お花見事変 ④

 012



「というわけで、恋バナパートだよ。副部長、今回の議題をお願いします」

「そうだな。じゃあ、『春にデートへ行くならどこがいいか』」

「今までにないタイプの議題ですね」

「それでは、シンキングタイムは一分です。スタート〜」



 結論から言えば、俺には春夏秋冬通じて行きたい場所などない。

 そもそも歩き回るのが好きじゃないし、ましてシーズンともなれば人混みで疲れるからだ。



 今の状況を見ればよく分かるハズだ。朝には閑散としていたこのほとりも気付けば人でいっぱい。酒を飲んで暴れるガタイのいい大学生や、女子社員に絡むおっさんまで見えて気分が良くない。



 つまり、俺は人のいる場所へ行きたくない。だから、春に行きたい場所などないに決まっているのだ。



 ……しかし、それではガッカリされそうだから『海辺』と答えておいた。冬ほど寒くないし、夏ほど人はいないだろうからな。



「それでは、一分経ちましたので答えをどうぞ!」



 セルフ擬音の後で、一斉にフリップをひっくり返した。



 ラブは『♡みなとみらい』、切羽は『・相手の行きたいところ(思い浮かばなくて申し訳ない)』、星雲は『☆星が見えるところ』、夕は『①動物園 ②水族館』。



 ……へぇ、そうなんだ。



「切羽は、今回はお休みだな」

「今までが武道ばかりで、そもそも外出先すら考えつかなかったんだ。すまない」



 別に気にしなくていいのに。



「というか、ユウちゃんって生き物が好きなの?」



 開口一番、ラブがやや不満げに物申した。そういえば、こいつはそういう施設が好きじゃなかったっけか。



「うぅん、別に好きじゃないよ」

「え? じゃあ、どうして?」

「前提として、動物や魚に詳しい人と一緒に行きたいんだ。物知りな人って一緒にいて飽きないし、気まずい時間も出来ないかなって」

「あぁ~! メッチャ分かる!」



 出た、アカシックレコードのラブちゃんだ。



「ボク、教えてもらうのが好きなんだ。それこそ、博物館でも美術館でもいいんだけど。春なら暖かくなって歩きやすい動物園か水族館かなって」

「そっかぁ。確かに、その事をいっぱい知ってる人とだったらいいかも。楽しそうに話す人ってかわいいもんね」

「そんな感じかな」



 そういえば、夕の女の好みの話を聞いたのは初めてだ。互いにコンプレックス塗れだから、こいつと恋バナする機会なんて無かったしな。



 女に好かれるハズがないって分かってると、語るだけ虚しくて食指が伸びないモノなんだよ。



「トラちゃんは、逆に女の子から教えてもらいたい事とかある?」



 珍しいな、俺に話を振るなんて。



「特にない、知りたきゃ自分で調べるよ」

「あれれ。もしかして、人と話すの嫌い?」

「そうじゃない。相手が間違えて覚えてたら、俺も間違えた知識を覚えることになるからどうせ後で調べるんだよ。会話自体は楽しいと思ってる」

「ふぅん、なんか難しいね」



 言うほど難しくないという事実から、どうやら興味の湧かない話題を『難しい』と言っているんだと思った。



「ただ、その人の感想とかは聞きたいかもな。感じ方って人それぞれだし、興味がある」

「意外と温かいですよね、上月先輩って。もしかして、ツンデレさんですか?」

「なに言ってんだ、星雲。俺は最初っからデレデレだよ」

「ふふ、嘘ばっかりです」



 ひと笑い起きたところで、話題は星雲の行きたい場所へ移っていった。



「星が見えるところって、随分とアバウトだね」

「展望台がいいです、上月先輩」

「……なんで俺に言うの?」



 言うと、星雲は顔を赤くして俯いた。恥ずかしくなるなら、ちょっと考えてから喋ればいいのに。



「でも、ロマンチックだね。この前読んだ少女漫画にも、星が降る夜を二人で歩くシーンがあったよ」

「この辺りは特に星がよく見えるからな。そういう意味では、ある意味メジャーなデートスポットなのかもしれない」



 広い空と満天の星は、北国のど田舎が都会に勝っている唯一のポイントと言っても過言ではないだろう。俺も、小学生の頃に天体望遠鏡を買ってもらってガリレオごっこを楽しんだモノだ。

 


「私の苗字、星雲じゃないですか。だから、それきっかけで星に興味が出てきまして。色々と調べてるうちに、一緒に見に来れたらなぁって妄想し、しちゃ、しちゃってました。えへへ」



 あぁ、もう少しで噛まずに全部言えたのに。



「ボクとは逆だね、星雲さんは教えてあげたいんだ」

「は、はい。そうですね。出来れば、私の話を聞いてくれたらなって、えへへ。お、思ってます」

「健気だねぇ」

「うむ、まさに純愛というべき理想の光景だ」



 ポンコツ二人組は、目を糸のように細くして沁み沁みとお茶を飲んだ。こいつら、本当に仲がいいな。



「ところで、星雲には星座が熊や蠍に見えるか?」

「見えませんよ」

「やっぱそうだよな」



 しかし、星雲はまるでこの質問を予測していたかのように落ち着いていた。



「でもですね、それって当たり前なんです。何故なら、星座を生み出したシュメール人たちの見え方や感性は、現代人で日本人の私たちと全く違うからです」

「ほうほう、なるほど」

「そもそも、星座は点と点を自由に結んで夜空にお絵かきをするただの遊びだったんです。それが5000年も経った現在にも受け継がれてるんですから、凄くロマンチックじゃないですか?」



 ……感嘆を叫ぶには、俺の語彙力が足りていないと思った。



 なるほど、点と点を結ぶお絵描きか。こじつけみたいな星座のモチーフも、信じられないような偶然が連続する現実に比べれば全然納得出来てしまうという事なんだろうな。



 いいじゃないか。俺は、星雲の意見が好きだ。



「因みに、今では星座に意味はないんです。夜だけ見える国境みたいなモノですね」

「なるほど。流石に詳しいな、星雲」

「え、えぇ? そうですかぁ? えへへ、て、てれて、照れちゃいますよぉ」



 せっかくの賢者っぷりが損なわれてしまったから、褒め殺しもそこそこに次へ移っていこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る