第5話

「もしかして、初めてだった?」

 事後、シャワーを借りて身支度を終えた後の先輩の問いに、体がビクッと反応した。

「そ、そんな訳ないじゃないですか」

 嘘だった。恥ずかしながら、この歳までこういうことには無縁だった。もちろんキスも初めてだった。別に大切に守ってきた訳でもないし、多少の興味もあったしーーただ、こんな形で経験するなんて、私の凡庸な頭では想像すら出来なかったけどーーなんと言うか、先輩は……不思議な人だ。

 行為の最中は、普段からボーッとしている私の頭がさらにぼんやりしてハッキリ覚えていないのだけど、先輩の手とか肌とか息づかいなんかが情熱的だった事は覚えていて、今の、クールで人を寄せ付けない感じとのギャップが凄すぎて。

「先輩」

「なに?」

「あ、帰ります……ね」

「ん」


 玄関を出て、バス停へ向かう。

「なんて日だ」

 つい口から溢れてしまう。

 それでも、いつもと違う非日常な出来事を思い出すと動悸が激しくなり勝手に顔も赤くなる。あれ、私笑ってる? 側から見たらおかしい人じゃないか。

 と、ふと車道を見るとバスが追い越して行く。

「やば」

 私は駆け足になって、ちょうどよくやってきたバスに乗り込んだ。


 いつものバス停で降り自分のアパートへ着く頃には、あの出来事は夢だったんじゃないかと思い始め、土日はバイトを詰め込んでいることもあって、すぐにいつもの日常へと戻っていった。

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