第39話:夏休み目前のある日
「瀬名の隣って白坂だろ?」
「ラッキーだよなー」
昼休みの終わり。世界史の教科書を借りにかつてのクラスメイトが二人やってきた。
用件は終わったが廊下にて談笑していると白坂の名が出た。いなくとも名前が出てくるのは人気者たるゆえんか。
何がラッキーなのか。とは思っても言わない。無駄な台詞だ。
うちのクラスではマスコット化していることも言わない。この話を広げる気もないし。
だがただ無言でいるのは肯定しているようでちょっとアレだったのでふんと鼻を鳴らしておく。
あ。席と言えば。
「お前らのクラスって席替えやった?」
「あー、そういやないな。夏休み明けじゃね?」
「まじか……」
「ここはやったんだろ?」
「やってない。出席番号のままだ」
「え?」
フウとため息交じりなのは察してほしいところだが、まぁ無理だよな。
だが首を捻るのは何故だ。
「え、それで何で瀬名の隣が白坂なん?」
「何でと言われても」
「だって、『し』と『せ』じゃん」
うちの学校の出席番号は男女混合だ。席順も男女を分けていない。
なので俺と白坂が近いのはとうぜ……あれ、おかしい。前に来るならともかく、隣とは一体。
「瀬名、今まで気付かなかったの?」
「二年になってもう三か月ほど経ちますけど」
「いやいや。あてがわれた順番に疑問など、普通は持ちませんよね?」
「その順番が普通に変ですよね?」
「……」
ソウデスネ。
いやはや、俺がいかに周りへの関心が薄いのかが分かるな。今の今まで何も思わなかった。
え、じゃあ何でアイツと俺は隣の席なのだ。実は席替えがあったのか? 俺以外? んなあほな。
すると今度は智也が「ちづ忘れたの?」と首を捻った。
「
「……そうだっけ?」
「ほら、初日。登校してすぐくらい。まだ教室が静かでさ、だから目立ってて。皆注目してたでしょ」
「俺はしてないが」
苦笑が三つ投げられる。こればっかりは言ってから俺も同じ表情になった。
新山というクラスメイトの存在も今知ったわけだがこれは秘密にしておこう。
隣に白坂が座った瞬間のことは覚えてる。げんなりとしたからな、人気者が隣かよと。
だがその前にそんなことがあったか?
記憶を探っても出てこない。寝てたかな。
「なぁなぁ、ちょっとは仲良くなった?」
「それはないだろ、瀬名だぞ? 俺、瀬名が女子と喋ってんの見たことないんだけど」
失礼な。最低限は交わしてたわ。先生が呼んでたよとか。
「瀬名はさぁもうちょっとしゃんとしてたら女子人気出ると思うんだけどな」
「それな。あと前髪。短くするなり分けるなりすれば陽キャ白坂の目にも留まるんじゃね? 実はイイ顔し……うわっ!」
意気揚々と立てた人差し指を揺らし語っていたかつてのクラスメイトが跳ねる。
二人の背後から白坂が「にょろ~ん!」と謎の効果音と共に現れたからだ。
「なになに? 白坂って聞こえたよーん」
俺は気付いていたさ。
お前らの向こうに白坂が見えた瞬間、俺はササッと智也の影に隠れるように後退していたからな。
無駄だと分かっているのに隠れさせるとは。
すごい人間だ、白坂。
「ちづの隣が何で白坂さんなのかって話してたんだ。新山さんと変わってあげたんだよって」
「そうそう。新山さんってめっちゃ目悪いんだよ、去年も同クラだったから知ってて」
「でも真ん前から後ろの方になれたし、白坂さん的にはラッキー?」
「え? あー、あたしど真ん中真ん前でも平気だよー。意外と前の方って見られてないし。嫌な先生の時はずっと目合わせたりして楽しめるじゃん?」
さっきまでお喋りだったが今や観客となっていた二人も、白坂と会話を弾ませていた智也も、勿論俺も。一同が同時に「?」を浮かべた。
ちょっと何言ってんのか分かんない。なに、その楽しみ方。
「でもこの席になれて良かったよ! 瀬名くんと友達になれたもん」
更に何言ってんのか分かんない。
いつから友達だ。
「比永くんとは仲良くなれたと思うんだよねー、でも瀬名くんとは隣じゃなかったら喋ってないでしょ。あたしはガンガンいくだろーけどさ」
「え、瀬名。白坂……さんと友達なの?」
ショックと言わんばかりのかつてのクラスメイトに「いや」と首を振るが、「そーだよ!」と白坂が前のめりで言う。
二人はヤツの距離感のなさに体を反らせたが、しかし表情から想像するに嫌悪や拒絶といったものはなさそうだった。
なんというか。友人のデレッとした顔は見れたものではない。
「あっ、もう昼休み終わっちゃう。ちょっと瀬名くん貸してほしいんだけど。いい?」
前言撤回。見れたものではないが見ていたいと今は思う。嫌だ、貸さないでくれ。
「ちょっと大事な話があるんで!」
白坂の声に一同がどんなツラをしていたか分からない。
俺の視線は足元にある。文字通り項垂れていた。
ただこの狭い輪の中に起きたざわっとした空気は伝わったよ。
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