこの形? あ、ひょっとして防具一式が入ってるとか!? うわ、何だそれ、めっちゃテンション上がってきたぞ!


「開けるには……ここも歯車か。ふふふ、いいぜ。最後まで付き合ってやるさ」


 正直もう魔力はカツカツというか、使いすぎで割とふらふらしてるんだが、ここで「もう無理です」とか言いながら帰るくらいなら、こんな試練に挑戦なんてしていない。タンスの取っ手くらいの位置にある二つの穴に歯車をはめ込むと、それぞれを回そうと力を込める。


「うわ、今回も硬い……待て、これ右側はいいけど、左側は何か違うな? ああ、ひょっとして左右で回転方向が違うのか?」


 今までにない抵抗を感じたことで、俺は歯車を回す方向が違うと考えた。その結果右側は右回転、左側は左回転という、扉を開けるときにノブを回すような感じで改めて力を込める。


 うぐ、同時かつ逆方向に歯車を回すのって、難しいな……何だっけ、右手で三角を書きながら、左手で四角を書く……並列思考? そこまで大仰なものじゃないんだろうけど、とにかく混乱する。


 だがここまで来て諦めるものか! むむむむむむむむむ…………


カチャッ


「キター!」


 軽快な音が鳴り響くと、縦長な石の宝箱の中央に黒い筋が入り、両開きの扉のようにその蓋がゆっくりと開いていく。そうして遂に対面した宝箱の中身はと言うと……


「……えぇ? 何だこりゃ?」


 青紫の石の宝箱に眠っていたのはイカす武具でも金銀財宝でもなく、箱と同じ材質で作られたと思わしき石像であった。

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