2-2 正直、理解できんのだ

「……わたしの責任だ」


 無数の光の粒に分解し、上空へと昇っていくマイラの亡骸を前に、アイリアはショックを受けているようだった。

 リヴァティでは死んだとしても翌日になれば復活できるので、そんなに重く受け取ることもないのだが、彼女なりに役割を演じているのだろう。

「マイラ……守ってあげられなくて、すまなかった」

 相変わらずアイリアの演技力はイモだったが、俺もドラマを盛り上げるために少し協力してやることにした。

「気を落とさぬことじゃ。お主が敵を止めてくれなかったら、もっと被害は大きかったじゃろう」

 俺が優しい言葉を投げかけると、アイリアは袖口で涙を拭い、コクリとうなずいた。するとその雰囲気をぶちこわす勢いで、チーカが笑いながら「ゲームなんすから大丈夫っすよ。すぐ復活できるはずっす」と言い放った。

 

 ――気まずい沈黙が訪れた。


「そうなのか?」

 アイリアが潤んだ目で俺を見る。どうやらアイリアの悲しみは演技ではなかったようだ。彼女は死んだキャラクターが復活できるとは思っていなかったのだ。俺はチーカを睨みつけると、世界観を崩さずに復活システムを説明しようと試みた。

「神のご加護があれば、あるいは復活は可能かもしれん。望みは捨てぬことじゃ」

「そ、そうか。彼女は猫神教の敬虔な信者であったな!」

 アイリアは俺の言葉に励まされたようだった。実際には神を信じていなくても復活できるのだが、細かいことは気にしないことにしよう。

 

「さあ、先を行くぞ。猫たちを愛していたマイラのためにも、目的をやり遂げるのじゃ」

 俺はチーカがまた変なことを言い出さないうちに、川の上流を目指して歩き始めた。

 川沿いの道には背の低い草が生い茂っている。人間にとっては何の問題も無いが、猫にとっては歩くたびに葉が顔に当たってくるため、不愉快このうえない。しばらくは我慢していたが、どうにも耐えられなくなってきたので、俺はアイリアに頼んでみることにした。

「すまんが、視界が悪くてかなわない。肩に乗せてもらうわけにはいかんか?」

 アイリアは俺を見下ろし、「いつでもどうぞ」と笑ってくれた。いいやつだ。俺はいったん離れてから勢いをつけると、アイリアの体を駆け上り、左側の肩に乗っかった。視点の高さが人間とほぼ同じになると、視界が一気に広がる。アイリアには申し訳ないが、移動操作をしなくてよいのも楽ちんだ。左手がフリーになるので、ポテチを食いながらプレイすることもできるのではなかろうか。

 

 俺は上機嫌だったが、アイリアの表情はなぜか暗かった。

 しばらく様子をうかがっていると、彼女は俺にだけ聞こえるような小さな声で語り始めた。

「デオロン殿……。わたしには才能が無いのでしょうか。騎士を名乗っているにも関わらず、少しも上手く戦えません」

 声に覇気がない。マイラを死なせてしまったことに、まだ負い目を感じているのだろうか。少なくとも今は、このパーティでまともに戦えるのは彼女だけだ。彼女にはもっと自信をつけてもらわなくては困る。

「案ずるでない。単に慣れの問題じゃよ」

「そう……でしょうか」

「アイリア、お主は歩く時、右足を前に出そうとか、体重を右足に乗せようなどと考えながら歩くか?」

「い……いえ。無意識に歩いています」

「うむ。それは子どもの頃から繰り返し歩いているため、小脳が動かしかたを学習したからなのじゃ。要はそれと同じ。誰だって新しいことに挑戦すれば最初はまごつく。だが懲りずに繰り返しやっていれば、いずれ意識せずもできるようになるんじゃ」

「な……なるほど」

「少しずつだが、お主は確実に上達しておるぞ。自信をもつことじゃ」

「はい。ありがとうございます!」

 

 彼女の声には活力が蘇り、さっきまでの不安は消し飛んだようだった。俺が脚を乗せている彼女の肩から、心臓の鼓動が伝わってくる。心拍が少し早まっているように感じた。

「あの……デオロン様」

 アイリアは続けて何か言いたそうだったが、そのまま黙ってしまった。適当な言葉が見つからないのだろうか。肩の上から彼女の顔を見ると、なんとなく赤らんでいるように見える。

「アイリア……」

 

「先輩、普段、ゲームとかやんないんすか?」

 俺が言いかけたとき、突然背後からチーカが声をかけてきた。

 なんかちょっといい感じのファンタジーな雰囲気になっていたのに、現実に引き戻された感じだ。しかも何の配慮も無い、あいかわらずのダイレクトな質問。

 とはいえチーカはアイリアのヘタレ具合を揶揄しているわけではないだろう。配慮に欠けているところがあるが、嫌な奴ではない。疑問に思ったことをフィルタにかけず、そのまま口に出しているだけなのだ。


「うむ。まったくやってない」

「へー、珍しいっすね。なんか理由でもあるんすか?」

「正直、理解できんのだ。なぜ指先だけ動かして、体を動かそうとしないのか――」

 アイリアの発言を聞いた時、俺の脳内で警報が鳴った。

 この会話を継続させていいものかどうか考えあぐねていると、俺の視界の下端に、プライベートチャットが開始されたことを示すアイコンが表示された。


「デューク、聞こえるか? 今の発言はまずいぞ。ゲーム会社のリヴァティ社は、この番組のスポンサーでもあるんだ」


 大場の声だ。放送中に介入してくるとは、ディレクターの立場としては看過できない状況ということなのだろう。

「アイリアにも個別に指導するが、君のほうでもなんとか対処してくれ」

 それだけ言うと、ヴォイスチャットは強制的に終了した。

 

 スポンサーだけじゃない。視聴者の大半はゲームファンでもある。

 自分たちを批判するような奴に投票はしないだろうし、視聴率にも悪影響がでそうだ。

 しかし対処しろと言われても……。

 困惑しながらアイリアを見ると、目線が宙を仰いでいる。おそらく、大場か事務所の上司からプライベートチャットが入ったのだろう。

 十代の少女にとって不特定多数の視聴者に配慮した発言をすることは難しいだろう。しかし、まんがいち炎上でもしたら、アイドルになる夢は絶たれてしまうかもしれない。

 チャットが終了したらしく、アイリアはしどろもどろになりながらも、なんとか取り繕おうと喋り始めた。

「し、しかし、今ならわかるぞ。現実にできないことでも、この世界でならできる! 辛い現実から逃げようとしている人を、誰が責められるだろうか」


 おいおい、それフォローになってねえぞ!

 まるでゲームが、ただの現実逃避みたいじゃねえか。

 まあ、そうゆう面も否定はできないが、指摘しちゃだめだろ。

 

 すると、再びアイリアの目線がひょっと空中に移動した。またもやプライベートチャットが入ったのだろう。

 今度は具体的なセリフを指示されているらしく、口元がモゴモゴと動いている。これ以上沈黙が続くと放送事故になるぞと心配していると、ようやくアイリアは言葉を続けることができた。


「今こそ認めよう。逃げていたのは私のほうだったのだ。私にとって複雑な操作は苦手だ。だから無意識に避けていたのだ」


 それほど複雑な操作ではないと思うが……。

 とはいえ、今までの人生でゲームをまったくやってこなかったのだとしたら、確かにそう感じるかもしれない。


「リヴァティは単純なほうっすよ。キーボードを使う複雑なゲームもあるっす」

 チーカが日常の雑談と変わらないノリで言葉を返した。内容はアレだが、沈黙が続くよりはマシと言わざるを得ない。

「おお。そんな操作ができるなんて、尊敬しかない!」

 無理にゲーマーに配慮した発言はだいぶ嘘っぽいが、何とかギリギリ、フォローにはなった気がする。

 俺のプライベートチャットに親指を立てたアイコンが表示された。問題が解決されたことを示す大場からの通信だ。俺はほっと胸をなでおろした。

 そのとき、前方の森の中から巨大生物の咆哮らしき音が聞こえた。

 何かが居る!


 アイリアとチーカに目配せすると、俺は警戒しながら森の中へと突き進んだ。

 木々の間を通り抜けたとき視界に見えてきたのは、川の水源と思われる池と、旅人らしき人々の死体、そして奇声を上げながらうごめく巨大な蛇だった。

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