拝啓、自称旅の薬師でございます。

てんてんどんどん

第1話 少女、凛麗

 ちちちちち。

 小鳥の鳴き声が聞こえる。


 黒髪の端正な顔だちの少女、凛麗りんれいは草原に寝そべりながら空を見上げる。


 空はどこまでも壮大だ。

 無限に広がり全てを見通しているかのような青く澄んだその存在は、人々が憧れ、誰もがそこに舞う事を夢見ている。

 けれど、広大故どこにでもあり、いつでも観察でき、別段目新しさはない。

 人間より高い位置にある空間にすぎないものを、なぜか皆ありがたがるのか。

 そう――地も、空も、目の前の風景すら、そこは存在するものは空間にすぎない。移動できるか移動できないか。その違いだ。空を大地のように自由に闊歩できたら、人間はありがたがらないのだろうか?そんなことを考えながら――そろそろ四半刻がたつ。


「……こんなところで何をしているんだ?」


 少女が考え事をしていたら話しかけられた。

 寝ている少女を覗き込むかのように、二十代くらいの黒髪の男。よれよれの深緑の着物の上に鉄板を革ひもで結んだタイプの動きやすさ重視の鎧を着こんで槍を手にしていることから見回りの兵士か何かなのだろう。だが身なりも装備もそれほどいいとはいえない。位の高いものではない。そういえばこの近くに小絽城を守るために点在する、小さな砦があると、街を出る前に聞いた気がする。

 おそらくそこに駐屯する兵士なのだろう。


「それは愚門ですね。逆に聞きますが貴方は何をしているように見えますか?」


 少女がおどけた口調で聞く。


「……寝ている?」


 男が少し生えた無精ひげを撫でながら聞いてくる。


「そう見えるなら浅はかだという他ありません。このような妖魔がでるような場所で、非力な少女が一人無防備に昼寝をすると推測はおかしいとおもいませんか?ちゃんと推察してください。薬売りの背負い籠をもっているところに考慮すべき点があると思います」


「……じゃあ何をしているんだ?」


 男がめんどくさそうに髪をがしがしかきながら聞いた。


「それはいい質問です。空腹で動けません」


「……」


 男は薄目で少女をしばらく見つめたあと、槍をもって立ち上がり、立ち去ろうとする。


「酷い人です。いたいけな少女が倒れてるのに放っておくとは容赦がありません」


 寝っ転がって言う少女。その言葉に男はぴたっと足をとめ、がしがしと頭をかいたあと、「自分でいたいけとかいうなっ!!」振り向きながら青筋を浮かべ突っ込んだ。




「助かりました。この恩義には必ず報いてみせましょう」


 木製の柵とその周りに大人が座って隠れられるだけの石の塀が作られた、小規模な砦の中。木造の小さな家で、少女は出された食事をたべて、お礼を言う。

 目の前には先ほどの男がめんどくさそうに頬杖をついて、少女を視ていた。


 少女の目の前には綺麗に平らげた皿が三つ置いてある。


「あー、いいからそれ食ったら、とっととこの砦からでていけ」


 男はがんっと音をたてて、少女の前に少しかけた茶碗に入った水をおいた。


「非力でいたいけな少女をすぐさま追い出すのでしょうか?」


 出された水を飲みながら言う少女。

 少女は年齢で言うなら10歳くらい。黒髪の綺麗な赤い瞳をもつ少女だ。

 赤を基調とした動きやすそうな着物を着ており、旅人だということは見て取れる。


「だからその自称いたいけはやめろ。

 ずけずけと食い物を要求するお前のどこがいたいけなんだよ

それにな面倒ってこともあるけれどな、ここはもうすぐ賊が攻め込んでくる。略奪の巻き添えになるぞ」


「ほぅ?」


 少女が眉をひそめた。


「それは黒狼賊の事でしょうか?」


 張良と名乗った砦の男性に凛麗は尋ねた。


「黒狼賊はしっているのか?」


「いろいろな国を荒らしまわっている盗賊集団らしいですね。規模が大きくなりすぎて、一国の軍隊規模だとも。各国も対応に苦慮しているとか。あまり感心しない集団です。最近こちらに向かっているという噂は旅の途中に聞きました」


「それが時期にここを通る」


「困りました。こんな小さな砦ではいきすがら壊されて終わりでしょう」


「その通りだ。お前も巻き添えになりたくなかったらさっさとここからでて行きな。黒狼賊たちは青景街道を通る。そっちは避けて東へ行け。東経路ならまぁ安全だろう。食い物もそこにある干し肉を持っていけ。これがあれば次の村までいけるだろう」


 張良の言葉に凛麗はことりと水の入った茶碗をおいた。


「なるほど。ここは報復のためにきた黒狼賊の生贄に捧げられる砦というわけですか?」


 凛麗の言葉に張良が目を細めた。


「なんの話だ?」


「とぼけているのでしょうか?それはいたいけな少女に、何もせず立ち去ったという罪悪感を背負わせないためなのか、それとも説明が面倒なだけなのか、実に興味深い事です」


 嬉しそうな笑みを浮かべて少女が告げる。


「……お前、その喋り方どうにかならないか? ガキはガキっぽくだな」


「それは申し訳ありません。子どもらしい喋り方というのがわかりません」


「ですが、ここの砦がおかしいのはわかります。年寄りと身体に欠損があるもの、そして治る見込みのない病人しかいません」


 凛麗は無邪気に言いながら立ち上がった。


「……なんのことだ」


「まず門番です、あの門番、遠くのものは見えても近くの物は朧気にしか見えてませんよね。私を確認したとき、私の事をべっぴんさんと称しました。10にも満たない少女を称するには不適切な表現でしたので、声をかけたところ、なんだ、お嬢ちゃんかと、言いなおしました。彼は御高祖頭巾をかぶり身長が高かった私を、大人の女性と勘違いしたのでしょう。ですがかなり遠くにいたとき、貴方の存在に気づいて、ちゃんと貴方と認識し、手を振っていたことから、目が見えないわけではないですよね。彼はおそらく遠くは見えるけれど、近くは見えない目の病気を患っています。 そして、門番として一番大事な視力がないものを門番にした。それはこの砦に人手が不足していることを意味します。おそらく彼はこの砦の中でもましなほうなのではありませんか?」


「……お前よく糞生意気な餓鬼だと言われないか?」


「当たりです。よくわかりましたね!」


「馬鹿にしてるだろう」


「まぁ、それは置いておきましょう」


「否定なしかよ!?」


「砦に入った時確認しましたが健常に見えるものも、目の充血や失ったものを庇う歩き方など健常でないのは見て取れまいた。そして貴方が食料をとりだした倉庫の備蓄も、砦の備蓄にしては少なかった。」


 そう言ってひょいっと茶碗を手に取る。


「この国の領主の息子が義憤にかられて、近くの街の畑を荒らしていた西の黒狼賊の住処を襲撃して、賊を全て殺してしまった事件は風の噂で聞いていました。そこから導かれる推論はこうです。黒狼賊が領主に、報復すると宣戦布告したのではないでしょうか」


 茶碗を置いてまるで将棋の駒に見立てるかのように張良の前に置いた。


「その宣言をうけ領主のとった行動はこうです。

 戦いは避けたいが、こっそり金で解決しようとしても領主にも黒狼賊も面子がある。金を渡した事を公にしてしまえば、領主の面子がつぶれ、こっそり金だけ受け取ったのを公表しない状態では今度は黒狼賊の面子場丸つぶれです。そのため彼らの面子をたててやるために、ここの砦を犠牲にし、捧げ、密かに金を渡して賠償すると密約をした。ここはいわば捨て駒ですね。最初から落とさせてやるつもりでいる。そのためここは死んでもいい兵士たちが駐屯しています。違いますか?」


 にんまり笑顔を浮かべて美しい顔に凛麗は笑顔を浮かべる。


「……あー、お前初めてあった時から思ったが本当に、くっそ生意気なガキだな」


「それは誉め言葉としてうけとっておきますね」


 明るい口調で笑う凛麗。


「いいか、その通りだ。だがお前、ここの連中の怪我をその薬で治してやろうとか、いらないことはするなよ? ここにいるやつらは全員覚悟している。領地に残っている家族のために死を決意した連中ばかりだ」


「そうでしょう。だから面白いと思います」


 そう言って凛麗はくるりと回った。


「はぁ?」


「人間は他者を容赦なく殺し私財を奪うなどひどく残酷な面をもち、そしてまた自らの家族は愛し慈愛に満ちた行動をする。それがまったくの別人ではなく同一人物がです。その不可解な行動に魅かれ、恋焦がれます」


「お前は一体何を言っているんだ?」


 張良が頬をひきつらせた。とたん凛麗がそのあどけない少女の顔立ちに似合わない妖艶な笑みを浮かべる。


「貴方の正体がわからないと思いましたか。今はなき国【戯】の豪将、劉翔様」

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