この世にハズレスキルなどない……らしい

「お待たせしましたクルトさん。<歯車>のスキルのことがわかりましたよ」


「えっ、わかったんですか!?」


 先ほどのやりとりから、四時間後。ボーッと椅子に座ったまま待たされていた俺に、遂に吉報が訪れた。


 いや、ある意味では凶報かも知れない。何故なら俺が密かに期待していた「実はこれ、世界で俺だけが手に入れたスキルなんじゃないか?」という予想が見事に打ち砕かれたからだ。


 まあ、うん。そんなに都合のいいことはないよな……自分が無条件で「選ばれし者」だなんて信じられるのは、精々五歳か六歳くらいまでなのだ。そしてそんな俺の内心など知るはずもない受付のお姉さんは、その豊かな胸をムンッと張って得意げな顔になる。


 ああ、やっぱり年上の女性はいいな……


「そりゃわかりますよー。何せここは探索者ギルドですからね! 古い記録まで全部探したので時間がかかっちゃいましたけど」


「それは何とも、お疲れ様です……で、結局これってどんなスキルなんですか?」


 特定の部位に吸い寄せられそうになる視線を鋼の意思で制しながら、俺は受付のお姉さんにそう問う。前例があるというのなら、当然聞いておいた方がいいからだ。するとお姉さんは完璧な営業スマイルを浮かべてから、手元の資料をチラ見して説明を始めてくれる。


「まず最初に、<歯車>のスキルを習得したことのある人は、探索者ギルドが設立した五〇〇年前から今日までで六人いました。ただ最後に情報があるのが八〇年前なので、おそらく今はクルトさんが世界で唯一の<歯車>スキルの持ち主だと思われます」


「おぉぉ……」


 その事実は、俺の中でしぼんでいた期待や興奮を幾分か蘇らせてくれる。


 改めて言うまでもないことだが、五〇〇年で六人はアホほど少ない。何せ探索者なんて世界中で毎日誰かが新規登録をしているわけで、俺が習得しようとしていた<剣術>のスキルなんかだと、それこそ今現在持ってる奴だけでも何万、あるいは何十万人となるだろうからな。


 加えて探索者に登録するには一五歳になっていなければならないので、俺の前の<歯車>スキルの持ち主は、仮に生きていたとしても最低で九五歳。普通に考えればとっくに死んでるし、生きていても探索者は引退しているだろうから、事実上<歯車>を持っているのは俺だけ……これはなかなかテンションがあがるぜ。


「それでスキルの概要の方なんですが……申し訳ありません。登録されている情報がとても少ないので、本当に基本的なことしかわかりませんでした」


「ああ、それは仕方ないですよね。全然構わないんで、わかってることだけでも教えてもらえますか?」


「勿論です。では、こちらをどうぞ」


 情報元がいなければ、情報が集まるはずがない。頭を下げる受付のお姉さんに愛想良く応対する俺に、お姉さんが手ずから情報の書かれたペラ紙を渡してくれる。ふーむ、どれどれ……


「こ、これはまた……」


 そこに書かれた内容をあっという間に読み終えると、俺は軽く頬を引きつらせながら呻くように呟く。その内容はこんな感じだ。





<歯車>(はぐるま) 第三種C等級スキル


・習得者の右手のひらから、歯車を出現させることができる。これは物質的な存在であり、親指の爪ほどから手のひら全体くらいまで可変。大きいものを出現させるほど使用者の魔力が消耗する。


・出現させた歯車は、習得者が触れていなくても任意に回すことができる。その際回すのに必要な力の分だけ魔力を消耗する。


・習得者は出現させた歯車を任意に消すことができる。また習得者の体から一定距離、あるいは時間が経過すると、歯車は自然に消滅する。消滅するまでの距離や時間は、歯車生成時に込めた魔力量に比例する。




「…………これでどうしろと?」


「それを私に言われましても……」


 思わず漏らした呟きに、受付の人が苦笑する。だがこの反応は仕方ない。俺だって逆の立場なら、そう答えるしかないだろう。


 ちなみに、スキルの分類は第一種が<剣術>とかの技能、能力を直接底上げするタイプで、第二種が<風魔法>とかの現象を発現させるタイプで、この第三種は物理的に何かを生み出すタイプだ。


 加えて等級はAが数百人以上の規模に影響を及ぼすもの、Bが数人から数十人……要はパーティ内全体に対するバフ魔法とかで、Cは本人のみとなっている。<歯車>は物質としての歯車を生成し、俺以外には影響を与えないので第三種C等級という分類になるわけだな……まあそれはいいとして。


「あの、すみません。これって今ここで試しにスキルを使ってみても?」


「いいですよ。本来はスキルの試し打ちは練習スペースにいってもらうんですけど……まあ、歯車ですし」


「ですよね。歯車ですもんね。じゃあ失礼して……」


 馬鹿にされているとかではなく、厳然たる事実として告げられたことに苦笑いを返しつつ、俺は右手を伸ばして手のひらに力を込めてみる。すると体の中からわずかに魔力が抜ける感じがして、ニュッと生えるような感じで指でつまめるくらいの大きさの歯車が出現した。木製の本体に鉄っぽい金属製の心棒が刺さった、ごく普通の歯車だ。


「おお、出た……じゃあ次は……えいっ!」


 その歯車に、俺は頭の中で「回れ!」と念じる。すると心棒が垂直になるように屹立した歯車が、クルクルと右回りに回転を始めた。


「回った……」


「回りましたね。おめでとうございます」


「ありがとうございます……でもこれ、マジでこれだけですか?」


「記録に残っている限りでは、そうですね」


「……………………」


 クルクル回る歯車に「消えろ」と念じると、パッと一瞬で消滅した。うむ、出るし回るし消える。もらった資料の通りだったわけだが……これでどうしろと?


「これでどうしろと?」


 正直、これでどう戦えばいいのか検討がつかない。心の声がそのまま零れてしまうくらい途方に暮れる俺を前に、受付のお姉さんが軽く小首を傾げながらその見解を口にする。


「うーん。考えられるのは、出現させた歯車を投げつけて攻撃するとかでしょうか? ああ、後は魔物の足下にばらまけば、行動阻害とかもできるかも知れませんね」


「……あれ? 意外と使える?」


 予想外のその提案に、完全に虚を突かれた俺は大きく目を見開く。


 そうか、魔力さえあればどんな場所でも調達できる石礫と考えれば、そこそこ使えるのか? これを素足で踏んだら痛いだろうから、とげとげのまきびしほどじゃないにしても足止めにだって使えるだろう。


「まあ、同じ魔力を消費するなら攻撃魔法とかの方がいいですし、足下にこんなのばらまいたら自分が踏んじゃいそうですけどね」


「ですよねー!」


 クソッ、やっぱり使えねーじゃねーか! いや、完全に使えないってことでもないんだろうが、何をどうやっても既存のスキルの下位互換でしかない。


 優位なところがあるとすれば、魔法なんかに比べりゃ消費が圧倒的に軽いってところか? とは言えそもそも<歯車>のスキルは、歯車をぶん投げて戦う想定じゃないだろうしなぁ……じゃあ何かって言われるとわかんねーけど。


「フフフ、お悩みですね? そんなクルトさんに、私が素晴らしい名言を贈りましょう!」


 軽く自棄になりかけていた俺に、受付のお姉さんがドヤ顔で言う。


「ズバリ、『この世にハズレスキルなど存在しない! ハズレだと思っているのは使い方を理解していないからだ!』です! スキルには様々な解釈があり、決して『何の役にも立たないスキル』などというものはありません。<歯車>という世にも珍しいスキルを生かすも殺すも、クルトさんのセンス次第なんです!」


「俺のセンス……何とかなりますかね?」


「なりますよ! クルトさんならきっとやれます! ということで、クルトさんの今後の活躍を楽しみにしてますね!」


「はい! ありがとうございました!」


 完全無欠の営業スマイルを浮かべる受付のお姉さんに、俺はそう礼を言ってその場を後にする。


 そうとも、人は配られた手札のなかで頑張るしかない。俺は自分の手札を最大限に生かせる仲間を募るべく、意気揚々とロビーへと移動し……そしてそこで、現実を思い知ることとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る