4-5 なにそれ。ずっるーい!

 食事を終えると、俺たちは3階の個室へと案内された。

 シングルルームだが、猫にとっては十分な大きさに感じる。俺はとりあえず出窓の床板に乗り、しばらく雪に覆われた山並みや行き交う巡礼者たちの姿を眺めていた。


「デオロンいる?」

 部屋に入ってきたナルは、いつのまにかピンク色の浴衣のような部屋着に着替えていた。

「遊戯コーナーに行ってみない?」

「――ふむ。よかろう」

 俺は出窓から飛び降りると、ナルについて1階への階段を降りて行った。


 遊戯コーナーではアイリアがアーケードゲームを夢中にプレイしていた。

 両手それぞれに片手剣を持ち、前方から飛んでくる立方体を斬るゲームだ。

 立方体には矢印が描いてあり、その方向に斬らないと得点にならないのだが、見ているとアイリアはハズしまくっていた。

「くーっ」という彼女のうめき声とともに、空中に『GAME OVER』という文字が浮かび上がった。


「私にもやらせてー!」

 ナルはアイリアを押しのけるようにプレイエリアに入ると、スパンスパンと小気味良く立方体を斬り始めた。恐らく似たようなリズムゲームを以前プレイしたことがあるのだろう。

「な――なぜ、そんなに上手くできるんだ!」

 アイリアは床に手をついて愕然としていた。騎士を名乗る者として、剣術ゲームで踊り子に負けるのは許容できないらしい。たかがゲームなのだが、ここで騎士に自信を失われてしまうのも困る。


「両手のことを同時に考えようとするから混乱するのじゃ。まずは右手だけに集中して練習してみると良いぞ」

 俺が長年のゲーム経験に基づいたアドバイスをしてみると、アイリアの目がキラリと輝いた。

「ありがとうございますデオロン殿! やってみます!」

 そう意気込むと、アイリアはナルから剣を受け取り、バッサバサと斬り始めた。一晩中でも練習を続けそうな気迫だ。実戦でも役に立つといいなと願いつつ、付き合うのも大変なので、俺はその場を離れた。


「あ、ホッケーだ! これならデオロンもできるんじゃない?」

 ナルが指さした先には、エアホッケーに似た筐体が置いてあった。空気が吹き出しているわけではなかったが、パックは空中に浮遊している。

 ナルが赤いパドルを持ってパックを弾くと、壁でカコンカコンと跳ね返った。俺も青パドルを持って打ち返したが、へろへととした遅球になってしまう。ナルはそのチャンスを逃さなかった。

 カコンッ!

 くそ――最初のゴールを奪われてしまった。

「ごっめーん! ついつい本気だしちゃった。てへ!」と挑発的に謝ってみせるナル。


 圧倒的な体格差があるとはいえ、17歳の娘に遅れをとるのは釈然としない。サーブ権を獲得した俺は、右に打つとフェイントをかけて、左の壁へとパックを打ち込んだ。

 ナルは不意をつかれて「あっ!」と声を上げる。パックは壁で反射した後、赤ゴールへと勢いよく滑り込んだ。

「もうっ!」

 ぷんすかと頬を膨らませるナル。

「すまん、すまん。プライドを傷つけてしまったかのう」


 ナルは上気した顔で俺と同じくフェイントサーブを打とうとしたが、パドルの端に当たってしまったために、パックはあさっての方向に飛んでしまった。横の壁で何度も跳返りながらジグザグに進んできたパックを、俺はパドルで打つ振りをして尻尾で打ち返した。

 カコン!っとまたもやゴールが決まった。

「ほっほっほ。若いモンにはまだまだ負けんよ」

「むきーっ!」


 その後、何度も接戦を繰り返したが、勝敗が逆転することはなかった。しまいには体力が尽きてしまったようで、ナルが「き、今日のところは負けってことにしておいてあげるわ!」と吐き捨てることで、ようやく勝負は終了した。

 

 くたくたになった俺とナルは、裏庭を望む縁側に腰を降ろした。

 すでに陽も暮れて暗くなっていたが、観葉植物の上に降り積もった雪が美しい。庭の中央にある池の水面は、月の光をキラキラと跳ね返していた。


「この冒険もそろそろ終盤なんだよね」

 雪景色を見ながら語るナルの声は、どこか寂しげだった。

 

「……わたし実はね、アイドルになりたいって思いながら、心の中では……本当にそれでいいのかなって感じてたの」

 常にポジティブに振る舞っている彼女の意外な告白に、俺は少したじろいだ。

 こんなプライベートな話を聞いてしまっていいのだろうか。彼女は俺が猫だから心を許してしまっているのかもしれないが、猫の中身は大人の男なのだ。

 そんな俺の迷いなどお構いなしに、彼女は話を続けた。

「アイドルになれば、きっといろんな人と出会うことができると思う。それはいいんだけど、普通の友達づきあいができなくなるんじゃないかって不安だったの。……彼氏を作ることが許されないことはわかってるけど、友達がいなくなっちゃったら……嫌だなって思ってた」

 心の内をさらけ出すナルの声を聞きながら、俺はマリラとカリサがモメていた時に止めようとしていた彼女の姿を思い出していた。

「でもね。デオロンたちと冒険をしてみて、わかったの。別にリアルな友達だけが友達じゃないじゃんって。もっと言うなら、友達は人間じゃなくたっていいじゃんって。あはは」

 

 ナルは照れくささをごまかすように笑い声を上げると、傍らに座る俺の眼をじっと見つめた。

「ねえ、デオロン。もしあなたに投票権があったら、誰に投票する?」

 え?

 投票なんて考えたこともないぞ。俺は技術アドバイザーだし、おまけに猫だ。

 俺は眼をまんまるにして彼女を見返した。


「あはは。あくまで『もしも』の話だよ。……わたし、投票結果は気にしないようにしてるんだけど、デオロンの投票先だけは気になるなぁ……」

 ナルは俺からの返答を期待して、じっと目線を送り続けている。しかたない。本音を語ってくれた彼女に対する礼儀として、俺も正直な気持ちを伝えるべきだろう。

 

「わしは当初……いちばん頑張ってる娘を応援しようと思っておった……」

 ナルはきょとんとした表情をしながら、俺の次の言葉を待っている。

「だが……もう分からなくなったよ。……不器用な奴や、ひねくれた奴もおるが、みんなそれぞれのやりかたで頑張っておる。その中から1人を選ぶことは、わしには無理じゃ」

 90歳の老猫としては格好のつかないセリフだが、それは俺の本音だった。

 しばしの沈黙が訪れる――

 

「なにそれ。ずっるーい!」

 ナルは笑いながら大声を上げた。ひょいと縁側から庭に飛び降りると、くるりと向き直って俺を指さす。

「勝ち逃げは許さないからね」

 はぁ?

 何のことだ?

「エアホッケーよ。必ずリベンジするから。いい?」

 そう言うと彼女はあっかんべーをしたあと、パタパタと階段を上っていってしまった。

 もうこの番組内でエアホッケーをプレイする機会は無いだろう。

 だが、いつか、別の場所でなら……、それは『あり』なのかもしれない。

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