変態の片鱗 ②

「ところで、どうして切羽は自分のコンプレックスを話すときも平常心でいられるんだ? それ、地味に凄い強さだと思うんだけど」

「どうしてって、それが私なのだから仕方ないだろう。それに、私の心は何があっても決して乱れたりしない」



 完全に主人公の思考だ。そんな、圧倒的に強い彼女に嫉妬しそうな自分が嫌で、俺は思わずイジワルを口にしてしまった。



「何があっても? 本当に?」

「うむ、本当だ」

「なら、もしも乱れる事があったら?」

「ふふ、私と勝負がしたいのか? いいだろう。その時は、虎生の言うことを何でも聞いてやる」



 そこまで自信満々だと、どうしても負かせてやりたくなってくる。恥じらいにも繫がる重要なファクターだろうし、一つくらい切羽の弱点を知っていても損はないだろう。



 さて、どうしようか。



「だが、結果の知れている勝負ほど無駄な事もない。虎生ならば、それくらい理解出来ているハズだ――」

「よし。俺が勝ったら、お前が11歳の頃に使っていたパンツをくれ。チーフにして制服の胸ポケットに差しておく」



 遠くで、楽しそうに笑い合う青春の声が聞こえる。数秒して、言葉を正しく理解したのか、切羽の顔が複雑そうな怒りに染まっていた。



「へ、へ、変態過ぎるぞ! 虎生! 私の下着を、それも11歳の頃だなんて謎の指定までして意味が分からない! いや、分かりたくない!」

「はい、俺の勝ち。完全に心が乱されてるぞ」



 すると、今度はポシュ!とパンクしたように恥ずかしそうな顔をしてデスクに手を付き立ち上がった。どうやら、状況の整理がついてしまったらしい。



 やった!勝ったぜ!



「ず、ズルいぞ! まだ勝負は始まっていないハズだ!」

「正々堂々と勝負してお前に勝てるワケないだろうが! バーカ! そもそも、実戦はバーリトゥードだと誰よりも知ってるのが十束切羽なんじゃないのか!?」



 嬉しくって、つい彼女に続き勢いよく立ち上がる。見下ろして、恐らく醜いであろうシタリ顔を向け、女子高生の初心な気持ちを踏み躙るクズの姿がそこにはあった。



 客観的に見るとマジに終わっていて困るが。しかし、それこそが紛う事なく上月虎生その人の本質なのである。



「うぐ……ぅ! うぅ! なら、もう一回! もう一回だけやらせてれないか!?」



 顔を真っ赤にして懇願する切羽の表情は、俺が思っていた数倍もかわいかった。



「どうしよっかなぁ」

「頼む! お願いだ! いや、お願いします! もう一回だけやらせてください! 私、ちゃんと出来るように頑張りますから!」

「えぇ〜。だって、結果の分かってる勝負ほど無駄な事もないと言ったのは切羽だろう。自分で言うのも何だが、俺はその辺の勘定が得意なんだぜ? 意味、分かるだろ?」

「う〜ぅ! う〜ぅう〜ぅぅっ!」



 なんだろう。死ぬほど悔しそうな切羽の顔を眺めていると、俺が生まれてきた理由の一端みたいなモノを垣間見ている気がしてとんでもなく満たされる。



 悪の味方の原動力は、きっとこの感情に近いモノなんだろうな。



「もう一回! もう一回でいいんだ! なぁ、いいだろう!?」

「それ無理。さて、約束通りお前が11歳の頃のパンツを貰おうか」

「残っているワケないだろう!? 今の方がお尻が大きいんだ! とっくに捨てた!」



 なるほど、ロリ羽さんは今と違いお尻の小さな女の子だったらしい。

 もちろん、俺はくまさんパンツが恥ずかしい年頃になっただけの可能性も捨ててはいないが。



「じゃあ、今履いてるパンツでもいいよ。午後の授業中ずっと胸に差しとく」

「や、やめてよぉっ!!」



 いつものカッコいい口調は、どうやら作っているモノだったようだ。何だか、学園のヒーローが急に萌えキャラに見えてきて困る。



 おまけに、叫ぶと切羽は炉に放り込んで柔らかくなった日本刀のように真っ赤な顔をして、項垂れる顔をデスクに伏せシクシクと泣き出してしまった。



「やめてよぉ……。うぅ……」



 ……ちょ、ちょっとイジワルし過ぎたかな。



 なんて思うと、途端に「もう一回だけやらせてくれ!」と連呼する女子高生をニヤニヤと眺める男の印象を客観的に考えさせられた。



 こんな癖があるから、俺の人生はずっと後ろ向きなのだろう。



「ふむ」



 しかし、考えてしまってもそれはそれとして最高の気分だったので、別に問題はないと判断した。とりあえず、もったいないから残った切羽の弁当を貰ってこの悶着を落着させよう。



 『何でも言うことを聞く』という命令も、ここで消化しておく方がいいだろうからな。



「うぅ……。つ、次は絶対に勝つからね……っ」



 自分がこんなことをする男だと分かっているから、誰かに攻撃されてもイマイチ俺は被害者面を出来ないのだろう。



「泣いてるんだから頭を撫でて慰めてよ! バカ!」

「はいはい」



 負けたのに言うこと聞かせるとか『やっぱりヒーローってズルい』と思うも、『いや、これは妹だな』と考え直して、俺は彼女の頭をおっかなびっくり優しく撫でた。



 ……ところで、もちろんこのエピソードも俺を恨む何者かにすべて覗かれていたのだが。

 だからこそ、俺は罪悪感で十束切羽というヒーローに頼る事をしなかったという事実をここで語らせてもらう必要があった。



 その方が、後に起きる事件を部外者と戦った理由にも、聞いた者はそれなりに納得してくれる事だろう。

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