彼女たちは真実を隠したがる ②

「……ん?」



 いや、待て。



 よくよく考えれば、なぜ俺が彼女たちに同行する体で話が進んでいるんだ?



 そうか、そういうことか。ラブの本当に伝えたかった事は、『情報収集はあたしたちがやるからデータの研究はお願いね』という事だったのだ。



 なるほど、それなら多少の不満はあるが概ねアグリーだ。元々、哲学を学んでいるだけあって俺は人間の心理的な矛盾や衝動を研究するのが嫌いじゃない。



 色々と言い訳をしながらもパブロフの犬のように足繁くこの部室へ通う理由は、そんな好奇心に由来しているといっていいだろう。



 恋愛は、矛盾の最たる例だからな。



 ならば、逆に時間は幾らでもあるじゃないか。彼女たちがウキウキで集めてきた心理的データを解剖するということは、言うなれば板前が新鮮な食材を料理する事に似ているだろう。



 まぁ、俺の腕前はさておき、それは学問をやりたがっている者にとって喜ばしいことなんじゃないだろうか。いや、そうに違いない。



 やったぁ!



 なんでこんな単純な事に気付かなかったんだ!たくさん研究させてくれるなんて、みんなマジで天使じゃん!嬉しい!ラブも切羽も星雲も好き!



 みんな好き!



「それじゃ、トラちゃんは味見係ね。その代わり、あたしたちが来るまで場所取りしてて欲しいんだ」



 ……まぁ、そんなことだろうとは思ってたよ。さっきのは忘れてくれ。



「得な役割で助かる、いい場所を探しておくよ」

「んふふ。いつも頑張ってくれてるから、あたしたちも頑張って作るね」

「嬉しいよ」



 実際、労ってくれるのは嬉しい。これだけで女の為になんかやりたくなってしまうんだから、男ってのはバカな生き物だよ。



 この気持ちの理由も、そのうちしっかり研究しておこうか。



 008



「ということで、コハちゃんお待ちかねの恋バナパートだよ。副部長、今日の議題をお願いします」

「じゃあ、『フェチズム』」

「フェチ! それでは、シンキングタイムは一分間です! スタート!」



 アバウトなワンミニッツカウントが始まると、ホワイトボードに議題を書いた切羽がコソコソと俺の元へやってきた。



「虎生、ってなんだ?」

「簡単に言うと、切羽が一番興奮するパーツのこと。仕草とか声なんかでもいい」

「こ、興奮か。よし、ありがとう」



 ……さて。



 女の一番興奮するパーツ、と言われて俺がまっさきに思い浮かぶのはコンプレックスである。



 この答えは非常にズルいと自分で思うのだが、しかし屈託のない本心なのだから仕方あるまい。

 正確に言うと、俺の心を逆撫でする要素はコンプレックスの先にある。だからこそ、俺はコンプレックスが好きだ。



 即ち、恥じらい。



 俺は、女の恥じらいが大好きだ。恥じらっている女が大好きだ。そして、その恥を生むモノこそがコンプレックスなのだから、答えは『好きになった人によって違う』ということになってしまうというロジックなのだ。



 しかし、これではまったく面白くないので『唇』とでも書いておこう。俺が女と会って最初に見るのは、何となく唇な気がするし。



「はい、一分経ちました。せーので開きましょう。せーの!」



 相変わらずのセルフ擬音に続いて、一斉にフリップがひっくり返される。



 ラブは『♡背中 ♡匂い』、切羽は『・鎖骨 ・匂い』、星雲は『☆首 ☆匂い』。だ。

 なるほど、一般的で面白味に欠けるが、逆に言えばあまり変態的な事を言わないでくれて助かったといったところだろう。



「しかし、図ったかのように被ったな。最近、匂いフェチが流行ってるのか?」



 言うと、彼女たちは互いに目を合わせて顔を赤くし、ぎこち無く頷いて黙ってしまった。

 何なんだよ、こいつら。いつもはキャーキャー言って勝手に話し始めるクセに。



「じゃあ、せっかくだからトップバッターは星雲で。なんで首が好きなの?」

「え、えっとですね。それは……」



 あからさまに照れているが、今日のラブはあまり急かすような事を言わなかった。初めてだから見逃しているのか?



 いや。切羽の時は、そうじゃなかったハズだ。



「えっと、あの……」

「まぁ、難しいなら後でいいよ。次、切羽」

「うん。まぁ、うん」



 しかし、どんな話題でも自信満々に答える切羽も口を噤んでいる。ようやく明らかな異常を確信したその時、俺は彼女たちの中にある違和感に気が付いた。



 視線が、右上(俺から見て左上)に動いているのだ。



「ラブは?」

「……あはっ? んっとねー、トラちゃんの意見が聞きたいな」



 そして、その違和感はすぐに一つの答えを実らせた。なるほど、そりゃ答えられないに決まってる。



「お前たち、さては一つ目のフェチは嘘だな?」



 ギクっと大きく肩を揺らし、三人は気まずそうに俯いた。照れを隠そうとする下手な笑顔と真っ赤な顔が、やたらと滑稽に見えて仕方ない。



 これだよ、これ。赤っ恥とは少し違う、初心な感情からくるのが恥じらいなんだよな。

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